嘘と本心
よろしくお願いします。
「この辺りでいいでしょう」
静かで目立たない場所がいいと思い、私はニーナと共にバルコニーに出た。夜空に散りばめられた星が綺麗で、澄んだ空気が美味しい。
周囲を見回しても近くに人もおらず、これならゆっくりと話せるだろう。私はニーナに切り出した。
「それで、ニーナ様、お話とは一体どのようなことでしょうか?」
その言葉にニーナは寂しそうに目を伏せた。
「……以前なら二人で話しましょうと誘ってくださいましたのに、いつからかわたくしを避けるようになりましたね。貴女は相手の身分で態度を変える方ではないとわたくしは知っています。だからこそわからないのです。それはコンラート様も仰っていました。ユーリ様がよそよそしい気がすると……」
「そんなことは……」
ないとは言えなかった。
三人でいると、コンラートとニーナの二人の間でしかわからないような話を、ただ聞き続けるだけだった。そこに私のいる意味があるとは思えなかった。
一人でいるのは平気だった。その寂しさには慣れてしまっていたから。だけど、誰かといるときに感じる寂しさは、より寂しく、私を惨めな気持ちにさせた。
言い淀んだ私に、ニーナは呟いた。
「……あの噂のせいですね」
「……」
私は答えられなかった。
ニーナが指す噂がどれなのかわからなかったこともある。そのくらい多かった。
社交界の噂は必ずしも正しいとは限らない。権力闘争や、個人的な恨み辛みで、相手を貶めるために流されることもあるのだ。
ただ、真実が含まれている場合もある。私が聞いた二人の噂で特に信憑性があったのは、コンラートがクライスラー邸を訪ねて、ニーナと二人きりで過ごしたというものだ。
未婚の貴族女性というのは独身男性と決して二人きりで過ごしたりしない。それだけで処女性を疑われるからだ。そうなると縁談に響き、引いては家の評価にも繋がってしまう。だから、扉を開け放つか、メイドや侍女を控えさせるようにするのが通例のはずだ。
だけど、それをしなかったから二人はそういう関係なのだと、クライスラー邸で雇われていたメイドが別邸のメイドに話していたらしい。そして、そのメイドは雇い主に対する守秘義務を破ったと解雇されてしまった。どこまでが真実かはわからないが、そういった事実があるから余計に信憑性が増したのだろう。
「誤解しないでください。わたくしとコンラート様はそのような関係ではないのです。ただ、事情があって、今は詳しくお話しできませんが……」
ニーナは私の顔を真っ直ぐに見る。その眼差しには嘘は感じられなかった。もしかしたら私がそう信じたかっただけなのかもしれない。二人がそういう関係ではないと。
「そうですか……気を遣っていただいてありがとうございます。わたくしなら大丈夫です。お気になさらないでくださいませ」
「本当ですか? それならまたこれまでのように気軽にお話しさせてくださいますか?」
「ええ」
私は頷きながらも内心では複雑だった。
ニーナの言葉通りだとしても、コンラートにとってニーナは大切な人なのだ。
私がコンラートの婚約者で、ニーナと仲良くし続ける限り、私は思い知らされるのだろう。
こんなことなら婚約なんてするべきではなかったのかもしれない。そう思うのは一人の女としての私。
だけど、私には背負わなければいけない責任がある。父のため、兄のため、家のため。
私の気持ちなんて二の次でいい。亡くなった母とも約束をしたのだ。家族を守ると。
それに考えようによっては愛のない政略結婚だとしても、好きな人と結婚できるのだ。こんな幸せなことはないだろうと私は自分に言い聞かせる。
私はこれから何度自分に嘘をつくのだろう。
こんなことは何でもない、大したことではないと笑顔の仮面を被って。そのうちに私の本心は消えてしまうのだろうか。
そんなことをぼうっと考えていると、ニーナの怪訝な声に引き戻された。
「ユーリ様、大丈夫ですか?」
「ええ、わたくしなら大丈夫」
そして私はまた笑顔を作る。作れているはずなのに、ニーナは眉を寄せてどこか心配そうに私の顔を見ている。それでも私の表情が変わらないことがわかると、納得した振りをしてくれた。
「それならいいのですが。もうすぐダンスも始まりますし、戻りましょうか」
「ええ」
そして私たちは再び喧騒の中へと戻って行った。
読んでいただき、ありがとうございました。