番外編1 僕の嘘18(コンラート視点)
よろしくお願いします。
旅行も三日目になり、今日は染物を持っていた方のお宅に伺うことになった。約束を取り付けておらず、今日は様子見ということで、僕とユーリが二人で向かった。
それにしても見事な小麦畑が続いている。子爵領は農作物よりも、商業や工業に力を入れているため、あまりお目にかかることができない光景だ。
僕には同じような景色が続いていて道に迷いそうだが、ユーリにはわかるらしい。こっちだったと思うのだけど、と不安そうにしながらも見事に探し当ててくれた。
ちょうど家から出てきた女性に会い、お宅にお邪魔させてもらった。織物を見せて欲しいとお願いすると、いそいそと奥から持ってきてくれたのだが、見て驚いた。
染めるのが難しい緑色が、色落ちすることなく鮮やかなままだ。それに緑と言っても一般的なのは渋い緑色で、農民や職人が作業着として着るしかないくらいにくすんでいる。だが、見せてもらったものは新緑を思わせる明るい緑。
しかも染めたのはこの女性だと言う。彼女が弟子をとり工房を開けば、大量生産とはいかなくても定期的に供給ができるはずだ。そうすれば伯爵領の売りになるし、雇用もそれなりに確保できる。そしてそれを商会を通じて貴族相手に取引をすれば、伯爵家の利益にもなるし、評判も上がる。
これはいける。義兄上の喜ぶ顔が目に浮かぶ。ユーリもそう思ったようで、女性からいくつかの見本を借り受けて、僕らは義兄上に見せるために急いで伯爵邸に帰った。
帰宅すると、義兄上はすぐに出迎えてくれた。それから義兄上は嬉々として僕にこれからの展望を語る。ユーリも混ざりたがっていたが、これから先は僕らの仕事だ。ここまで整えてくれただけでユーリはすごくいい仕事をしてくれて、感謝しかない。義兄上もそう思っているはずだ。ユーリが出て行くと、僕と義兄上は明日の打ち合わせを始め、ユーリが呼びに来るまで時間を忘れて話し合っていた──。
◇
翌日、僕と義兄上は二人で女性のお宅を訪ねた。
「何度も申し訳ありません」
「いえ、それはいいんです。ただ、私の趣味程度のものなので、わざわざ見に来ていただくのも……」
僕が頭を下げると、女性は本心から思っているようで、遠慮がちに答える。
「いや、そんなことはない。王都でもあまりお目にかかれない色合いで綺麗だと思う。せっかくこれだけの技術があるのだからそれを活かしてみないか? 伯爵家が支援するから」
義兄上がそう言うと、女性は勢いよく首を振る。
「それは無理ですよ。工房がありませんし、あったとしても採算が取れるかもわかりません。それに私一人ではとてもとても……」
「工房ならこちらで用意するし、採算は取れると踏んだからこうして話に来たんだ。それに一人で大変なら人を雇えばいい。事業が軌道に乗るまでは必要経費はこちらが払うし、軌道に乗れば賃借料として幾らかずつ返済してくれればそちらにもそう負担はないはずだ。どうだろうか?」
「それは……」
次期当主の言葉ともあって、女性は断りづらいのだろう。かなり逡巡しているようだ。僕は義兄上の後押しをする。
「それに子爵家がバックアップをします。だから売れ残る心配もいりませんよ。全て商会で買い取らせていただきます」
そして義兄上は女性に頭を下げて真剣な声音で言う。
「……いきなり言われても困るのはわかっている。だが、俺は次期当主として領民の生活を守りたいんだ。この事業が成功することで雇用を増やすことができるし、資金が確保できれば遊ばせている土地の開墾ができるだろうから農地が増える。伯爵家の不甲斐なさが招いた事態にあなたを巻き込んで申し訳ないとは思うが……」
「お気持ちはわかりましたから、頭を上げてください」
「それじゃあ……」
義兄上の期待するような表情に女性は苦笑した。
「ロクスフォードの方にそこまで言われたら断れませんよ。こんなにいい条件ですし、何よりこちらでは大変お世話になっていますし。こちらこそよろしくお願いします」
「ありがとう……!」
義兄上は感極まったように女性の手を両手で握る。女性は真っ赤になって固まってしまった。その様子は義兄上が女性を口説いているようにも見えなくもない。だが、義兄上は気がつかずに女性に笑いかけている。
何だか女性が気の毒になってきて、僕は口を開いた。
