番外編1 僕の嘘23(コンラート視点)
よろしくお願いします。
僕はロクスフォード邸を出た後、すぐにクライスラー男爵に会い、使用人が情報を漏らしているかもしれないからと男爵家の使用人を調べるようにお願いした。男爵はすぐに取り掛かると約束してくれ、僕は次に商会へ向かった。
商会には様々な顧客がいる。平民から貴族まで幅広い。ディーツェ伯爵も顧客の一人だ。今現在注文は受けていないが、売り込みに行くことはできないかと、ディーツェ家に打診してみた。すると、二つ返事で受けてくれた。その相手はディーツェ夫人本人だ。
何を企んでいるのかはわからないが、絶好の機会だ。僕を罠に嵌めようとするなら返り討ちにしてやろうと、僕はロクスフォード領で預かってきた織物を持ってディーツェ家を訪ねた。
◇
「急にお願いをしたのに受けていただけるとは思いませんでした。ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。主人は一足先に領地に帰ってしまって退屈していたところですの」
鈴を鳴らすような声でコロコロと笑うディーツェ夫人。心の中では何を考えているのかわからず、その笑顔が逆に恐ろしい。僕も夫人に笑い返して織物を広げる。
「いかがですか? 見事だと思いませんか?」
「ええ、見事ですわね……! 初めて見る色合いで素晴らしいですわ。ですが……」
ディーツェ夫人は目を細めてうっそりと嗤う。
「目的は違いますわよね?」
早速本題に入ってくれるらしい。もうニーナの結婚まで日がないから僕もまどろっこしいことをしている余裕はなかった。
「いえ、これも目的の一つですよ。ただ、お礼を言いたかったのです。先日は妻と友人が大変お世話になったそうなので」
「あら、そうですの。お世話というほどのことはしておりませんけれども」
これは暗にそこまで嫌がらせをしたつもりはないと言いたいのだろう。それならこちらもそれに返すだけだ。
「そう謙遜なさらなくても結構ですよ。二人とも心からディーツェ夫人にはお世話になったと申しておりました」
僕が笑いながら返すと、ディーツェ夫人は不快そうに顔を顰めた。それもそうだろう。この言葉には結構な嫌がらせをしてくれたという嫌味を込めているのだから。言いたかったことが通じたと僕の溜飲も下がる。
「……わたくしは事実しか申しておりませんけれど。お二人の心に大層響いたのでしょうか?」
「さあ、どうでしょうか。私の心には響きましたが。お陰で妻がいかに私にとってかけがえのない人か再認識できました。ありがとうこざいます」
「おかしいですわね。あなたが大切になさっているのはクライスラー男爵令嬢の方だと思っておりましたが?」
ディーツェ夫人は不思議そうに首を傾げる。無邪気さを装うような仕草が僕に嫌悪感を抱かせた。
「……あなたが何を仰りたいのかがわからないのですが。私は妻を大切に思っています」
「そんな建前は結構ですわ。わたくしには関係ありませんし」
「関係ないというのなら、何故あなたは妻や友人を傷つけるようなことをなさるのですか? 放っておけば済む話ではありませんか?」
単なる愉快犯ではないだろう。娯楽にもならないのに。
だが、僕の言葉にディーツェ夫人は表情を険しくさせた。
「……あなたがそうさせたのだとは思わなくて?」
「私が?」
僕はディーツェ夫人に何かをした覚えがないのだが。悩む僕にディーツェ夫人は苦々しげに言う。
「どうしてロクスフォードを選んだのですか。それだけでなく愛人にクライスラー男爵令嬢を選ぶなんて……!」
「……私はロクスフォードを選んだわけではありません。ユーリという女性を選んだだけです。それにまだ勘違いされているようですが、クライスラー男爵令嬢は友人です」
ディーツェ夫人はまだニーナを僕の愛人だと思い込んでいるようだ。それにほっとしたのも束の間──。
「誤魔化さなくてもよろしいのよ。男性というのはそういうものなのでしょう? でしたらわたくしでもよろしいのではなくて?」
ディーツェ夫人は媚を含んだ目つきで僕を見て、近づいてくる。
──この人も両親と同じだ。気持ち悪い。
僕はディーツェ夫人から距離を取ると、辛うじて笑顔を浮かべた。
「……ご冗談はやめてください。私は妻を裏切るつもりはありません。それにあなたもご主人を大切にされた方がいい」
「面白いことを仰るのね。貴族の男性にとっては所詮女は道具でしょう? 道具に感情があるとも思いもしないのではなくて? だからこそあなただっておおっぴらに遊んでいるのではないのかしら?」
「私は妻を道具だとは思っていません」
「……綺麗事ね。ユーリ様は本当にそう思っているのかしら? あの顔を見る限りそうは思えないのだけど」
ディーツェ夫人は面白そうに小さく笑う。人を傷つけて笑える神経が僕には理解できないし、したくもなかった。僕は怒りを抑えるように低い声でディーツェ夫人に告げる。
「……これ以上二人に何かされるつもりなら、私が相手になります」
「あら、それは嬉しいわ。わたくしと遊んでくださるのね」
頰を染めて嬉しそうに笑う夫人は何か勘違いをしているようだ。僕は鼻で笑った。
「ええ、いいですよ。どんな噂を流しましょうか。それとも商会を使って顧客の方にお願いしましょうか。あなたを社交界で爪弾きにするために」
「なっ……」
夫人は一転して顔を青くする。
「あなたが妻や友人にしたことですよね? 行いは自分に返ってくるものですよ。あと、あなたは確かに私よりも格上ですが、子爵家の顧客にはあなたよりも格上の方々がいらっしゃいます。あなたが何かされるようでしたら私は全力であなたと遊んで差し上げますよ」
にっこりと笑いかけると夫人は絶句していた。そして僕は更に付け加える。
「あと、ご主人にもよろしくお伝えください」
これは、伯爵にも何もさせるなという脅しでもある。それを理解したのか、夫人は蒼白で頷いた。
「それでは私はこれで。今後ともご贔屓にお願いします」
これからも程よい距離で付き合っていきましょうという意味だ。貴族社会というのは本当に面倒臭い。
これでディーツェ夫人には何もできないだろう。だが、念のためにニーナの結婚式までは人を使って見張っておくことにした。
そして僕は再び男爵家へ急いだ。
◇
「ディーツェ夫人と会って、これ以上余計なことをしないようにお願いしてきました。それで誰が漏らしたかわかりましたか?」
僕が男爵に尋ねると、男爵は申し訳なさそうな顔で頷いた。
「ええ。下働きの男が、ディーツェ伯爵家で働いているメイドに話したそうです。理由がその……あまりにもくだらないのですが、メイドの気を引きたかったとかで。結局そのメイドに利用されただけのようですが」
「そうですか……まあ、ディーツェ夫人が単純な方でよかったです。きっともう何もできないでしょうから」
「こちらの不手際でご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえ、これは僕の落ち度です。ディーツェ夫人は僕に私怨があったようなので」
とはいえ、あれは完全に言いがかりで逆恨みだったが。僕がユーリを選んだのが理由と言われても意味がわからない。あのやりとりを思い出してうんざりとした溜息が漏れる。
「ですが、もうじきです。ニーナが幸せになってくれればそれで」
「ええ、そうですね。あの子の花嫁姿を見るのが私も楽しみで……」
男爵は嬉しそうに話す。
僕も待ち遠しい。それでようやくユーリと向き合えるのだ。許してもらえるとは思わないが、ちゃんと理由を話して謝りたい。
そうしてようやくその日を迎えた──。
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