絆の再生
よろしくお願いします。
私が急いで応接室から出たにもかかわらず、すでにコンラートの姿は見えなくなっていた。
「どこへ行ったのかしら……」
闇雲に探してもいいけど、この屋敷は広い。コンラートが今、どんな気持ちでいるかと思うと、すぐにでも見つけてあげたかった。
「あ、もしかして……」
コンラートが前に話してくれた場所。子どもの頃に辛いことがあると、隠れていた場所に違いない。
彼はそこで私を待っている。そんな気がして、私は急いで庭へ向かった。
「走りたいのに、ドレスが重い……」
義父が来るからと、余所行きドレスを着たのが間違いだった。裾を踏んづけそうで、前を蹴り出すように歩かないと危ない。
いっそたくし上げて走っていこうとしたら、オスカーに見つかって眉を顰められた。仕方なく静々と歩いて、ようやく庭へたどり着いた。
迷路の中に入り、奥へと進みながら私は声をかける。
「コンラート? そこにいるんでしょう?」
少し間があって、コンラートが奥から出てきた。泣くのを我慢しているようなその表情に、私の胸が痛んだ。
コンラートは私の手を引いて、胸に抱き込んだ。
「……頭を冷やそうと思って飛び出したのはいいけど、どこに行けばいいかわからなかったんだ。結局思いついたのは、子どもの頃の逃げ場なんて、僕は全く成長していないってことなんだろうね」
そう言ってコンラートは戯けるように笑った。私はコンラートの背中に回した腕で、コンラートの背中をぽんぽんと叩く。
「……ご両親のことがあったからじゃないの?」
「そう、かもしれない。子どもの頃から見ないようにしてきたものを突きつけられて、どうすればいいかわからなくなったんだ。さっき、父上の話を聞いて、母上同様、許せない気持ちと理解できる気持ちがせめぎ合って苦しかった。父上も、ニーナを守るために君を蔑ろにしてしまった僕と一緒だったんだ。そんな僕に父上を責める資格なんてないんだよ……」
「……」
それぞれが間違えた結果、こうなってしまった。向き合おうとせずにわかってくれないことを嘆くだけで。
相手を信じようともせずに、詰るばかり。それでは気持ちなんて伝わるはずがない。
「……私もそう。あなたの気持ちなんて考えることなく、自分のことばかりでわかり合う努力をしなかった。それはお義父様もお義母様も同じ。こうなる前に気づけばよかったと思っても、もう戻れない……」
「……そうだね」
「だから、また始めましょう?」
「え?」
コンラートは体を離すと不思議そうな顔で私を見ていた。
「私はお義母様が回復することを信じているわ。今は疲れているから休んでいるの。また、元気になったら色々話すつもりなのよ。私はもう後悔したくないから」
そのために自分ができることを精一杯頑張るつもりだ。もう、実母を亡くした時のような後悔はしたくなかった。
「ユーリ……」
「それに、こうなったからにはもう、意地を張る必要なんて、お義父様にしろ、あなたにしろ、ないわ。当主交代については私にはわからないけれど、あなたが仕事で困ったら素直にお義父様に助けを求めればいいと思うし、お義父様がお義母様のことで困ることがあれば私たちが力になればいい。それが家族なのではないの?」
「……それは」
「それに、色々なことを間違えてしまった私たちにはお義父様の覚悟を見届ける責任があると思うの。みんなでまた、やり直してお義母様が元気になった時に支えましょう?」
私がそう笑うと、コンラートは笑い返そうとして失敗したようだった。少し口角を上げると、顔を顰めて俯いた。
「……そんなことできるんだろうか」
「できるかじゃなくて、やるの。わかり合うためには努力しないといけないって、あなただってわかったでしょう?」
「そうだね。だけど、不安なんだ……」
コンラートは項垂れる。自分の心の有り様を自分でも持て余しているのだろう。彼の葛藤が顔を見ればわかる。
「……嫌いになれたらよかった。憎むことができていたら、あんな状態になった母上を見て、ざまあみろって思えて楽だったのかな……
だけど、できないんだ。また、拒絶されるかもしれない、そう思っていても、家族に戻れるんじゃないかと期待してしまうんだ……
おかしいだろう? 家族だったことなんて一度もなかったのに」
「違うと思うわ。あなたは表面上では否定していても、心の奥底では家族だと思っていたのよ。期待することに疲れたから、封じ込めていただけ」
それはコンラートに話しているようで、私自身への言葉だった。コンラートがいつか私を愛してくれると期待していた私自身への。
私も割り切ることなんてできずに、自分の心の奥底に期待を封じ込めた。
コンラートは認めたくないようで、しばらく微動だにせずに眉を顰めていた。やがて諦めたように頷く。
「……そうだね。どんなに思っても一方通行だから、自分が惨めになりそうで、なんでもない振りをしていた。つまらないプライドだよ」
「もう、それも終わりにしましょう。これ以上みんながバラバラになるのは辛いわ……」
私は目を伏せる。コンラートも私に同意してくれた。
「……ああ。僕ももう嫌だ。もう目を背けるのはやめる。きちんと父上とこれからの話をするよ」
「それがいいわ。思うところはあるだろうけど、言葉を端折るのはやめてちゃんと向き合って話しましょう」
そうして、気持ちが落ち着いたコンラートと二人で義父の待つ応接室へ帰る道すがら、不意にコンラートが言った。
「そういえばどうして君が?」
「お義父様が仰ったの。きっとコンラートが待っているからって」
「そんなことない……って言えないな。あの場所へ行ったのはそれもあったのかもしれない。だけど、父上が……」
「お義父様、もしかしたらあなたの行きそうな場所にも心当たりがあったのかしら?」
「どうだろう。あの人は言わないからね」
苦笑するコンラートの顔には、義父に対する険が消えていた。
コンラートのそんな顔を見て、一度は壊れてしまった家族の絆もこれから再生していく、私はそんな期待をしていた──。
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