「義兄上、そんな間近で女性の手を握り締めて見つめると誤解されますよ。そろそろ離してあげてはいかがでしょう?」
「あ、ああ。つい夢中になって。失礼した」
義兄上が手を離すと女性はまだ赤い顔ながらも笑って手を振る。
「いえ、気にしないでください。それで、私はどうすればいいですか?」
「そうだな。とりあえず工房がないと始まらないな。どういった建物がいいとか希望があれば教えて欲しいんだが……」
「それなんですが、居抜き物件はいかがでしょうか?」
義兄上の言葉に僕は考えていたことを提案してみた。
居抜き物件とは、建物にある程度の設備が整っている物件のことだ。これなら建てるよりも工期が短縮できるし、費用をある程度は抑えられる。
子爵家が融資をするといってもいずれは返さなければならない借財だと考えれば、伯爵家にとってはこちらの方が得だろう。
義兄上もそれに頷いてくれた。
「確かに空き家はいくつかあるからな。それも水辺の近くだ。染物をするなら水は欠かせないだろう?」
「ええ。実はここまで水を運ぶのも一苦労だったんです。それに煮出しの作業なんかもありますし……」
「それじゃあ決まりですね。いくつかの候補に絞りましょう。後は、あなたにお弟子さんはいないのですか?」
僕が尋ねると、女性は困ったように肩を竦める。
「ええ。元々私は主人の手伝い程度しかしていなかったので」
「それじゃあ、誰かに教えたことは? 一人では大変なら誰か助手がいればと思うのですが」
「教えたことはないです……」
「それならまず、今働いていない方々ととりあえずやってみてはいかがですか? その中であなたが手伝って欲しい人を見つけるのが一番いいと思います。相性もあるでしょうし」
「それは構いませんが」
僕と女性の間で話がここまで進むと義兄上が口を開いた。
「それなら俺が領民たちに呼びかけてみるよ。新しい事業を始めようと思うので、雇われたい者を募集すると言えば、うちが窓口になれるからあなたも楽だろう」
「ええ、まあ」
僕と義兄上が次々に決めていくからか、女性は引き気味だ。あまり急ぎ過ぎてもそれがプレッシャーになっては女性がいい物を作れないだろう。そう思った僕は義兄上に進言した。
「義兄上。あまり性急に進めてもこの方の気持ちが追いつかないのではないですか?」
「そうだな。形になっていくのが楽しくてつい急がせるようなことをして申し訳ない。今日はとりあえずこの辺りにしておこうか。お前もせっかくの休みだしな」
「いえ、僕は……」
「いや、屋敷でユーリも待っているだろう。俺はもう少し聞きたいことや、教えて欲しいことがあるから残るが、お前はもう帰ってユーリの相手をしてやってくれ」
女性を見ると、女性も頷いている。それならと、二人の好意に甘えて僕は先に帰ることにした。
◇
屋敷に戻ると、ユーリは庭に出たと言われ、庭へ向かった。ユーリを見つけた僕は声をかけようとして止まる。
ユーリの隣には見たことのある男がいた。彼は王都のロクスフォード邸にいた庭師だ。どうしてここに?
僕の心に疑念が湧いてくる。
彼はユーリを追いかけてきたのではないか。ユーリがロクスフォード領に来ることを知っていたのではないか。二人はここで会う約束をしていたのではないか──。
ユーリは浮気なんてしない。僕を好きだと言ってくれた。僕は信じたかった。そして聞こえてきた言葉に耳を疑った。
「……そうね。私も好きなの」
「同じですね」
──どうして。
僕は打ちのめされていた。ユーリにとって好きという言葉はそんなに簡単に口に出せる言葉なのか。しかも僕じゃない相手にも。
ユーリの気持ちが見えない。あの時どんな気持ちでユーリは口にしたのだろうか。
そんな僕を嘲笑うように、母の言葉が蘇る。
──あなたが好きよ。
「やめろ……もう、やめてくれ……」
これは幻聴だ。僕が作り出した幻。そう思い込もうと、僕はユーリに何もなかったかのように話しかける。
「……ユーリ、遅くなってごめん」
僕はユーリの顔を見られなかった。ユーリが母のように嬉しそうな顔を庭師に向けていたらと思うと怖かったのだ。
そして僕らは屋敷に入った。
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