乱高下する心
よろしくお願いします。
「お待たせして申し訳ありません」
ニーナと二人でホールに戻り、談笑していたコンラートとクリス様に頭を下げる。話は弾んでいたらしく、二人は笑いをおさめるとこちらを見た。
「話はもういいのかい?」
「ええ。終わりました」
コンラートの問いに私が答えると、ニーナが続けた。
「これからも仲良くして欲しいとお願いしていたんです。お互いが結婚したら、今度は家族ぐるみで仲良くできるのではないかと思いまして」
「ああ、それはいいかもしれないね。ユーリも友人がいた方が安心だろうし」
「ええ、そうですね」
二人の間で話が進み、私は同意するしかなかった。 だけど、ここにいるのは三人ではない。もう一人の当事者はどう思っているのだろうか。私は複雑な思いでクリス様を見た。
「私もいいと思うよ」
クリス様は相変わらず笑顔を浮かべたまま頷く。彼が本心で言っているのかわからなかった。
彼があの噂を知らない訳がない。こうして四人でいても、あちこちから視線を感じるし、ヒソヒソと話し声が聞こえてくるのだ。
別れたと聞いたのに嘘だったのか、婚約者の方々はどんな思いでいるのか、結婚してからも関係を続けるつもりで結婚はただのカモフラージュなのではないか。
あからさまな言葉にうんざりした。直接真偽を問うこともしないのに、噂ばかりが一人歩きする。
だけど、そのくだらない噂を信じる私もくだらない。ニーナの言う通り、コンラートに聞くべきなのだろう。
それでも怯んでしまう。私は彼にとって見せかけだけの婚約者なのかもしれない。君には関係ないだろうと言われたら私は立ち直れるのだろうか。
コンラートは婚約どころか、結婚も決まっていると言った。彼には私と結婚する意思があるのだ。それなのに彼の気持ちがどこにあるのかわからない。
四人で話していたら、軽やかな音楽が流れ始めた。
ファーストダンスの時間だ。
クリス様は笑顔でニーナにダンスを申し込んだ。
「踊っていただけますか」
「喜んで」
ニーナは頬を染めて嬉しそうにクリス様の手を取る。その様子から二人はうまくいっているのかもしれないと思った。
そして、コンラートも私にダンスを申し込む。
「踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで」
私もコンラートに手を引かれ、ホールの中心へと向かう。人混みを避けて、空いた場所でゆっくりと体がリズムを刻み始める。
私はダンスがそれほどうまくない。それでも体が自然に動くのはコンラートのリードがうまいからだろう。
そして普段は触れられない彼に触れられることが嬉しかった。顔が緩みそうになるのを必死で堪える。
そんな私にコンラートはまた眉を顰める。
「ユーリ、難しい顔をしてどうしたんだい?」
「わたくしはそんな顔をしておりましたか? 自分ではわからないので、不快な思いをさせてしまったのなら申し訳ございません」
「そうじゃなくて、何か悩んでるんじゃないのかと思ったんだよ。君は僕の婚約者だからね。心配するのは当然だろう?」
「そうなのですか?」
婚約者だから心配するのか。それなら婚約者じゃなければ心配しないのかなんて、捻くれたことを考えてしまう自分が嫌になる。
気になるなら一言聞けばいいだけなのだ。私のことをどう思っているのかと。
「当然だろう。最近はずっと距離を置かれている気がして寂しかったんだよ。婚約してからも変わらなかったし」
「……それはニーナ様からも言われました。わたくしのことなど心配なさらなくてもいいのに。わたくしなら大丈夫です」
「……君のお母上が亡くなった頃からだったと僕は思っているんだけど、違うかい?」
それは違う。偶々母が亡くなった頃とコンラートとニーナが仲良くなり始めた頃が重なっただけだ。
あの頃の私は母を失って嘆くことができなかった。
両親の仲が良かったので、母を失った父の悲しみは深かった。そのためただでさえ騙されやすい父は甘い言葉や優しい言葉に溺れたのだ。伯爵家の娘として誤った方向へと向かう父を止めるためにしっかりしなくてはいけないと思った。
兄も同じで、次期当主として傾き始めた伯爵家をこれ以上傾けないためにと、父に諫言していた。そんな兄も支えなければいけなかった私はコンラートに救いを求めようとした。
だけど彼はニーナしか見ていなかった。ひょっとしたら彼は私のそんな狡さを見抜いていたのかもしれない。そして私は彼らと距離を置いた。
どんなに頑張っても伯爵家の傾きは止まらない。いずれ没落するのは目に見えている。父や兄には悪いと思ったが、このまま身分を返上して市井に降るのも悪くないと思い始めていた。
そんな時に降って湧いたコンラートとの婚約だ。全てを諦めかけていたのに、また希望を与えられた。
「……そうですね。お母様が亡くなったことで伯爵家が転げ落ちるように没落の道を辿り始めましたから。貴族でいられなくなるのに交友を深めたところで意味がないと思っていたこともあります」
「も、ということは他にもあるのかい?」
「それはわたくしの問題なのでお答えできません」
私がぴしゃりと言うと、コンラートは苦笑した。
「君のそういうところ変わらないね。自分のことは自分でけじめをつけようとする。そういうところが素敵だと思うよ」
「……ありがとう、ございます」
思いがけない褒め言葉に私の気持ちが上がり、思わず笑顔になった。だけど、次の言葉で私は凍りついた。
「だけどもう問題は解決したようなものだろう? 僕も伯爵家を立て直すために力を尽くすつもりだ。だからこれからはニーナとも仲良くして欲しいんだ。彼女はあの通りの美貌だし、誤解されやすくて中々友人ができなくてね。君とは二歳違いになるのかな。歳も近いから話も合うと思うんだよ」
冷水を浴びせられたような気分だった。あれだけコンラートと噂になっている彼女と仲良くしろと言うのだ。
彼の一言で私の気分は乱高下する。上げて落とすなんて簡単だ。
だけど、そんな私の心なんて知らずに彼は笑顔で告げる。なんて残酷な人なのだろうか。
そしてそんな彼を嫌いになれない馬鹿な自分。また私は平気な振りで頷いた。
「ええ、もちろんです」
そうして婚約者として初めて出席した夜会は苦い思いで幕を閉じた。
読んでいただき、ありがとうございました。




