番外編1 僕の嘘24(コンラート視点)
昨日投稿できなかったので、今日は二回投稿します。長めになってすみません。
よろしくお願いします。
ニーナの結婚式当日。
さすがに僕がニーナの結婚式に参加するのは憚られて、僕は商会で仕事をしていた。だが、ようやくこれで終わるという安心感と、ユーリに会えるという期待、拒絶されるかもしれないという不安で何度も失敗してしまった。
商会の者たちに帰って休んだ方がいいと心配されるほどだった。そんなに僕の顔色は悪いのだろうか?
確かにユーリと会えなくて不安で、眠れなくはなっていたが。そんな日々もようやく終わるのだと、クライスラー男爵が訪ねて来て思った。
◇
「色々とありがとうございました」
商会の応接室で男爵は僕に頭を下げる。ここだと人目につくからおおっぴらに話はできないが、男爵の気持ちはその一言に集約されていた。
「滅相もないことです。僕が不甲斐ないばかりに最後までやきもきさせてしまい、反対に申し訳なく思います」
「いえ、本当に感謝しています。ですが、お父上と対立するような立場に立たせてしまい、こちらが申し訳ないと思っています」
「それなら心配はいりません。対立も何も、父の視界には僕は入っていませんから」
僕は苦笑するしかない。自分の始末は自分でつけろということだろう。ニーナとの縁談を断ってから余計に好きにすればいいと放置されている気がする。それはそれで都合がいいから別にいいのだが。
「まあ、とにかくニーナに伝えてください。結婚おめでとう、お幸せに、と」
「それはあなたから伝えた方が娘も喜びます。結婚しても二人は大切な友人でしょう?」
「……ええ、そうですね」
異性間で友人関係は存在しないと思われそうだが、対外的に僕らは友人だ。
「それなら手紙を書きます。妻とのことを心配してくれていましたし。ですが、それはちゃんと妻と話し合ってからですね」
男爵もこれには苦笑いだ。僕とニーナの噂のせいでユーリとうまくいっていないことを知っているのだろう。
「話し合いがうまくいくことを願っています」
「ええ、わかってもらえるまで頑張るつもりです。僕にとってかけがえのない女性なので」
ディーツェ夫人と対峙したことで、より一層ユーリに会いたくなった。彼女のあの真っ直ぐな気性が恋しい。
「それじゃあ私はそろそろお暇します。あなたも早く帰りたいでしょうから」
「いえ、今日は遅くなりそうなので明日の朝一番に会いに行くつもりです。お恥ずかしい話ですが、母と妻が今同居していまして。母が僕を妻に会わせないようにしているんですよ」
「それはすごい。嫁姑というのはうまくいかないものなんですがね。よっぽど気が合うのでしょうね」
男爵はそう言って笑うが僕には笑えない。何せあの母上なのだ。どういう意図があるのかさっぱりわからない。
「……僕としてはあまり近づいて欲しくないんですが。母からいい影響を受けない気がするので。僕は妻さえいればそれでいいんです」
ずっと母の世界から弾かれて生きてきたのだ。今更僕の世界に入ってきて欲しくはない。ユーリさえいてくれれば僕は幸せなのだから。
「……私はあなたのご両親ではないのでよくはわかりませんが、子爵夫人はあなたの醜聞に心を痛めている奥様を庇っているように見えるんです。私の気のせいでしょうか」
「……ええ。気のせいだと思いますよ。母は他人に興味を持つような人ではありませんから」
そうでなければ、僕は──。
僕は首を振った。これ以上考えても仕方ない。考えると僕の心の気づきたくない思いに気づきそうで怖かった。
「それならまあ、そうなのかもしれませんが……」
腑に落ちない表情をしながらも、男爵はそう言って話を終わらせた。そして男爵は再度僕に礼を言って去っていった。
◇
翌日。昨夜から何から話すか、どう話すか考えて、あまり眠れなかった。決心が鈍らないうちにと朝一で本邸に向かう。
久しぶりにユーリに会ったが、元気そうでよかった。その隣には母上がいる。
てっきり今日も母上に追い返されるかと思っていたが、何故か母上も同席の上で話をすることになった。
ニーナのことは母上にはずっと黙っているつもりだった。だが、僕の心に悪魔が囁いた。
──少しは思い知ればいい。
涼しい表情をしている母上の顔が歪むところが見たい。ただ、そんな気持ちだった。
そして僕はクライスラー男爵家とのことを話し始めた。すると、ところどころで母上は疑問をぶつけてくる。それが僕には腹立たしかった。
これまでそうやって僕の話を真剣に聞いてくれたことがあっただろうか。しかも母上は父上とクライスラー男爵夫人との関係を知っていたそうだ。夫人がどんな立場に追いやられるかもわかっていて黙認したと。
結局この人にとって大切なのは自分を守ることだけなのだ。
僕は苛立ちも露わに、母上を責めることしかできなくなっていた。
母上が、父上がそうやって自分たちの好きなことをやった結果、ニーナや僕はそのために犠牲にならなければならなかったのか。
そうして僕は母上に告げた。ニーナは僕の異母妹だと。
すると、母上は僕に男爵夫人に謝らせて欲しいという。かつては見捨てたくせに今更それを言ってどうなるのか。殊勝な態度で謝っているのも、母上の演技なのかと僕は疑っていた。
だが、ユーリがそんな母上を庇う。どうして。僕は裏切られたような気持ちだった。
敵とか味方で区別することがおかしいのかもしれない。それでも、この人たちの不始末の責任を取らされて、目もかけてくれなかったこの人たちに、僕は情を感じられなかった。
