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悲しい嘘  作者: 海星
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番外編1 僕の嘘6(コンラート視点)

よろしくお願いします。

 ──本当に腹立たしい!


 僕は王都の屋敷の廊下を憤然と歩いていた。それもこれも父が勝手にクライスラー男爵家にニーナとの縁談を申し入れたせいだ。


 誰のせいで苦労していると思うのか。そんなことも知らずに勝手に僕の人生を決めつける。


 ──あなたが僕の縁談の相手にしようとしている相手は、あなたの娘で、僕の異母妹ですよ。


 あまりの腹立たしさに父にぶちまけて責任をとれと詰ってやりたい。それができないのは、あの人がどういう人なのか僕にはわからないからだ。


 あの人にとって大切なのは家を、引いては血統を守ること。そのためにニーナを利用しない保証がなかった。


 男爵夫妻にとってはニーナは大切な娘なのだと、僕は男爵家の方々と知り合ううちに思い知り、最初の僕の下卑た思いはどこかにいってしまった。


 そして僕を引き込んでしまったことに男爵夫妻は申し訳ないと思っていて、力を貸してくださるようになった。男爵家ではニーナの異母兄として親しくしてくれている。だからこそ今回のことは許せなかった。


 そんなことを考えながら歩いているうちに執務室に着いた。執務室の前で立ち止まり、扉をノックする。


「入れ」

「失礼します」


 返事があって部屋に入ると、父は顔を上げもせずに机に向かっている。僕の顔を見る暇もないくらいに忙しいのかと腹が立ち、僕は父の前に立つと勢いよく机を叩いた。

 父はようやく顔を上げたが、その表情は不快そうだった。殴りたい衝動に駆られたが、息を吸い込んで耐え、低い声で尋ねる。


「……どういうつもりですか?」

「来て早々に、何だ」

「とぼけないでください。クライスラー男爵家に縁談の話を持ちかけたそうですね。当事者である私を差し置いて、どういうつもりなのかと聞いているんです!」


 父は椅子の背もたれにもたれて、うんざりした声を上げる。


「……これだけ噂になって知らぬ存ぜぬでは済まないだろう」

「あんなくだらない噂を信じるのですか? 私と彼女はいい友人だと思っています。あなたのような人に私たちの思いを汚して欲しくはありません」

「それはお前の言い分だろう。世間はそうは思わない。ただの噂程度ならお前がどうするか静観するつもりだった。だが、そうじゃないだろう?」

「それは、仕事で……」


 はっきりと言い切ればいいのに、僕は口ごもる。あそこは居心地がよくて、仕事を口実につい入り浸ってしまっていた。後悔しても遅いが、僕とニーナが結婚となると、夫人がまた追い込まれてしまう。


 この国では近親相姦は自殺同様、禁忌とされている。もし僕とニーナが結婚したら、一生その罪を隠し通さなければならない。そんな重荷を娘に背負わせたと、また夫人は自分を責めるだろう。何より、僕もニーナもそれを望んでいない。


「口ごもるということは、お前自身にやましいことがある証拠だ。わかったらもう出て行け。私は忙しいんだ」


 そう言うと父はまた机の上の書類に視線を落とす。忙しい、忙しいと話も聞かずに一方的に決めつける……

 僕の我慢も限界だった。


「……嫌です。それなら私から先方に行き違いがあったと断っておきます。何でもあなたの思い通りになると思ったら大間違いです!」


 思い切り睨みつけても、父は顔を上げない。僕は踵を返して扉に向かう。その背後から父が吐き捨てるように一言だけ言った。


「勝手にしろ」

「ええ。勝手にさせていただきます」


 そうして僕はすぐに断りに行くために、男爵家を訪ねた。


 ◇


「この度は申し訳ありませんでした」


 応接室のソファに座っている男爵夫妻とニーナに勢いよく頭を下げる。自分の至らなさが招いた事態に、情けなくて唇を噛み締めた。


 格上の子爵家から申し込まれたら、男爵家としては断ることなどできない。それをわかっているのに申し込んだのか、わかっているからなのか、いずれにせよ父の独断で進められたことが悔しかった。


「頭を上げてください。先に無理難題を押し付けたのはこちらの方です。あなたとお父上の間に亀裂を生んでしまって申し訳ない」


 向かいから男爵に声をかけられ、僕は顔を上げた。三人は申し訳なさそうな顔で僕を見ている。一番謝らなければならないのは父だというのに、どうして彼らがこんな思いをさせられるのか。また僕の心に父への怒りが湧いてくる。


