ニーナからの手紙
よろしくお願いします。
そうして始まった家族の生活だったけど、やっぱり初めからうまくいくものではなかった。
コンラートも義父もお互いに遠慮しているのか、食事は別にしようとしたり、介助の仕方で文句を言ったり。他にもちょっとしたことで喧嘩に発展しかけることもしばしば。その度に私が止めに入るけど、長年かけて深まっていった溝はそう簡単に埋まるものではないと痛感している。
それでも二人が義母を思う気持ちは同じなのか、以前のようにわからないならもういいと投げ出すことはないのが救いだった。
そしてコンラートは兄との事業のこともあり、毎日忙しくしている。以前と違うのは、そのことを逐一報告してくれるのだ。それも私が不安にならないようにと反省したからだという。
それと、コンラートがどうして新婚旅行から私を避けていたのかもちゃんと話を聞いて納得した。
彼は私が庭師のイアンに告白していると勘違いしたのだ。その姿が、かつて彼の目の前で庭師と逢瀬を重ねていた義母と重なって、疑心暗鬼になっていたのだった。
疑われたことは心外だけど、最初に嘘を吐いたのは私。「あなたのことは好きではない」と。
その後に私は彼に好きだといい、またその後はイアンに告白しているように見えた。何が嘘か本当か混乱しても仕方がない。私も疑われる行動は慎まないといけないと、改めて反省した。
◇
一週間ほど経って手紙が届いた。差出人はニーナ・テイラーとある。それも私宛と義父宛の二通。
朝起きて着替えを済ませ、それを渡された私は、ベッドで身を起こした義母を支えながら食事を食べさせている義父に、手紙が届いたことを伝えた。
「……あの、お義父様、お手紙が届いているのですが……」
「誰からかな?」
相変わらず反応はないけど、義母の前で名前を出すのは憚られて、私は義父の眼前に差出人の名前が見えるように手紙を出した。
義父は気づいて息を飲んだ。それから目で合図した。
「……すまないが、あちらのテーブルに置いておいてくれないか? アイリーンの食事が終われば読むよ」
「わかりました。あの、お義父様。代わりましょうか? お義父様、お食事がまだでしょう?」
「それは君もだろう? 私のことは構わず、コンラートと朝食を済ませてくればいい。私もアイリーンの食事が終われば行くから」
「わかりました。それじゃ、ここに置いておきますね」
「ああ、ありがとう」
そうして私は義父の部屋をあとにした。
真っ直ぐ食堂に向かおうかと思っていたけど、手紙の内容が気になって仕方がない。迷った末に、私は先に自室で手紙を読むことにした。
部屋に入ると、コンラートはまだ寝ぼけ眼でベッドにいた。というのも、今私たちは同じ部屋で寝起きしている。私は社交シーズンが終わったこともあって、時間に余裕ができたし、コンラートも何もかも自分がするのではなく、少しずつ任せられる仕事は割り振りするようにしたから眠る時間がずれることがほとんどなくなったのだ。
そしてこれまでの距離を埋めるように、一緒に過ごすことが多くなった。ベッドも一応分かれてはいるものの、これまで毎日一緒に眠っている。
昨夜も一緒で、朝起きたらコンラートの腕が巻きついていて、引き剥がすのに苦労した。
だけど、それも幸せな苦労だと顔が綻ぶのを止められなかった。
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「……いや、勝手に目が覚めたんだ。休みでも起きる習慣がついてるみたいだ。それよりも神妙な顔をしてどうしたんだい?」
「それが……」
私が手紙を見せると、コンラートは納得していた。
「君と両親にニーナのことを話したと手紙を出したんだよ。母上のことは、気にしたらいけないから書かなかったんだけど……」
「そうなのね。だからお義父様にも……」
「え? 父上にもかい?」
コンラートは驚く。それは知らなかったらしい。
