番外編1 僕の嘘7(コンラート視点)
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早速、僕はエリオット様に会いに行った。父は僕に勝手にしろと言ったが、それがどこまで通用するのかわからない。
そこで、先に父を納得させるだけの材料を集めないといけないと思い、エリオット様に相談することにしたのだ。
ただでさえ忙しいエリオット様に負担をかけるようで申し訳ないが、将来的には伯爵家のためにもなるはずだ。エリオット様もそう思ったようで真剣に話を聞いてくれた。
「なるほど……確かに伯爵家のためにはなるが、それで子爵家の得になるのか?」
応接室のソファにもたれてエリオット様は首を傾げた。僕はエリオット様を見据えて訴える。
「僕はなると思っています。ロクスフォードの後ろ盾があれば貴族相手の商いには有利になると見越しています」
「お前はそう言うが、それはかつてのロクスフォードだろう? 今のうちには価値なんてないぞ」
エリオット様は苦笑している。エリオット様の言葉ももっともだとは思う。ニーナから聞いたが、ユーリはドレスを新調することもできずに着回していて、茶会で没落令嬢などど揶揄されて嫌がらせをされていたらしい。ニーナが止めようとしたら、ユーリがニーナも巻き込まれるからとそれを拒んで一人で耐えていたそうだ。
それをしたのがあのメリッサ嬢の取り巻きだと聞き、彼女を選ばなくてよかったと思う反面、はらわたが煮えくりかえる思いだった。それならロクスフォードの名誉を回復させて、謝らせてやろうと。
「……将来的な価値があるではないですか。立て直せばいいんですよ」
「簡単に言ってくれる。それができればここまで困窮してないだろうよ」
「僕だってこれまで手をこまねいていたわけではありません。いかに利益を上げるか、有利な商談の仕方、人を見る目、全てを磨いてきたつもりです。僕が全力で手伝いますから諦めないでください」
「……何でそこまでロクスフォードにこだわるんだ? お前ならいくらでも縁談があるだろうに」
「……エリオット様もユーリも僕の恩人だからですよ。誰もが僕を通して父や家しか見ない中で、普通に接してくださったおかげで僕は自分を見失わずに済みました。そんな僕にできるのはこれくらいしかないんです」
これも本心だ。エリオット様は名門ロクスフォード家の後継でありながら、僕のような貴族らしくない者に対等の付き合いをしてくれて、ユーリは僕が何でもできるのが当たり前だと思わずいつも心配してくれた。
「だからお願いします。僕一人では父を説得するだけの材料がないんです。一緒に考えてください」
僕が頭を下げると、エリオット様はしばらく黙っていた。沈黙に耐えられず顔を上げると、エリオット様は難しい顔をしていた。
「……俺はユーリを政略の道具にはしたくない。うちの両親は政略で結ばれたが、結果的には子どもから見ても仲睦まじい夫婦だったと思う。伯爵家が大変な時に甘いことをと思われるだろうが、ユーリを犠牲にするくらいなら爵位を返上してもいいと思っているんだ。領民には申し訳ないが、新しい領主が決まれば彼らの生活は保証される。彼らには俺たちにこだわる理由はないからな」
僕の顔からすうっと血の気が引いていく。エリオット様は本気でそう思っているのだ。そうなるとユーリとの接点が無くなってしまう。
──ユーリが手の届かないところへ行ってしまうのか?
「……そんなのは嫌だ」
「コンラート?」
「僕のわがままだとは承知の上です。僕はユーリを政略の道具だとは思っていません。僕にとっても大切な人なんです。お願いします……!」
別の誰かに嫁いでも彼女が幸せになれるのなら諦めようと思ったこともある。それに個人の感情で何とかなる問題でないこともわかっている。だが、もう少しで手が届くところにいて、手を伸ばさなければ彼女を失って一生後悔するとわかっていて諦める気にはなれなかった。
必死の形相で訴える僕に、エリオット様は静かに問う。
「……お前はユーリが好きなのか?」
ああ、またその言葉かと、僕は内心で失望していた。誰も彼もが僕にそう聞く。そんなにその言葉は大切なのか。だが、ここで否定したらエリオット様の信用を得られない。だから僕は肯定した。
「……はい」
そう言いながら、自分が嘘を吐いているような複雑な気分だった。ユーリを思う気持ちはあるのに、それを表現する言葉がまだ見つからないのだ。
僕自身に愛された記憶がないからだと思う。
僕はいつまで両親に縛られるのだろう。後ろ姿しか見せない父と、誰かに愛を囁く姿しか見せない母。
僕には愛だの恋だのがよくわからなかったが、ただ一つだけ変わらないのは彼女を大切だと思う気持ち。
エリオット様は溜息を吐く。
「……お前の気持ちはわかった。ユーリもお前のことを憎からず思っているようだし、認めてやってもいい。だが、それならクライスラー男爵令嬢は何なんだ? 俺にはお前が二股をかけられるような器用な男には見えないんだが……」
あともう一押しだ。僕は話せる範囲でニーナのことを説明することにした。
「彼女はいい友人なんです。ただ、あの美貌なので変な男に無体な真似をされてはいけないから僕が牽制をしているのと、僕自身の女性避けです。子爵家の財力は余程魅力的なんでしょうね」
僕が苦笑すると、エリオット様は首を傾げる。
「財力もだが、お前自身に興味があるからじゃないか?」
「……違いますよ。僕自身を見てくれる未婚女性はユーリとニーナだけです。それ以外の方は僕の背景にしか興味がないらしい。商会で取り扱っている商品を見せたら、素敵、あなたと結婚したらこういうものが簡単に手に入るのですね、と目をギラつかせた令嬢たちに面と向かって言われましたから」
僕がうんざりするのもこれでエリオット様にはわかってもらえるだろう。エリオット様は僕に同情するような視線を向けて絶句した。ここで僕は更に畳み掛ける。
「わかっていただけたなら嬉しいです。それで、父を納得させるためには、エリオット様か、ロクスフォード卿のお許しをいただいたという証明が欲しいんです。それと、ロクスフォードと手を組むことで、お互いにどれだけの利害があるかですね。それがわからないと説明に困るので……」
「ああ、わかった、わかった。そんなに焦らなくても今すぐうちが没落するわけじゃない。少しずつ話を詰めていけばいいだろう?」
「いえ、できるだけ早くしたいんです」
ニーナが結婚するまでには決めてしまいたいと思っている。
というのも、今はニーナは男爵家の庇護下にいるから脅迫があっても男爵家の権限と、僕が持つ子爵家の権限で抑えることができる。
だが、ニーナが嫁いだ場合、婚家の権限が強くなり、男爵家の権限が弱くなる。しかも実際に権限があるのは子爵家当主である父なのだ。父が権限を使うということはニーナは子爵家の娘だと認めてしまうことになり、男爵家は娘を奪われることになる。
父が公的に認めてしまえば、僕にはもう何もできない。全ては水面下で進めるしかないのだ。
それに、エリオット様の気持ちが変わって、ユーリとの結婚を認めないとなっても困る。
そんな焦りで、僕はまず先に当事者であるユーリの意思を確認することを失念していたのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




