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悲しい嘘  作者: 海星
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番外編1 僕の嘘9(コンラート視点)

よろしくお願いします。

 結婚式の日取りは決まったものの、その準備に何が必要なのか僕にはわからなかった。とはいえ、父はそのことには一切触れない。母はと言えば、社交で留守にすることもあれば屋敷にいたとしても、僕には目もくれない。


 ──少しは息子の結婚に興味を持ってくれ。


 仕方がないとわかっていても、これではユーリも困るだろう。悩んだ末に僕は恥を忍んでクライスラー男爵夫人にお願いすることにした。


 ◇


「……こちらも大変な時に申し訳ありません」

「いえ、わたくしでお役に立てれば光栄です。ニーナのことでは色々ご迷惑をおかけしましたから」

「そう言っていただけるとほっとします。あの人たちも少しは興味を持ってくれればいいのですが……」


 クライスラー男爵邸の応接室に招かれた僕は夫人に頭を下げた。そうして快諾してくれた夫人に思わず愚痴る。夫人が母親のように接してくださるからだろう。


 夫人は答えあぐねて苦笑する。僕も一緒に笑い飛ばせば気が楽になるだろうかと思ったが、虚しさしか残りそうにない。


 気をとりなおして、僕は夫人に質問する。


「それで、ニーナの挙式の準備は順調ですか?」

「ええ、おかげさまで。式まで時間がないから準備もそうですが、あの子自身の心の整理ができるのかと心配だったんです。それでも最近はよくクリス様と会っているので安心しています」


 夫人は嬉しそうに笑っているが、こんな風に笑えるまでどんなに苦労したかと思うと、父の無責任な行動にまた腹が立ってくる。


「……あなたには本当に申し訳ないと思っています」

「突然どうしたのですか?」


 急に謝った僕に夫人は目を瞬かせている。そんな夫人に僕は質問し返した。


「父があなたの立場を考えて行動していれば、あなたもこんなに苦労することもなかったでしょう。腹が立たないのですか?」


 夫人は目を伏せて首を振る。


「……わたくしはあの方に妻子がいるのをわかっていて、その上で逢瀬を重ねていたのです。あの方の責任だけではありません」

「それは違います。あなたは平民の常識の中で育ってきた方だ。それが急に貴族の常識を理解できるはずがないでしょう? そこにつけ込む男の方に非があるはずだ」


 今も割り切った関係とやらを続けている父のことだから、夫人を騙すことなど簡単だろう。そう思ったのだが、夫人は否定する。


「わたくしはつけ込まれたわけではなく、ただあの方を愛しただけです。そうしてニーナが生まれた。あの方を許す許さないという問題ではないのです。あなたも愛を知ればわかると思いますわ」

「愛……ですか。それなら僕は一生知ることはないでしょうね」


 僕は自分を嘲るように笑う。


 愛を知るということはどういうことなのだろうか。

 一方的に思うのが愛なのか、相手からも思われるのが愛なのか、見返りを求めない無償のものが愛なのか。


 両親を見ていても、そんなものがあるようには思えない。誰もがみんな自分のことを優先するだけだ。


 僕だって同じ。ユーリに思う男がいても自分の気持ちを押し通して結婚を迫る最低な男。これではユーリも振り向かないはずだ。


「コンラート様……」

「ああ、すみません。くだらないことを言いました。僕は別にそれでいいんです」


 痛ましげな夫人の視線に耐えられず、僕は笑う。


 同情をされたかったわけじゃなくて、客観的な事実を述べただけだ。僕はユーリの幸せのために割り切ると決めたのだから。胸が痛むのはきっと今だけだ。


「それじゃあ、ユーリのことお願いします」

「え? ええ。お任せください」

「夫人もお忙しいでしょうから、僕はこれで失礼します」


 物言いたげな夫人の視線に耐えられず、僕は話を打ち切った。本心を見透かされそうで怖かったのだ。そうして僕は真っ直ぐ屋敷に帰った。


 だが、屋敷に帰ってからも、夫人の言葉が頭から離れなかった。


 ──ただあの方を愛しただけです。


 懐かしむようで、慈しむような夫人の表情が印象的だった。夫人にとって父とのことは必ずしも悪い思い出ではないということなのだろうか。


 考えて、ちりっと胸が熱く痛んだ。それは紛れもない嫉妬だった。だが、それはそんな風に愛した男爵夫人に対してなのか、その愛を向けられていた父へのものなのかはわからない。


 愛を信じない、その言葉が嫌いだと思ったのは、自分には縁のない言葉だったから。欲しいと思いながらも手に入らないのならと、敢えて自分から遠ざけた。


 もう、とうの昔に失ったはずの感情にまた苛まれるのは嫌だ。心なんてなければいい。僕はそうして自分の心に蓋をするように目を閉じた──。


 ◇


 それから数日後、エリオット様との約束のためにロクスフォード邸をいつものように訪れた僕に、珍しくユーリが話しかけてきた。


 込み入った話がしたいということだが、僕に対する恨みつらみだろうか。戦々恐々としながら人払いをした客室でユーリが話すのを待った。だが、ユーリは中々話さない。結局痺れを切らした僕がユーリに尋ねた。


 ユーリが話したかったのはニーナのことだったらしい。どういう関係なのかと聞かれて戸惑った。


 ユーリにニーナが異母妹だと、いずれ話そうとは思っていた。だが、それは段階を踏んでからだ。脅迫者に怯えることがないように、しっかりと足固めをしてからじゃないと難しい。


 ユーリを信用できないからではなく、彼女の周囲の人々を信用できないからだ。紹介状のある身元の確かな使用人でさえ裏切る。ユーリにとって同席している侍女が信用足りうる人だとして、僕は無条件に信じてはいけない。悲しいが、それが僕の常識なのだ。


 僕はユーリにニーナは友人だと嘘を吐くしかなかった。それで納得したのかはわからないが、僕はユーリが僕に興味を持ってくれたことでつい、嫉妬してくれたのかなんて軽口を叩いてしまった。途端にユーリの表情が消えて、違うと否定される。


 ──またやってしまった。


 僕はどこまで馬鹿なのか。せめて彼女が喜んでくれるようにと僕は笑って嘘を吐いた。


「君が僕のことを好きでなくても構わない。結婚することはもう決まって手配も終わってるんだ。ただ、後継は産んで欲しい。それさえ果たしてくれれば、後は好きにしてくれていいから」


 ユーリに放った言葉は刃になって僕に跳ね返ってきた。それもこれも自分が招いた種だ。悲しむ資格なんてない。僕はそれ以上その場に居られず、客室から出て行った。

読んでいただき、ありがとうございました。

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