番外編1 僕の嘘8(コンラート視点)
よろしくお願いします。
そうしてエリオット様と話を詰めていき、僕は父にロクスフォードと縁組することで得られるメリット、デメリットを説明し、ユーリとの結婚を認めさせることができた。
よかったのはそれだけでなく、ニーナとクリス様との縁談がまとまったこともだった。クリス様の人柄は調べて申し分なく、男爵夫妻だけでなく、ニーナ自身も気に入ったようで安心した。
これで心置きなくユーリと会える、そんな浮かれた気分でいた僕は、ロクスフォード邸を訪ねてユーリとの間に齟齬があることに気がついた。
いや、本来なら気がつかなければいけなかったのだ。ユーリを大切に思っていたのなら。だが、僕は間違えてしまった。
ユーリと話すうちに、自分が父と同じように相手の気持ちを蔑ろにして事を進めていることに気づいた。これでは僕がユーリが大切で、ユーリしか見えていなかったと言ったところで信じてはもらえない。僕はどうすればいいのかわからなかった。
そして、ユーリは言ったのだ。
「……大丈夫です。わたくしは、あなたのことなんて好きじゃありませんから」
──そうか。彼女も僕を愛してはくれない……
僕の頭を幼い頃の思い出がよぎる。母に拒絶された日、乳母がいなくなった日、それを父に訴えると無視をされた日……
結局、僕自身を必要としてくれる人なんていないのだという諦観が僕の心を支配する。
だが、どうしてユーリはこんなに寂しそうな顔をしているのだろうか。僕が無理矢理結婚を迫ってしまったから、裏切られたと失望しているのだろうか。
ユーリにどう謝ればいいのか、気持ちを伝えてもいいものかを考えて上の空になっていたせいで、その後の会話は空々しいものだった。
僕は罪悪感とショックを引きずりながらロクスフォード邸を後にした。
◇
「どうすればいいんだ……」
僕は自室で頭を抱えていた。これでは弱みに付け込んで結婚を迫った最低男だ。力不足のくせにニーナもユーリも守りたいと思ったのが間違いだったのだろうか。
だが、彼女の気持ちを聞いても彼女を思うことは止められない。人の気持ちとは厄介なものだ。期待しないと思いながらも、どこかであわよくばという思いが顔を覗かせる。きっかけは政略でもわかり合う努力をすればあるいはと。
「僕も結局、父上と同じってことか……」
相手の気持ちなんて御構い無しで家のために僕の人生まで勝手に決めようとする父。それが嫌で足掻いているうちに、僕もいつのまにかあの人のやり方を踏襲していた。皮肉なことだと、おかしくもないのに笑いがこみ上げてくる。
僕がやったことは彼女のためなんかじゃない。僕自身のわがままでしかないのだ。
だが、ここまできたら婚約を解消することはできなかった。そんなことをすればロクスフォードというよりはユーリ自身に問題があると思われかねない。そして彼女への縁談は皆無になるだろう。僕はユーリをより厳しい状況に追い込んでしまったのだ。
それならせめて結婚したとしても彼女が彼女らしくいられる環境を作ることに心を砕こう。そう割り切ろうと思ったのだった。
◇
婚約も整い、僕とユーリは正式な婚約者として夜会でお披露目することになり、エスコートするために僕はロクスフォード邸を訪れた。
執事に案内され、僕は二人のいる応接室に着いた。執事がそこで扉をノックしようとしたが、後は僕一人で大丈夫だからと、執事を戻らせた。
深呼吸してノックをしても返事がなく、おかしいと思いながら扉を開くと、ユーリとエリオット様は話していたせいでどうやら気づかなかったらしい。
何もなくてよかったと胸を撫で下ろし、声をかけようとして僕は止まった。
「……お前、間違ってもコンラートにそんな顔見せるなよ。それだと百年の恋も冷めるぞ」
エリオット様の声だった。
百年の恋も冷めるとはどんな顔だろう、それに恋が冷めるということはユーリも少しくらいは僕を思ってくれているんだろうかと、期待してしまった。だが。
「そもそも私たちの間には恋なんて存在しないのよ」
そんなユーリの言葉に冷水を浴びせられたような気分だった。僕は本当に学ばない。好きではないと言われていたというのに。それ以上は聞いていられなくて、僕は会話を遮るように声をかけて部屋へ入った。
そして夜会へ出発した。
二人きりで馬車に乗っていると緊張して、気の効いた会話もできない。それでユーリと仲の良いニーナの話を振ったのだが、彼女の顔は曇るだけだ。その上、ニーナと婚約者に挨拶に行こうと言うと、怪訝な顔でいいのかと聞く。もちろんだと頷いて、ニーナが幸せになってくれればいいと、僕が本心からそう言ったら、彼女は黙り込んでしまった。
そして会場に着くと、周囲の視線が一斉に集まる。下卑た男の視線がユーリに向いているのが見えて不愉快だった。
ユーリのドレスは彼女の綺麗なデコルテを強調していて胸元が開いている。僕が仕立て屋にそこだけは注文したが、失敗だったのかもしれない。
だが、彼女は女性の視線が痛いと言う。そんなわけはないと僕は笑い飛ばしたかった。僕に好意を寄せてくれる人は、僕ではなく僕の持つ物にしか興味がないのだ。
ユーリはそれさえも興味がないのだろうと思うと、複雑な気分だった。僕は僕の背景にしか興味がない女性を嫌悪していた。なのに、ユーリにはせめてそこだけでも興味を持ってくれたらそこから取っ掛かりが作れるのではないかと思ってしまう。未練がましい自分が情けない。
話しているうちに自分を卑下するようなユーリに悲しくなった。そうじゃないと伝えたいのに伝わらなくてもどかしい。
彼女はもう何かを諦めきっているように見えた。それがどうしてなのか不思議だったが、彼女の言葉で得心がいった。
「わたくしは身の程を知っているつもりです……それに本当に認めて欲しい方から認めてもらえなければ、どんな賞賛であろうと響かないのです」
つまり、彼女には認めて欲しい人がいるということ。思う男に認められればそれでいい。やっぱり彼女は彼女だった。そしてその相手は僕ではない……
そんなことを思い知らされて、僕にとっては忘れられない夜会になったのだった。
このあたりからユーリ視点とリンクするので、彼の視点で彼の印象に残っていることに焦点を絞っていきます。
読んでいただき、ありがとうございました。




