朝食の席で
よろしくお願いします。
「ごめんごめん、ユーリ」
「楽しんでいたくせに」
二人で朝食の席に着くと、コンラートが謝ってきた。だけど、その顔は笑っていて憎らしい。
「二人して楽しそうだな。何の話だ?」
そこに義父が来て尋ねるから、私は慌てて両手を振る。
「何でもないです!」
「僕は別に話してもいいと思うけど」
「コンラート!」
そんなやりとりをする私たちに義父は苦笑した。
「まあ、仲がいいなら何よりだ」
「それよりも、父上。ニーナから手紙がきたのでしょう? 何だったのですか?」
コンラートの疑問ももっともで、義父の顔は晴れやかに見える。私も手紙の内容が気になって、下世話かもしれないけど、義父を凝視してしまった。
義父は目を細めて笑う。
「……ああ。手紙を開くまではあなたを許さないという内容だと思ったんだが、二人が男爵家でいかに幸せだったかが書いてあったよ。あと、あなたに思うところはあるが、今自分がいるのはあなたのおかげなので、そのことには感謝していますと、締めくくられていたよ」
「そうですか……もっと恨み言を言ってもいいのに」
「だから言ったでしょう? ニーナ様はそんな方じゃないって」
だけど、彼女の気持ちを考えると、コンラートの言いたいこともわかる。こんな風に思えるまでに葛藤があったのではないかと、胸が痛んだ。
義父は自嘲するように笑う。
「……だから余計に自分の不甲斐なさを痛感したよ。愛した人と娘は他人のおかげで幸せになり、妻と息子は私のせいで不幸になった。私こそが不幸の根源なのかもしれないな」
「父上……」
コンラートもそれ以上義父を追い詰めることは言わなかった。私も返す言葉が見つからず、気まずい沈黙が続く。
やがて、コンラートがぽつりと言った。
「……僕は別に不幸ではありませんよ」
「コンラート?」
義父が怪訝に問い返すと、コンラートは笑った。
「確かにこの家はバラバラで、僕は寂しかった。だからといって不幸だとは思いませんでしたよ。幸不幸を決めるのは他人ではなく、本人です。僕はそこまであなたが責任を持つ必要はないと思います。
それに、僕は幸せになる努力を自分なりにしてきたつもりです。あなたに認められるように、ユーリと結婚できるように、その時の自分にできることをやってきました。まあ、その過程で人の気持ちを蔑ろにしてしまったことは反省しないといけませんが……
あなたも自覚したのなら、もう間違わないようにすればいいのではないですか?」
「そうだな……まさかこの歳になって息子に諭されるとは思わなかった。私も老いたものだ」
「だからといって、すぐに隠居するなんて言わないでくださいよ。そんなことをされたら、僕はいっぱいいっぱいになって、またユーリを蔑ろにしてしまうかもしれませんから」
コンラートは冗談めかして言う。これは私の勝手な想像だけど、コンラートは仕事を通じてでも義父と繋がっていたいから隠居をさせたくないのかもしれないと思った。
「ああ。確かに一人ではまだ荷が重いだろうな。それにしても、お前がいやにロクスフォードに執着しているとは思ったが、そういうことだったんだな」
「お義父様、どういうことですか?」
義父は納得したように頷くけど、私にはさっぱりわからなかった。私が聞くと、隣のコンラートが慌てて義父を止めようとする。
「父上! その話は……!」
だけど、私はからかわれたこともあって、コンラートに仕返しをしようと義父に更に尋ねる。
「お義父様、そのお話聞きたいです。どういうことですか?」
義父もコンラートの慌てぶりがおかしかったのか、笑いながら答えてくれた。
「いや、君が社交界デビューした歳だから、十六歳の時か。コンラートが君に縁談を申し込みたいと言い出したんだよ。その時は家格が釣り合わないからと一蹴したんだが。
その後、クライスラー男爵令嬢と噂になったから、てっきり諦めたんだと思っていたんだよ。それで先走って私がクライスラー男爵家に縁談を申し込んでしまって。だがコンラートが勝手に縁談を断るものだから、もう好きにすればいいと放っておいたら、急にまたロクスフォードとの縁談を持ち出してくる。だから、その縁談にどんなメリットがあるのか言わせたんだよ。コンラートがどういうつもりなのか確かめるために。
