男爵家にて
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婚約期間は短かった。コンラートはロクスフォード伯爵家を立て直すのに尽力したいからと結婚も急いだのだ。
彼は現在商会を一つ任されているとはいえ、まだ次期当主という身分で、ある程度の自由が利くからだろう。
だからなのか、子爵家を継ぐ前に、商売について兄に教えてくれることになった。それどころか、任されている商会の共同経営者として利益折半でもいいとまで言ってくれたのだ。それに関しては兄が断ったのだが。
兄も名門だったロクスフォード伯爵家の後継だ。それなりのプライドを持っている。没落する瀬戸際にあってもプライドを優先させるところが兄らしい。
そして私は、結婚式のために奔走していた。本来なら女主人である母が一緒に準備をしてくれるはずだけど、残念ながら母は亡くなっている。
父は全く頼りにならず、兄はコンラートと商会関係で忙しく、コンラートからはコンラートのご両親も当てにならないと言われてしまった。
そして困った私にコンラートが紹介したのは、ニーナの母であるクライスラー男爵夫人だった。ニーナの結婚式も私たちと同じ時期にあげるようで、男爵夫人が一緒に必要な物を手配してくれることになったのだ。
どうしてコンラートが男爵夫人を紹介するのかと聞いたら、ニーナに言われたからだそうだ。
彼が一生に一度の大切な結婚式までニーナを優先させることに、私は酷く傷ついていた。
◇
「やっぱり綺麗ねえ……」
訪れた男爵家の客間でウェディングドレスのデザイン画を見ながら、男爵夫人が溜息を吐く。その横で娘であるニーナが苦笑している。こうしてみると、二人はそっくりで、姉妹としか思えない。
「お母様の結婚式じゃないのに」
「何言ってるの。女はいくつになっても綺麗な物が好きなのよ。特に、今回は自分の娘の結婚式なんだから気合いだって入るでしょう?」
「そういうものなの?」
「あなたも母親になればわかるわ」
「お母様ったら、気が早いんだから」
私はぽんぽんと会話が弾む二人をどこか違う世界にいるような気分で眺めていた。
──お母様が生きていたらこうして一緒に結婚式の話をしたのかもしれない。
考えても仕方ないのに、目の前の二人に私と母の姿を重ねてしまう。結婚式が近いからか、私は感傷的になっていた。
「ユーリ様……?」
私は知らず知らずのうちに俯いていたらしい。戸惑ったニーナの声に私ははっとして顔を上げた。その拍子に一筋の涙が零れ落ちた。
「どうなさったのですか? わたくしが何かいたしましたか……?」
ニーナは心配そうに私を見ている。私は苦笑しながら涙を拭った。
「いえ、少し亡くなった母のことを思い出してしまって……変なところをお見せして申し訳ございません」
「そうですか、お母様の……わたくしはお茶会や夜会で何度かご一緒させていただきましたが、素敵な方でした。礼儀のなってないご令嬢にきちんと注意なさったり、困っている方にはさりげない気配りをお見せになるような厳しくも優しい方でした。もう亡くなられて三年近く経つのですね……」
男爵夫人は昔を懐かしむように、私を見て目を細めた。家族以外で亡き母をこうして覚えていていてくれることが嬉しくて、私は知らず知らずのうちに笑っていたようだ。
「ユーリ様はお母様似なのですね。あの方と同じくらい笑顔が素敵です」
男爵夫人はそう言って褒めてくれた。だけど私の笑顔は人を怖がらせることを知っている。私は苦笑して首を振った。
「いえ、わたくしは笑顔が怖いから笑うなと兄からよく言われます」
「そんなことありません。コンラート様も仰ってましたよ。ユーリ様はいつも毅然として冷たく見えますが、ふとした時にこぼれる笑顔が柔らかくて綺麗なのだと」
ニーナはそう言って笑い、私は驚きに目を瞠った。
コンラートは最近忙しいせいか、会っても必要な話ばかりでそんな話はしていなかった。どうして私に直接言わずにニーナに話すのか。婚約者だというのに彼との距離は一向に近づかない。
「コンラート様がそんなことを……」
「あら、直接聞いたことはないのですか?」
「はい、全く。コンラート様が考えていることもわかりませんし……」
「あの方も不器用ですから」
ニーナが苦笑する。私よりもきっとニーナの方が彼を知っているのだろう。感傷的になっていた私はつい弱音を吐いてしまった。
「……コンラート様はわたくしよりもニーナ様と結婚した方がいいのかもしれません」
その言葉にニーナは目を見開いたが、それ以上に男爵夫人が激しく反応した。
「そんなことはありませんし、二人が結婚することはわたくしが認めません!」
驚いた私が男爵夫人を見ると、険しい表情をしていた。だけど、私の視線に気づくと、慌てて頭を下げる。
「申し訳ございません。わたくしは失礼なことを……」
「いえ、そんな。わたくしこそ申し訳ございません」
「ですが、誤解なさらないでください。コンラート様とニーナは噂されるような関係ではございません。あの方は責任を果たそうとしているだけです」
「責任とは一体どのようなことでしょう?」
「……それは子爵家に関わることなので、わたくしからお話することはできません」
男爵夫人はきっとこれ以上はコンラートに聞けと言いたいのだろう。ニーナといい、男爵夫人といい、一体何を隠しているのだろうか。
コンラートに聞くことで彼との距離が縮むのならと思った私は、次に会った時に勇気を出してニーナとの関係を問い質すことにしたのだった。
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