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悲しい嘘  作者: 海星
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番外編1 僕の嘘1(コンラート視点)

ここからコンラート視点になります。


よろしくお願いします。

「……大丈夫です。わたくしは、あなたのことなんて好きじゃありませんから」


 そう言った時の彼女の表情が忘れられない。


 どうしてそんなに寂しそうなのか、言われた当時の僕には理解できなかったから、僕は言葉通りに受け止めることしかできなかった。


 そして僕も嘘を重ねた──。


 ◇


 僕がユーリ・ロクスフォード伯爵令嬢と出会ったのは十六歳の時。ただ、僕は一方的に彼女をそれ以前から知っていた。彼女の兄であるエリオット様と交流があったことや、父上の仕事で出かけた屋敷での茶会を見る機会があったからだ。


 エリオット様はよく言っていた。妹が可愛い、大切だと。僕にはその気持ちがさっぱり理解できなかった。それでもエリオット様の話を聞いているうちに親近感が湧いて、どんな女の子だろうかと想像するようになった。


 そんな時にユーリを茶会で見かけた。その頃の僕は母を見ていたせいで女性というか、女の子が苦手だった。誰にでも媚びて平然と愛していると嘘を吐く。そんなイメージがあって信用できなかったのだ。


 だけど、茶会での彼女は違っていた。

 参加している他の令嬢たちは不慣れなメイドをからかって遊んでいるようだった。クスクスと笑いながらわざとぶつかってお茶をこぼさせようと、横から手を出すのが見えた。悪趣味だと成り行きを見ていたらユーリが物を落とす振りをして、さりげなくその手を払ったのだ。


 結局彼女はメイドや令嬢に恥をかかせることなく自分の落ち度として、その場をおさめてしまった。謝罪する姿も凛としていて、僕はユーリと話してみたいと思った。


 そうしてエリオット様にさりげなくユーリの話を振っていたからか、伯爵家に招待してもらい、とうとう彼女と言葉を交わすことができた。


「ロクスフォード伯爵が娘、ユーリと申します。以後お見知り置きを」


 そう言って彼女はカーテシーをした。彼女の流れるような所作に見惚れて思わず返事が遅れてしまった。怪訝な表情の彼女に慌てて挨拶を返す。


「コンラート・シュトラウスと申します。こちらこそ以後お見知り置きを」

「おいおいお前ら。そんなに堅苦しくなくてもいいだろうが。ユーリはまだ社交界デビューもしてない子どもだぞ」

「お兄様、わたくしはこう見えても伯爵家の娘です。家名に泥を塗るような真似は致しかねます」

「本当にお前は堅いというか、融通が利かないというか」


 エリオット様はやれやれと肩を竦める。それにユーリは眉を寄せた。怜悧な顔立ちの彼女がそうすると本気で怒っているように見えて、僕はひやっとした。だけど、エリオット様は慣れているのか、ユーリの頬を両手で摘んだ。


「ほら、そんな顔するからコンラートが怖がっているぞ。笑え」

「いひゃいでふ、おにいさま」


 真面目な顔でユーリが言うものだから僕は吹き出した。


「こいつ、こんな顔だけど怒っているわけじゃないんだよ。でも笑っても怖いという可哀想な奴なんだ」

「そうなんですね」

「だからまあ、怖がらずに仲良くしてやってくれ」

「はい。僕でよければ」


 僕らがそんな会話をしているとユーリは不服そうに唇を尖らせる。


「わたくしの意見は無視ですか」

「何をませた口を聞いてるんだよ。いつもは私のくせに。それに、お前、友だちいないだろうが」

「……お兄様、ひどい。私にだって友だちの一人や二人は……」

「何だって?」

「……一人しかいません」


 ユーリは悔しそうに項垂れる。正直に白状する彼女に僕は好感を持った。そうして僕らはエリオット様を通じて仲良くなり始めた──。


 ◇


「え? ユーリに縁談?」

「ああ、そうなんだ。ユーリも社交界にデビューするだろう? それで誰かいい相手がいないかと思ってな」


 エリオット様が世間話の延長で何気なく話を振ってきた。ユーリも十六歳で、そういう年頃なのかと初めて意識した。


「それで社交界デビューの夜会のエスコートも一緒に頼めたらいいんだが。なかなかいい相手が見つからないんだよ」

「ユーリが結婚……」

「何だコンラート、寂しいのか? お前にとってもユーリは妹みたいなものだからな。だけど、お前も妹離れをするときかもしれないぞ」


 エリオット様の言葉に僕は違和感を覚えた。確かにユーリを可愛いと思ったし、庇護欲みたいなものはあった。だけど、本当にそうなのだろうか。悩む僕に気づかずエリオット様は続ける。


「人妻になったら今までのような付き合いは無理かもしれないが、また仲良くしてくれ」


 僕の脳裏に男に愛を囁く母の姿がよぎった。


 ──ユーリも僕ではない誰かに愛を囁くのだろうか?


 そう考えた時、僕の心の中にドロドロとした醜い感情が溢れてきた。あの清廉な彼女を誰かに汚されたくない、他の男に笑いかけて欲しくない、あの薄っぺらい言葉を口にして彼女自身が汚れて欲しくない。


 だけど一番強い気持ちは──誰にも渡したくない、だった。

 これが僕が自分の気持ちを自覚した瞬間だった。


 自覚した僕は、早速父にロクスフォードとの縁談を打診したいと打ち明けた。父とは仕事の話しかしなくなっていたが、結婚も政略のうちと考えている父のことだ。すぐに頷くと思っていた。だが。


「ダメだ」

「何故ですか、父上! 名門ロクスフォード伯爵家ならば子爵家にとっても、商会にとっても利益があるではありませんか!」


 ロクスフォードの名前を出しただけで父に一蹴されてしまった。僕は納得できなくて言い募る。父は難しい顔で説明する。


「お前は政略を何だと思っているんだ。こちらには得が多い。かつては王家との繋がりもあったロクスフォードの後ろ盾があれば、貴族相手の商談は有利になるだろうし、持参金も名門ならではの金額になるだろう。だが、あちらにうちと縁を結ぶメリットがあるのか?」

「それは……子爵家には商会もありますし、商売のノウハウは魅力だと」

「それでは弱い。あちらは侯爵家への嫁入りも望める家柄だぞ。釣り合わないだろう。それに何よりお前自身がまだ力不足だ。わかったならこの話は終わりだ」


 父の言葉は理路整然としていて、僕にはもう反論できず、悔しくて噛み締めた唇から血が滲んだ。僕は悔しさと共にその血の味を心に刻みつけた。


 その後、ユーリは夜会でデビューした。エスコートは兄であるエリオット様だった。僕に力があれば彼女の隣に立てたはずなのに。


 せめてダンスだけでも踊れればと、彼女にダンスを申し込むと、嬉しそうに笑った。その笑顔は無理して作ったものではない自然な笑顔。エリオット様が怖いと言った笑顔ではなかった。


 ダンスとはいえ、初めて密着する彼女の柔らかさに僕は平静を装うので精一杯だった。


 考えてみれば、母にも抱かれたことがなく、物心がついた頃には乳母と引き離されて、女性と触れ合う機会がなかった。両親のように放蕩に耽る気にもならなかったこともある。


 あまりにも華奢で、壊してしまうのではないかと怖くなった。それがまた、彼女を守りたいという思いに繋がったのだった──。

読んでいただき、ありがとうございました。

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