説得力もあったから、結局息子も私と同じように愛のない政略結婚を選んでしまうのかと受け入れたんだ。
だが、コンラートは最初から君しか見えてなかったのかもしれないね」
弾かれたように私が隣のコンラートを見ると、気まずそうに目を逸らされた。
「……ロクスフォードにこだわった理由って」
私が呟くと、コンラートは観念して答えてくれた。
「……君だよ。最初は家格が釣り合わないから諦めようと思ったけど、諦めきれなくて。そのうちに君の実家が困窮していってすぐにでも援助をしたかったけど、僕にはそれだけの力がなかったこと、ニーナのことがあってすぐには動けなかったんだ」
「本当に?」
信じられなくて私はコンラートに尋ねる。あまりにも私に都合が良すぎるのではないかと不安になったのだ。コンラートは苦笑する。
「今更嘘を吐いても仕方がないだろう。その、気持ちをどう伝えていいかわからなかったことや、そんなに前から思っていたことを君が知ったら気持ち悪がるんじゃないかと思って……だけど、あの頃も今も、僕にとって君は変わらず大切な人なんだよ」
「コンラート……」
そんなに前から思われていたとは。
泣きそうになるのをぐっと堪えたからきっと変な顔になっているのだろう。コンラートが心配そうに覗き込む。
「気持ち悪いことを言ってごめん。やっぱり嫌だったんだね。だから言いたくなかったんだけど」
「……違うの。私もずっとあなたが好きだったから、嬉しくて。だけど私を素通りしてニーナ様にダンスを申し込むあなたを見て、諦めようと思ったの」
「そうだったのか。なんか、ごめん。」
反省しているのか、俯き加減なコンラートに私は苦笑する。
「いえ、いいの。事情はわかったし。ニーナ様やお兄様がコンラートを不器用だって言った意味がよくわかったわ」
本当にわかりにくい人だ。相手のことを考え過ぎるから空回りしている。それも彼の優しさなのだとようやく理解した。
「二人が? 自分ではわからないんだけど」
コンラートは仕切りに首を捻っている。
「そういうものだと思うわ。だけど、これからはお互いに思ったことを話し合うようにしましょう。話してみないと相手がどう思うかなんてわからないところもあるのよ。私だって思い込みであなたに嘘を吐いて遠ざけようとしたんだから」
「……そうだね。それでまたすれ違うのは嫌だ。ようやく気持ちが通じ合ったんだから」
二人で見つめ合っていると、向かいから気まずそうに声をかけられる。
「もしかして私は邪魔だろうか?」
慌てて私が前を向くと、義父が苦笑している。
「いえ、そんなことは……!」
「ないですよ。父上に見せつけているんですから」
「コンラート!」
「だってそうだろう? これ以上家族がバラバラになるのは嫌だ。せめて僕らだけでもうまくいってることを知ってくれたら、少しは救われる気がしないか?」
「そう、なの?」
「そうだよ」
何か違う気がして首を捻る私に、コンラートは笑いを堪えている。それで私も遊ばれていたことに気づいた。
「やっぱり!」
「自分だってさっき僕をからかっていたじゃないか。お返しだよ」
「まあまあ。お前たちが仲良くやってるのはよくわかったから。そろそろ食べないか? 私はお腹が空いたんだが」
「あ」
コンラートと顔を見合わせる。
ついつい話す方に夢中になって手が止まっていた。
そうして義父に促されてまた食べ始めても、またみんなが話す方に夢中になって手が止まるの繰り返しだった。
だけど、こうやって溝を埋めていくのもいいと思う。ただ、ここに義母がいてくれたらもっと楽しかったに違いないと、私は義父の隣の空席に視線を移す。
回復するまで時間はかかるかもしれない。それでもいつか、あの席で楽しそうに笑うだろう義母を思い浮かべるのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




