番外編1 僕の嘘16(コンラート視点)
よろしくお願いします。
その後、伯爵領でどうするかということを話していると、窓硝子を叩く雨音に気づいた。
「降り出したな。と、もうこんな時間か。こんな感じで後は行ってから決めるか」
「そうですね」
休むつもりが結局仕事になったからか、思ったよりも疲れて溜息が漏れる。それは義兄上も同じだったようで、首を回して肩を揉んでいる。
「ユーリも待っているだろうから行ってやってくれ」
「はい。色々と心配をかけて申し訳ありません」
義兄上がユーリを心配するのももっともだ。僕はユーリを大切にすると言ったのに泣かせてしまった。
「いや、お前の気持ちは俺にもわかるんだ。俺だって伯爵家の事情はお前には言いづらいからな。信用……も多少あるが、面倒に巻き込みたくないからできるだけ自分の手で進めたいんじゃないか?」
「……そうですね、それもあります。ただ、いずれ僕は当主になるでしょう? その時に問題が起きたら僕が対処しなければならないので、父に認めさせる絶好の機会だとも思っているんです」
「そうか……困ったことがあれば言えよ。ユーリだけでなくお前も心配なんだ」
義兄上の気持ちがありがたかった。本当なら探っていることを黙っていることだってできるだろうに、わざわざ話してくれたのは義兄上なりの誠意だろうと思う。
「色々とありがとうございます……そうですね。いずれお願いすることになると思いますが……それでは僕はこれで失礼します」
「ああ」
話が終わり、僕は応接室を後にした。だが、ユーリはどこに行ったのだろうか?
廊下にいたメイドにユーリがどこに行ったのかを聞くと、汚れてもいい格好で庭に出たと言う。庭仕事をするつもりだとわかったが、まだ雨が降っている。僕は急いで庭に向かった。
◇
庭に近づくにつれて、男女の楽しそうな話し声が聞こえてきた。それがすごく不快で僕の不安を煽る。
──ここにいるのは母上ではなく、ユーリだ。
わかっているから余計に不安になる。ユーリは僕を好きだと言ってくれた。ユーリに限って浮気をするわけがない。
早く近づいて確認したいが、見てはいけないと僕の頭に警鐘が鳴る。二人に近づくにつれてユーリと談笑をする相手が、僕らとそう変わらない年齢の男だとわかった。
これ以上二人が親しく話すのを見ていられず、僕はユーリの名前を呼ぶと、ユーリが僕を見る。
彼女の目が僕を捉えたことに安心する。他の男なんて見て欲しくない。今だけはユーリの関心を占めるのは僕だけだ。だが、僕はそんな醜い嫉妬心を誤魔化すようにユーリについ当たってしまった。
「君はいずれ、子爵家の後継を産む大切な人なんだよ。君に何かあって悲しむのは僕だけじゃないんだ」
「……そうですね。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
ユーリは申し訳なさそうに僕に謝る。こんなことが言いたかったわけじゃないのに。ただ、嫉妬をしたと一言言えばいいのだろうが、それでユーリが僕を嫌いになるのではないかと思うと、素直に口にすることができなかった。
そしてユーリは一緒に作業していた庭師の男とまた楽しそうに話し始める。僕といる時よりも自然な様子で庭師と話すユーリを見るのが辛かった。僕は風邪を引くから二人とも着替えた方がいいなんて言って、二人の話を遮ってしまった。僕はどこまで心が狭いのだろうか。内心落ち込んでいたが、何でもない振りをして誤魔化すしかなかったのだった。
◇
新婚旅行出発まであと二日。オスカーにユーリと両親を会わせた方がいいと言われ、渋々ながらユーリと二人で本邸を訪ねることになった。
予めユーリに両親について話しておいての対面だったからか、ユーリは戸惑うことなく会ってくれた。
だが、僕はその場に漂う空々しい空気に辟易していた。母は退屈そうでこちらを一瞥すらしないし、父は僕には見せないような嘘臭い笑顔を浮かべている。 ユーリが挨拶をすると父が答える。