だから僕は自分自身の心的外傷をユーリに話した。未だに囚われていることが情けないとは思うが、ユーリに嘘を吐いたり誤魔化していたら、ユーリに信じてもらえない。
話しながらも当時の怒りや悲しみが蘇って、僕は母上を責め続けた。そして母上は気を失ってしまった。
いち早く母上の異変に気づいたユーリに指示されて、僕は母上を寝室に運んだ。
抱え上げてその軽さに驚く。僕にとっては母上はいつまで経っても追いつけない遠い存在だと思っていた。昔は母上に抱き上げて欲しいとねだったこともある。
今はこうして反対に抱き上げるほどに僕は成長し、それだけの時間が流れてしまったのだ。その間、僕はこの人を見ないようにしていた。
ベッドに横たわる母上を複雑な思いで眺める。そんな僕にユーリがポツリポツリと話してくれる。
「……お義母様はね、お義父様を愛していたのよ」
そんなのは嘘だ。この人が愛しているのは自分だけだ。僕の口をついてそんな言葉が出てきそうだった。
「だけど、自分を振り向いてくれないお義父様を憎んでもいた。そして、そんなお義父様に似てくるあなたが怖かったそうよ。あなたにその憎しみをぶつけてしまうのではないかと。だから敢えてあなたを遠ざけた」
「……そんなことは僕には関係ない」
そうだ。父上が顧みないからといって、どうして母上を慕う僕が無視をされなければならなかったのか。子どもにとって母親はどんな存在だと思っているのか。僕は母上の味方でいたかった。だがそれを拒んだのは他ならぬ母上自身だ。
だから今の状況は母上の自業自得じゃないか。そう思う一方で、僕が母上を傷つけたことに罪悪感を覚えていた。
「愛する人との子どもなのに、可愛がることができないのは辛いわ。お義母様も後悔していたのだと思う」
「……」
「だから自分に優しくしてくれる男性に逃げてしまった。これは私の想像だから間違っているかもしれないけど、女性であることを忘れたくなかったのかもしれないわ。愛する人から女と思われなかった屈辱も感じていたのではないかと思うの。自分に魅力がないから愛人を作るのだとお義母様が思っても不思議ではないわ」
僕にはわからないが、ユーリは女性だから母上のそんな気持ちがわかるのだろうか。
「何できみにそんなことが……」
「わかるわ。私だってあなたに愛されていないのだから」
そこで僕は気づいた。母上のことで忘れていたが、そもそもその誤解を解きにきたのだ。
「違うんだ!」
「気を遣わなくてもいいの。そのうちにこの気持ちは消えていくと思うから。今は辛くても私なら大丈夫」
──消えていく? それを黙って見ていることなんてできない!
「そうじゃなくて……!」
好きだ、愛している? どんな言葉でこの気持ちを表現すればいいのかわからない。今は特に母上のことを聞かされて余計にわからなくなっていた。もどかしい気持ちで僕はユーリを力一杯抱きしめた。
「コンラート?」
「……きみに愛していると言われて、咄嗟に母上のことを思い出したんだ。僕はその言葉の意味がすごく軽く思えて、きみの気持ちがどうあれ、聞きたくなかったし、言いたくもなかった。それできみが勘違いすると思わなくて、傷つけてごめん」
お願いだから離れないでくれ。そんな思いに相まってユーリを抱く腕に力が篭る。
相手が思いを返してくれることは奇跡のようなものだと思う。僕はいつしかそんなことも忘れて、ユーリの気持ちに胡座をかいていたのだ。
「……きみの欲しい言葉じゃないかもしれない。だけど、僕にはきみしかいないし、きみしか欲しくないんだ……!」
初めからユーリしか見えていなかった。今の僕がそれを言ったところで信じてもらえるわけがない。わかってもらえるとは思わなかったが、ユーリが泣き出してしまって僕はまた彼女を泣かせたことに落ち込みかけた。
「ごめん。やっぱり伝わらなかったか……」
「……っ、いいえ、伝わったわ……最高に、嬉しくて……」
ユーリはそう言ってくれた。本当に情けない男で申し訳ないと思う。
「早く誤解を解きたくて、きみが本邸に移ってから毎日会いに来てたんだけど、母上に追い返されていて。その上、今度は義兄上に止められたんだよ」
「お兄様が? どうして……」
「ニーナとの関係を説明もできないくせに、追いかけて妹を傷つけるなと言われたよ。あと、ユーリのおかげで織物で伯爵家と子爵家は対等な立場まで回復してきているから無理に姻戚関係を続けなくても、事業提携は続けられる。事と次第によってはお義父上に言って、伯爵家当主命令で離縁をさせるともね。それならきみに落ち度はないから再婚が望める。義兄上はそこまで考えていたようだよ」
ユーリは不思議そうだが、あれだけ妹思いの義兄上だ。僕はやりかねないと思う。だからこそこんなに焦ったのだが。
「お義母様は、私を守るためにあなたを追い返してくださっていたの。私があなたと向き合えるようになったら会わせるつもりだったのよ。私とご自分を重ねていらしたのだと思うわ」
男爵の言う通りだった。母上は同じ女性であるユーリが父上と似た僕に振り回されていることが忍びなかったのかもしれない。一緒にされるのは嫌だが、それも仕方ないと思う。
「そうか……僕は、この人に親しみを感じないし、腹が立ってもいるんだ。だけど、きみを助けてくれたことについては感謝してはいるよ」
「それならお義母様の目が覚めたら、直接ご本人にお礼を言って。きっとお義母様、喜ぶでしょうから」
「……喜ぶかはわからないけど、そうするよ」
ユーリの心を守ってくれたことに関してはだが。だけど、そんな僕の気持ちも知らずに、母上は心を閉ざしてしまったのだった──。
読んでいただき、ありがとうございました。




