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悲しい嘘  作者: 海星
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番外編1 僕の嘘3(コンラート視点)

よろしくお願いします。

 男爵家から帰った僕の心には父に対する怒りが渦巻いていた。


 夫人は父を庇うような言い方をしていたが、それは僕に気を遣ってのことだろう。端的に言えば、生粋の貴族で本妻も愛人もいた父が、物珍しさに成り上がり準男爵令嬢に手を出して結局は別れたが、令嬢のお腹には子どもがいた。よくある話だ。


 だが、人の心を踏み躙ってでも子爵家は守らなければいけないものなのか。僕は自室で机を思い切り殴りつけた。喧嘩なんてしたことがないから拳が痛んだが、そうでもしないと腹の虫が収まらなかったのだ。


 この時には父よりも夫人を信じる気になっていた。

 それもこれもあの人ならやりかねないと、どこかで思っていたからだろう。それくらいに僕の父に対する評価は低かったということだ。


 僕はすぐに事の真偽を調べ始めた。僕が何か探っているのは父もわかっていただろうが、何も言わなかった。それだけ僕に興味がないということで、あの人に対して申し訳ないという思いが消え失せた。


 調べれば調べるほどに父は黒だった。男爵家からだけではなく、子爵家側からも調べてみたのだ。当時の子爵家の財政状況の記録や、父と夫人が知り合うきっかけになった夫人の父である準男爵のところにも行って話を聞いた。最終的にニーナを取り上げた医者にも会い、疑惑は確信に変わった。ニーナは僕の異母妹だと。


 だからといって、ニーナを妹と思えるかと聞かれると微妙だった。それは僕とニーナがあまりにも違いすぎたから。


 跡取りとして生まれたが誰にも必要とされない僕と、隠し子として生まれたのに生母だけでなく育ての父親からも愛されるニーナ。彼女といると僕はすごく惨めな気持ちになった。


 だから僕は男爵家に行くことがあっても、彼女を避けていた。そんな時にまたロクスフォード伯爵家を訪ねた。


 ◇


「エリオット様、大丈夫ですか?」

「ん、ああ。大丈夫だ」


 エリオット様は眉間を押さえて頷く。


 伯爵夫人の体調が良くないと聞いていたので、しばらく伯爵家を訪ねていなかったが、エリオット様やユーリが心配で久しぶりに伯爵家を訪れていた。


「お兄様、大丈夫じゃないでしょう? 昨夜というより、帰ってきたのは今朝でしたよね。知っているんですよ」


 ユーリが心配そうにエリオット様に言う。エリオット様が驚いて尋ねた。


「お前まさか、起きて待ってたのか?」

「いえ、そんなことは……」


 ユーリの目が泳いでいる。きっと図星なのだろう。


「本当にお前は……」


 呆れたようなエリオット様の声音に、怒られると思ったらしいユーリが首を竦めた。エリオット様は苦笑してユーリの頭を撫でる。


「怒らないが、体に良くないだろう? これからは俺を待たずに寝てろ」

「そうは言っても……お兄様一人では大変じゃないですか。私にも何かできることがあればいいのに……」


 ユーリは悔しそうに顔を顰めて俯く。とはいえ、僕もエリオット様に同感だ。女性の身ではできることが限られてしまう。エリオット様がやるしかないのだ。


「お前は心配しなくてもいいよ。それよりも縁談が決まった時のために勉強でもしていろ」

「……縁談なんてくるわけないじゃないですか。今、こんな状況なのに。結婚なんてどうでもいいんです。それよりもお母様とお兄様が……」

「……そうだな。俺も母上が心配だよ。それに父上もあのままでは爵位返上になるかもしれないな」

「私はお兄様も心配しているんです!」


 ユーリは語気を強め、泣きそうに顔を歪めた。


「……お母様だけでなく、お兄様まで倒れたら嫌です……」

「俺なら大丈夫だ。適度に休んでいるから。お前も心配し過ぎて体調を崩すなよ」

「お兄様が心配させなければいいんです」

「わかった、わかった」


 そんな二人のやりとりをぼんやりと見ていた。

 兄妹とはこういうものなのか。お互いがお互いを思いやって成り立つ関係。僕が望んでも得られなくて、僕に欠けているもの。


「コンラート 、どうしたの?」


 気がついたらユーリが心配そうに目の前で手を振っていた。


「いや、何でもないよ」

「本当に? 顔色が悪い気がするのだけど」

「きっと光の加減だよ。僕なら心配はいらない」


 僕が笑いかけると、ユーリはほっとしたように息を吐いた。

 色々あって気分が落ち込んでいたから、そんなユーリの優しさに癒される。こうして僕にも心配してくれる人がいることが嬉しかった。


「ユーリとエリオット様は仲がいいね」

「そうかしら。私にはよくわからないのだけど」

「俺もわからないな。普通だろう」


 エリオット様とユーリは顔を見合わせて首を傾げている。それくらい二人にとっては当たり前なのだ。その当たり前がわからない僕は、ニーナだけでなく、エリオット様やユーリとも違う場所にいる。こんなに近くにいるのに何かに隔てられているようで寂しくなって、つい思ったことが口をついて出た。


「……羨ましいな」

「何が?」

「いや、僕には兄弟がいないから、そういう普通がわからなくて」


 ニーナは兄でも弟でもないから嘘は言っていない。だが、彼女の存在を認めたくない自分の醜い本心がそこにはあって、そんな自分の狭量さにまた自分を嫌いになりそうだった。


「そうなのか。それなら俺のことを兄だと思えばいい。実は弟が欲しかったんだよな」


 ユーリと結婚すればエリオット様が義兄になる。それはいいと、僕の気分は浮上した。


「いいですね。それじゃあこれからは兄上と呼ばせてもらいましょうか」

「それなら私はコンラートをお兄様って呼ばないといけないの?」

「それは複雑だな……」


 ユーリの問いに僕は言葉に詰まってしまった。冗談だと流せばよかったと後から気づいたが、この時は本気で嫌だった。ユーリはもっと近い存在でいて欲しい。


 だけど、僕は自分の正直な気持ちを、どんな言葉で伝えればいいのかわからなかった。それに、自分が思った分だけ思いを返してもらえるとは少しも思えなかったのだ。


 ──あなたが好きよ。愛しているわ……


 思い出すのは、母が僕じゃない誰かに向ける言葉と笑顔。見るたびに相手は違っていた。他所で遊んでいる父も同じ。結局あの人たちは誰でもいいのだろう。


 僕はあの人たちとは違う。誰でもいいわけじゃない。


 特別な人に送る、特別な言葉。僕はそんな言葉がないものかと探していた──。

読んでいただき、ありがとうございました。

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