番外編1 僕の嘘11(コンラート視点)
よろしくお願いします。
両親とユーリを会わせたくはなかったが、無事に顔合わせも終わり、結婚式当日を迎えた。だが、僕は本当にこれでよかったのかと自問自答していた。それというのも、ユーリの言葉が引っかかっていたからだ。
──わたくしの存在価値は嫁いで、後継を産むことくらいです。
そうじゃないのに。僕はユーリだから結婚したかった。だが、そう思わせたのは以前僕が言った、後継さえ産んでくれれば後は好きにしてくれたらいいという言葉のせいだろう。
どうして僕はあんな心にもない嘘を吐いてしまったのか。僕はただ、ユーリのためにはその方がいいと思っただけなのに、そう後悔しても遅い。
今、僕は列席者の前でユーリが来るのを待っている。皆には僕の心境なんてわからないだろう。
──もっと時間をかけてわかり合う努力をするべきだった。
ロクスフォード卿に連れられてユーリがゆっくりと近づいてくる。純白のウエディングドレスに身を包んだ彼女は本当に綺麗だった。罪悪感を抱えていても、嬉しい気持ちもある。これからは時間をかけて、ユーリの価値はそれだけではないのだと伝えていこうと、そんなことを考えていた。
そして誓いのキスをと言われ、僕の緊張は頂点に達した。ユーリとは手を繋いだり、抱きしめたことはあっても、キスはしたことがない。それでも僕からリードをしないとユーリに恥をかかせてしまう。僕はゆっくりと触れるだけのキスをユーリの唇に落とした。
やがて目を開けたユーリは僕を見て俯く。僕が相手なのがそんなに嫌なのだろうか。僕は内心で傷ついていた。そうして式が終わり、僕らは列席者の中を歩いて行く。僕はユーリがどんな顔でいるのか見られなくて、ただ笑顔を浮かべて前だけを見据えていた。
◇
それから二人で馬車に乗り、子爵家に帰った。ユーリがいるだけで、いつもの何の変哲もない屋敷も綺麗に見える。
ユーリは本邸を見て呆然としていた。ロクスフォード邸に比べれば大したことはないと思うのだが。そう思うのは僕が見慣れているせいだろうか。
今日は色々と疲れているはずだから早くユーリを休ませてあげたいのに、当の本人が興味深そうにきょろきょろと見回して庭で立ち止まる。
「君もこういうのに興味があるんだね」
一人で楽しそうなユーリに思わず話しかけると、何故か恥ずかしそうにしている。ユーリはどうやら自然が好きなようで、笑みを浮かべて伯爵領でのことを話してくれた。
僕にはそうやって遊んだ記憶がないから羨ましい。それもあって僕は新婚旅行のついでに伯爵領へ行こうと話した。だが、ユーリは渋る。
それでつい僕も悲観的になって呟いた。
「……僕と旅行は、やっぱり嫌なのか」
それも仕方ないことだ。僕は義務さえ果たせばいいと言ったし、ユーリもそれを受け入れている。僕とわざわざ仲良くする必要はない。
だが、ユーリは慌てた様子で否定する。
「違います。ただでさえ結婚式や援助でコンラート様には負担をかけているのに、これ以上負担をかけるのは……」
申し訳なさそうに目を伏せるユーリに、僕は何とか納得させる方法はないものかと考えて思いついた。
「……ああ、そうだった。君はそういう人だったね。それは気にしなくてもいいって言っても、気にするんだった。それなら、こう考えてくれないか? これも投資だと。いずれ元を取るから今は甘えてくれればいいよ」
本当はいらないが、こうでも言わないと頷いてくれそうにない。真面目な彼女はきっと信じるだろう。
それに、そうして縛られてくれればユーリは僕から離れていかないかもしれないという卑怯な思いが頭をもたげる。
案の定、ユーリは信じて、難しい顔をしたかと思えば、何かを思いついたように目を輝かせ、また難しい顔になる。その百面相を見ているだけでも面白くてつい笑ってしまった。
しばらく沈鬱な表情が多かったが、また以前のように豊かな表情を見せてくれるユーリに、何かあったのかと聞くと、エリオット様に教わったのだと柔らかな表情で答えてくれた。そして、続いた言葉に僕は疑問を持った。
「……ちゃんと自分の気持ちを相手に伝える努力をすること、でしょうか。ぶつかるのが怖くても逃げるなというようなことを教えてもらいました」
自分の気持ちを相手に伝える努力をする、ということは今はそれができていないということ。つまり、ユーリにはどんな気持ちかはわからないが、伝えたい相手がいるということかもしれない。それを聞くと、ユーリは何も言わずに頷いた。
僕の中で色々なことが符号する。
ユーリには好きな男がいる。義務を果たすことがユーリの目的である。自分の気持ちを伝えたい相手がいる。そしてそれは僕じゃない。
ユーリはきっと僕に、僕の両親のような割り切った関係を求めているのだ。
そしてユーリも母のように、僕に見向きもしなくなるのだろうか──。
心が寂寥感でいっぱいになる。だが、それは僕の都合であってユーリには関係ない。僕はかろうじて笑みを浮かべて言う。
「……そうか。その相手に伝わるといいね」
「……はい。少しずつでも相手に伝えられるように変わりたいと思っています」
ユーリは力強く宣言する。そこまで思われる見知らぬ相手が羨ましくて、憎らしい。
ジリジリと焦げ付きそうな激しい嫉妬に襲われる。どうして僕ではだめなのか、その男がいなくなれば僕を見てくれるのか、力尽くで奪ったらその男を諦めるのか。
こんな醜い感情なんて知りたくなかった。僕はユーリに気づかれないように平静を装うことしかできなかったのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




