番外編1 僕の嘘5(コンラート視点)
よろしくお願いします。
そしてようやくニーナの社交界デビューを迎えた。一年近くかけて準備したから、問題はないはずだ。そう思いながらも、僕は自分の力不足から不安を抱えていた。
そのせいで縮まっていたユーリとの距離が離れてしまったのだった──。
◇
「コンラート様、浮かない顔をしてどうなさったのですか?」
社交界デビューが終わって数日後、男爵家を訪ねていた僕に、ニーナが尋ねる。僕は力なく笑って首を振った。
「……いや、何でもないよ」
「嘘はやめてください。何かあったのでしょう?」
ニーナは追及をやめない。
あれからニーナは遠慮しなくなった。本人が言うには、遠慮していたら僕はまた壁を作るからなんだそうだ。僕もそんなニーナに諦めて、渋々答える。
「……ユーリの様子がおかしいんだ」
「ユーリ様が? それはやっぱりお母様を亡くされたからでは……」
ニーナは暗い表情で言葉を濁す。
ニーナの社交界デビュー前にユーリの母であるロクスフォード夫人が亡くなった。すぐにお悔やみを言いにロクスフォード邸を訪ねたが、エリオット様やユーリには会えなかった。仲のいい家族だったから悲しみが深いのだと思い、僕は諦めたのだが。
そしてニーナの初めての夜会で久しぶりにユーリを見かけた。本来なら喪に服したいだろうに、当主であるユーリの父が現在職務を放棄しているらしく、エリオット様が奔走していて、ユーリも社交をしなければならないと噂で聞いた。
僕にも何かできればと思っても、ニーナのことで精一杯で、そんな余裕がなかった。
ニーナが父の娘だという証拠を集め、恐喝してきた貴族を口止めするために動き、ニーナの縁談のために敵対勢力やら、縁談相手の人間性やらを調べる毎日……
それでも頑張ってこれたのは、父への対抗心だけでなく、こうして男爵家に通うことが楽しみになってきたこともあるのかもしれない。
あの日ニーナが僕に壁を作るなと言ったのは、僕のためでもあったことに気づいた。一人で頑張らなくても、男爵家も、ニーナも力を貸すと、それが言いたかったのだ。だが、僕が頑なに拒んでいたからニーナが強硬手段に出たのだろう。恥ずかしいやら、申し訳ないやらで頭の下がる思いだ。
そして、そうこうしているうちにユーリから表情が消えていった。それどころか、僕を避けるようになってしまったのだ。
「そうなんだと思う。あの夜会の時のユーリの表情が気になって……だからといって押しかけて余計に傷つけたらと思うと、どうしていいのかわからないんだ」
「……コンラート様、いえ、お兄様は不器用ですね」
ニーナはそう言って笑うが、僕には笑えない。本気で悩んでいるのにと、横目で睨むとニーナは苦笑した。
「そういう時はただ心配だから会いに来た、でいいのではないですか? ユーリ様は相手の気持ちを無碍にする方ではないと思いますが……」
「ニーナはユーリと仲がいいのかい?」
「私は勝手にそう思ってます。お茶会で助けてくださったことがあるんですよ」
ニーナの言葉に初めて見かけた時のことを思い出して僕は懐かしくて思わず笑顔になった。
「……ユーリらしいな」
「お兄様こそ、ユーリ様とは親しいのですか?」
ニーナの疑問に僕は首を傾げる。
「どうかな。僕にとっては彼女は特別な人なんだけど」
彼女にとってもそうであればいいと思うが、僕は期待した分だけ裏切られた時の失望感を知っている。だから思いは返してもらえなくていい、そんな諦めもあった。
眩しそうに目を細める僕に、ニーナが呟く。
「……何だか妬けますね」
「ニーナ?」
「だってそうじゃないですか。私は妹だというのになかなか心を開いてくださいませんでした。なのにユーリ様のことは嬉しそうに特別な人だなんて。ですが、それは恋愛感情ではないのですか?」
恋愛感情と聞いて、僕の心が冷えていく。
恋愛感情とはすぐに移り変わっていくものだ。飽きたら冷めるもの。両親を見てきたからわかる。
だから、そんなものと一緒にして欲しくない。
「違うよ」
「そうですか……」
ニーナは腑に落ちない顔をしながらも頷く。僕にもこの気持ちをどう表現していいのかわからないのだ。
孤独だった僕の心の拠り所で大切な人。それまでに知り合った女性とタイプが違っていたからというのもあるのかもしれない。彼女は僕の背景よりも僕自身を見てくれたから。
ただ、ユーリからするとエリオット様の友人くらいにしか思ってないだろうが。
「だとしても、お兄様。ユーリ様には気を配った方がいいと思いますよ。ユーリ様にも縁談があってもおかしくないのですから」
「……わかってるよ。だけど、今の僕には彼女を守るだけの力がないんだ。相変わらず父上には後継として力不足だと認めてもらえないからね」
「それならユーリ様が別の方と結婚なさっても平気なのですね?」
ニーナが探るように僕に尋ねる。
ユーリが別の男と結婚?
