醜い嫉妬心
よろしくお願いします。
コンラートと腕を組み、会場へと足を踏み入れる。
我が家ではお目にかかれないような華美な装飾と輝く大理石が私たちを迎えてくれた。下世話かもしれないが、思わず一体いくらになるのだろうと値踏みしてしまう。
そして、広い会場のあちらこちらで談笑していた人たちの視線が一斉に集まる。好奇心だったり、嫉妬だったりと様々だ。こうなるとわかっていても怯みそうになった。
私が足を止めたことに気づいたコンラートが、心配そうに聞いてくれる。
「ユーリ、大丈夫かい? 少し顔色が悪いみたいだけど」
「……大丈夫です。ただ、思った以上に女性の視線が痛いです」
「それはこっちの台詞だよ。君狙いの男たちの嫉妬の視線が痛いんだけど」
コンラートが真面目くさってそんなことを言うから私は笑ってしまった。
「何を仰っているのですか。わたくしのような可愛げも持参金すら無い女なんて、誰も相手にしたくありませんよ」
「そんなことはない、と言っても君は信じないんだろうね。どうしてなのかな」
「わたくしは身の程を知っているつもりです……それに本当に認めて欲しい方から認めてもらえなければ、どんな賞賛であろうと響かないのです」
私はただ、コンラートに綺麗だと思ってもらえれば充分だ。だけど、ニーナを基準に考えている彼にそんなことを言っても仕方ないと諦めている。
目を伏せて呟くと、彼は絞り出すような声を出した。
「……もしかして、君は……」
私は彼が何を言いたいのかわからず、彼の方を見て首を傾げる。その時、落ち着いた女性の声が聞こえた。
「コンラート様、ユーリ様、お久しぶりです」
彼は声のした方を向き、みるみるうちに笑顔になった。彼をこんなに喜ばせるのは彼女しかいない。
「ああ。久しぶりだね、ニーナ。元気だったかい?」
「はい。わたくしはこの通り元気です。お二人もお元気そうで何よりです」
ニーナは私たちに近づいてきてカーテシーをした。
今日の彼女は青いシルクのタイトなドレスだ。彼女のスタイルの良さが際立っている。そして、艶やかな髪を結い上げ、そこから覗く首筋のラインが美しい。
本来なら目下の者が目上の者よりも先に発言することは許されない。それが許されるのはコンラートとニーナの関係性のせいだろう。
こういうふとした時に思い知らされるのだ。彼らの仲の良さを。
私も笑顔を作ってカーテシーをする。
「お久しぶりでございます、ニーナ様。お元気そうで何よりでございます」
「ありがとうございます。それと、コンラート様とのご婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ニーナは微笑んで私にお祝いの言葉を言う。その表情には一点の曇りもなかった。
二人はあんなに仲が良かったのにどうして。私にはわからなかった。ちらりと隣を見ると、コンラートも嬉しそうに微笑んでいる。
「ありがとう。そちらも婚約おめでとう。それで婚約者の彼はどこだい?」
コンラートは周囲を見回した。私も同じように見回して一人の男性が近づいてくるのに気づいた。
「一人にしてごめん。と、一人じゃなかったんだね」
男性はふわっと笑った。柔和な雰囲気でのんびりした話し方をしている。ニーナは振り返って彼の名前を呼んだ。
「クリス様」
「待たせたね。こちらは……」
恐らく男性はコンラートよりも位が下なのだろう。こういう時貴族は面倒くさい。コンラートも察して挨拶をする。
「私はコンラート・シュトラウス。シュトラウス子爵家の者です。そして彼女は私の婚約者でユーリ・ロクスフォード伯爵令嬢です」
「お初にお目にかかります。私はクリス・テイラーと申します。テイラー男爵家の者です」
「ああ、テイラー家の……」
コンラートは頷く。
クライスラー男爵家と、テイラー男爵家は同じ男爵家ということだけでなく、同じ派閥に属しているため、仲がいい。反対にシュトラウス子爵家は反対派閥に属している。その辺の事情でコンラートとニーナの結婚は認められなかったのだろうか。
「お初にお目にかかります。ロクスフォード伯爵の娘、ユーリと申します。お目にかかれて光栄です」
遅れて私もクリス様にカーテシーをした。
とりあえず挨拶は終わったが、これからどうするのだろうか。
元恋人とその婚約者たちという構図は、周囲にいらぬ好奇心を与えてしまう。現にちらちらとこちらの様子をうかがう人たちがいる。ひょっとしたらコンラートとニーナに憧れる人たちかもしれないが。
「久しぶりだから女同士で話したいことがあるんです。ユーリ様をお借りしてもいいでしょうか?」
「ユーリがよければいいんじゃないか? ユーリ、どうだい?」
「わたくしなら大丈夫ですが……」
一体何の話だろうか。
私にはコンラートを奪われた恨みつらみくらいしか思いつかなかった。嬉しそうにお祝いを述べる一方で、内心はらわたが煮えくり返っているのだろうか、と思いかけて、頭を振った。
今の私は醜い。嫉妬してコンラートの思い人を貶めているだけの嫌な女だ。こんなことだから私は好かれないのだと、自嘲した笑みがこぼれる。
「ユーリ様?」
ニーナの心配そうな声が私を現実に引き戻した。こんな嫌な女を心配する彼女が眩しくて直視できない。
見れば見る程、知れば知る程違いを思い知らされて悲しくなる。
だけど、私は伯爵家の娘として恥ずかしい態度をとってはいけない。不自然に見えないような笑顔を意識して作る。
「いえ、大丈夫です。心配していただき、ありがとうございます」
「ユーリ」
コンラートが何故か私の名前を呼ぶ。彼を見ると、眉を顰めている。彼の大切なニーナに私が敵意を持ったと思って気分を害してしまったのだろうか。そう考えてまた落ち込む。彼の顔を見ていられず、目を逸らす。もうこれ以上惨めな気分を味わいたくなかった。
「ニーナ様、それでは参りましょうか」
私はニーナに声をかけて、二人でその場を後にした。
読んでいただき、ありがとうございました。