「……亀裂なんてものは初めからないんです。あの人は僕と対話をする気がないんですから。

 ですが、父から勝手にしろと言質を取ったので、もう大丈夫です。ただ、ニーナの縁談に差し障ったらいけないので、対外的には何もなかったということにしましょう。それでいいでしょうか?」

「ええ。こちらとしては願ったり叶ったりです。元々はこちらの使用人が守秘義務を破ったことが原因なんです。その者は辞めさせて、別の屋敷でも働けないようにもしました。それでも秘密を別の貴族に売ろうとするかもしれないので、そんなことをすれば命を落とすことになりかねないと忠告はしておきましたが……」

「……そうならないことを願います。悲しいことですが、秘密を守るためなら平民の命を奪うこともよしとする貴族もいますから。多分その者が握っているのは男爵家のことだけではないのでしょう?」

「ええ、恐らく。別の貴族からの紹介状を持っていましたから。まあ、皆そうですがね。だからこそ信じて雇ったのですが、それを悪用する者もいるということです」


 男爵は溜息を吐く。


 ひょっとしたらその使用人は別の貴族の息がかかっていたのかもしれない。それをネタに脅すことで相手の優位に立つ。生き残るためにそういった汚い手段を使う人間もいるということだ。僕も改めて気を引き締めないといけない。


「それで、しばらくはこちらにうかがうのを控えて、手紙でやりとりをするようにしたいと思います。それと、クライスラー卿がクリス・テイラー殿をニーナの縁談相手にどうかと仰っていたので、僕も商会を使って調べてみます。後は、そうですね……

 いざという時に私だけでは抑止力になるか不安なので、私自身の後ろ盾になってくださる方を探していたのですが、エリオット様にお願いしようと思っています」

「エリオット様というと、ロクスフォード伯爵家の?」

「ええ、次期ご当主になる方です。長い付き合いで信用できる方だと知っていますし、今なら伯爵家には資金援助や子爵家の持つ商会や商売のノウハウは魅力的だと思うんです」


 以前なら父に一蹴されただろうが、勢力図は常に変わるものだ。伯爵の中でも上に位置していたロクスフォードは少しずつ下がってきていて、今なら子爵の上位に位置するシュトラウスとはほぼ同じだと僕は思っている。


 本当ならもっと早くにロクスフォードに手を貸したかった。みるみるうちに傾いていくロクスフォードと、それに比例して疲れを滲ませるエリオット様に、表情が消えていくユーリ。何もできないことが歯痒かったが、父からも勝手にしろと言質を取った。


 ──僕はもう迷わない。


 そんな僕にニーナが嬉しそうに声をかけてくる。


「それじゃあ、ユーリ様に縁談を申し込むのですね」

「ああ。姻戚関係を結んで、更に繋がりを強固にすることで、父上だけでなく、他の子爵、男爵家への抑止力になってもらう。それが一番いいと思ったんだ」


 僕が真面目な顔で言うと、ニーナは呆れたように言う。


「お兄様は素直じゃないですね。ユーリ様と結婚したいだけでしょうに」

「別にそんなことは……」


 と言いつつも、否定できない。後ろ盾になってもらうなら別にロクスフォードでなくてもいいのだ。それこそ今、僕に言い寄っているメリッサ嬢のように。


 彼女は伯爵家の娘で申し分ないだろう。ただ、彼女の自己顕示欲の強さには辟易するが。


 もし彼女が子爵夫人になれば贅沢三昧でいくら金があっても足りないだろうし、地道な努力をしそうにないので間違いなく商会の客を怒らせるだろう。客に勧めず私の方が相応しいなどと言われて、じゃあいただくわと買う人がいれば見てみたい。そういうのもあって、彼女は苦手なのだ。


「……私はお兄様には幸せになって欲しいと思っています。もう寂しい思いをしないように。ユーリ様ならお兄様と向き合ってくださると思うので、私は賛成です」

「ニーナ……ありがとう」


 男爵夫妻は何も言わずに僕らのやりとりを見ているが、その視線は優しい。ニーナがこんなに優しい女性になったのは、二人のおかげだ。ささくれ立っていた僕の心も癒されていくのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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