そんなのは見たくないが、僕個人の感情でどうにかなる問題ではない。僕は子爵家を守るためだけに生まれてきたのだから。
痛む胸を誤魔化すように僕は笑う。
「……その時は仕方がないだろう。縁がなかったということだ」
「……嘘つきですね。だったらどうしてそんなに悲しそうなんですか?」
「そんな顔はしてないよ」
貼り付けた笑顔で否定をする僕に、ニーナは呆れたように嘆息した。
「私にはわかるんです。お兄様は我慢し過ぎです。たまにはわがままを言ったらどうですか?」
「わがまま、か」
「そうですよ。お兄様だって知ってるでしょう? ロクスフォードの噂を。あのままではユーリ様は借金のカタに嫁がないといけなくなるかもしれません」
ニーナの言うことはもっともだ。ロクスフォード卿が夫人のために医者や薬代にお金をつぎ込んだが、どれも詐欺紛いで、夫人の病にはほとんど効果がなかったらしい。藁にもすがる思いだったのに、その気持ちに付け込まれたのだ。
そしてその損失を補填するためと、当主の代わりにエリオット様が頑張ってはいるが、一人でどうにかなるものではない。
「……何とかできるならしているよ。だけど言った通り、僕には力がないんだ。それに今は君のこともある。僕はあれもこれもと器用に熟せないと言っただろう?」
嫌味で言ったわけではなかったのに、ニーナは傷ついたようで俯いた。
「……やっぱり私のせいなんですね」
「そういう意味じゃない。僕は子爵家の後継だから、子爵家のために動かないといけないんだ」
「そこにお兄様自身の意思はないのですか?」
「もちろんあるよ。だから守っているんだろう?」
義務を果たすことが僕の意思。そうでなければ僕の存在意義がなくなってしまう。
ニーナは難しい顔で黙り込んでしまった。しばらく何か考えているようだったが、決意を込めた目で僕を見て言う。
「……わかりました。お兄様が私を守るために動いてくださっているのなら、私はお兄様の大切な方を守るためにできることをします」
「ニーナ、一体何を……」
「私には力がありませんから、茶会でユーリ様にお話を聞いたりすることしかできません。ですが、お兄様ならその話から解決策を見つけてくださると思います」
「そんなことをして君に得があるのか?」
僕にはニーナの考えがわからなかった。怪訝にニーナを見ると、これ見よがしに溜息を吐かれてしまった。
「わかってないのですね……私にとってあなたはただ一人の兄なんです。あなたが仰るように血の繋がりよりも強い繋がりはありますが、この一年近く、私たちはそういった繋がりを強めてきたと私は思うんです。そんなあなたの力になりたいと思うのは間違っていると思いますか?」
「……思わない」
「よかった……信じることは怖いです。ですが、信じることから始まることもあると思うんです。いい加減に私を信じてはいただけませんか?」
ニーナは真っ直ぐに僕を見てくる。
彼女は強い。傷つくことを恐れずに正面からぶつかってくる彼女を僕はずっと守るべき存在だと見誤っていた。
彼女の言う通りだ。僕は信じて裏切られることが嫌だから彼女を守るべき存在だと思い込んで一方的に押し付けていたのだ。悩んだが、彼女を信じて託すことにした。
「……ありがとう。それならお願いしていいかい? ユーリから聞いたことだけではなくて、茶会で噂を聞いたら教えて欲しいんだ。僕は君のことだけでなく、早く父上に認められるように力を尽くすから」
「任せてください、お兄様」
ニーナは嬉しそうに胸を張る。
助け合う関係というものを知らなかった僕は最初は戸惑ったが、そうしてニーナと兄妹としての関係を深めていった。
それもニーナを政略に使おうとする第三者に対する牽制だったのだが、僕の詰めの甘さのせいか、男爵家の使用人のせいで僕とニーナの噂に信憑性を持たせてしまった。
そして、事態はまた悪い方へ向かうのだった──。
読んでいただき、ありがとうございました。