「ええ。お義母様の前ではさすがに名前を出せなくて手紙を置いてきたのだけど……」
「恨みつらみでも何でもいいよ。ニーナにはその権利があるんだから」
「だけど、お義父様も知らなかったのだし。それにニーナ様ってそんな方じゃないと思うのよ」
美人を鼻にかけることのない気さくな彼女だ。貴族特有の回りくどい嫌味一つ言わなかった。そんな彼女が手紙でそんなことをわざわざ書くだろうか。
私が手紙を手に難しい顔をしていると、コンラートが私の手を引いた。予想していなかった私は勢いよくコンラートの胸に顔から突っ込んだ。
「コンラート! びっくりするじゃない!」
「まあまあ。細かいことは置いといて、一緒に読もう。きっとニーナは僕も傍にいるのがわかってるはずだから」
「どうして?」
「ニーナに送った手紙にそれも書いておいたんだよ。自分のせいで二人がうまくいかなかったらどうしようって心配していたから。そんな心配はいらない、僕たちは仲良くやってるって」
「……それも恥ずかしいのだけど」
「だけど事実だろう? 別におかしなことではないんだからいいじゃないか。ほら、そんなことより手紙を読もう」
何だか言いくるめられている気がするけど、私はコンラートと並んでベッドサイドにもたれて手紙を開いた。
便箋には繊細な文字が並んでいる。何が書いてあるのかと緊張しながら、私は手紙を読み進めていった。
手紙の内容は、コンラートから義両親と私に事情を話したと手紙をもらったこと、私が誤解しているとわかっていながら黙っていたことを謝罪するということだった。
黙っていたのはクライスラー男爵夫人が愛人扱いされること、自分が愛人の娘だと思われることが嫌だったのもあったそうだ。
最後に、表立って義理の姉妹のようには振る舞えない分、昔と同じようにニーナと呼んで、友人として仲良くして欲しいとあった。
私も勝手な思い込みでニーナを遠ざけようとしたからお互い様だ。謝る必要なんてないのに律儀な彼女に彼女らしいと苦笑した。
「僕からもお願いするよ。異母妹と仲良くして欲しいんだ。僕もクライスラー男爵夫人から打ち明けられた時に信じられなくて、ニーナを遠ざけようとしたんだよ。だけど、ニーナも大人に振り回された被害者なんだ。前に自分は生まれてくるべきじゃなかったと言われたこともある。だからこそ余計に放っておけなかったんだ」
「そんな……」
でも、そう考えてしまう彼女の気持ちもわかる。育ててくれた父は血の繋がらない人で、ニーナには弟がいるけど、その弟は父と血の繋がった子どもだ。自分は家族の中にいてもいいのかと不安にもなるだろう。
「ニーナ様は悪くないのに……」
「僕もそう思うよ。僕らがニーナの縁談で頭を悩ませていたこともニーナに謝られたんだ。自分が子爵家の娘だと受け入れれば済む話なのに、自分のわがままで周りの人を振り回してるって。それは違うって男爵夫妻が説明していたよ。ニーナはいいご両親に育てられてよかったと思う」
「そうね……」
何だかしんみりとしてしまった。そんな空気を払拭するように、コンラートは話題を変えた。
「よし。それじゃあ、着替えて朝食に行こうか」
「ええ、そうね……というか私はもう着替えてるから……」
と、話す隣でコンラートは脱ぎ始める。ぎょっとした私は慌てて止める。
「ちょっ、コンラート。待って!」
「何を今更。もう僕の裸なんて見慣れているだろう?」
既に上半身裸のコンラートは面白そうに尋ねてくる。私は目を逸らして勢いよく首を振る。
「見慣れてないから!」
「毎晩見てるのに?」
「あれはっ、暗いから!」
「そうなのかい? じゃあ、明るいところで見てみる?」
「遠慮するわ! とにかく! 着替え終わったら食堂に来て! 待ってるから!」
私は勢いよく立ち上がると、慌てて部屋を出る。その後ろから笑い声が聞こえてきて、からかわれていたことに気づくのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