「いや、わざわざ来てもらってすまないね。明後日が出発で忙しいんじゃないか?」
──何がすまないね、だ。僕の都合なんて御構い無しでそんなこと一度も言ったことがないだろう。
二人の間だけで話が進んでいくからか、ユーリはちらちらと母を気にしている。それに気づいた父が苦笑する。
「気にしないでくれ。彼女は屋敷の中ではいつもこんな感じだ。外ではちゃんとやってくれているから好きなようにさせているんだよ」
好きなようにさせる、じゃないだろう。あなたが自由にしたいから構わないだけだ。傲慢な父の言葉に僕は腹が立ったが、母も不快だったのか、少し眉を顰めて口を開いた。
「……用がこれだけでしたら失礼してよろしいかしら。わたくしにも用事がありますの」
「ああ、いいよ」
そう言いながらも父は一度も母を見ない。それくらいどうでもいいのなら離縁でも何でもすればいいのに。政略で結ばれた結婚とはこんなにも虚しいものなのかと、僕は二人を見て学んだ。
母が出て行くと、父は母のことを話す。
「すまないね。彼女はあまり人に興味がないんだ。というか家族にかな。それ以外には積極的なんだが」
「……積極的なのは愛人にだけでしょう?」
黙っておこうと思ったが、つい口をついて出た。母はいつも社交だなんだとやってはいるが、それ以外には興味を示すことがほとんどない。興味を示しているのは愛人だけだろう。僕には何が楽しいのか全く理解ができない。
「身も蓋もないな。その通りだが」
父は苦笑した。ユーリを見ると、表情が強張っている。どう反応していいのかわからないのだろう。当たり前だ。こんなことで笑える神経がどうかしている。
「ユーリ、気にしなくていいよ。こんな悪趣味なことで笑えるこの人がおかしいんだ。この人も人の事を言えないからね」
「私は屋敷に連れ込んだりしない。そこは節度を持って……」
連れ込まなければいいとでも言うのか。やっていることは父も母も同じだ。くだらない言い訳に吐き気がする。
「外で何人も愛人を囲っている癖に何が節度だか」
僕がそう吐き捨てると、父は僕も同じだと責めてきた。
「お前だって人の事を言えないだろう。クライスラー男爵令嬢とのことは聞いているぞ」
「……それはデタラメです」
あなたの娘で僕の異母妹なのに、ニーナと何があると言うのだ。そもそも父が考えなしに男爵夫人と関係を持ったからだろうが。人の気も知らずに勝手なことばかりだ。
「別に隠さなくてもいいじゃないか。お前たちだって政略結婚なんだ。ユーリさんだって承知しているんだろう?」
「何のことですか?」
父は恐らく新しい噂のことを知っていて、ユーリは飾りの妻だと思っているのだろう。父は僕の結婚生活まで破綻させたいのか。僕は頭に血が昇り、思わず怒鳴ってしまった。
「父上! 余計なことをユーリに吹き込まないでください! 私たちはあなた方とは違います!」
「もしかしてユーリさんは知らないのか?」
知っていたら何だと言うのだ。そんなに僕の幸せを壊したいのか、それほどまでに僕はあなたに嫌われているのか──?
初めから僕を産まなければよかったんだ。そんな言葉が喉まで出かかっていた。
安心とか信用を与えてくれず、僕から大切なものばかり奪う両親。もうこれ以上は大切なものを奪われたくない。
「挨拶は終わりましたので、これで失礼します。今度からは私一人で来ますので。行こう、ユーリ」
両親になんて会わせるのではなかった。ユーリの手を引いて勢いよく歩いてしまい、ユーリが痛がっていることに気づかなかった。あの人たちのような自分勝手な人間にはなりたくないと思っていたのに。
そうして歩いていると、母が愛人と戯れているところに出くわした。
僕には絶対に向けられない母の笑顔に、お前は誰にも愛されないと思い知らされているようで不安になる。
──違う。僕にはユーリがいる。
だが、本当にそうなのだろうか。僕には愛が何なのかわからなくなりそうだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




