歪な親子
よろしくお願いします。
「どうして、そんな……」
愛人だけでも義母にとっては辛いことなのに、更に隠し子まで……
私はクライスラー男爵夫人の心痛もそうだけど、義母が心配だった。これほどまでに酷い裏切りはない。
だけど、義母は冷静に青い顔で疑問をぶつけた。
「……そんなわけはないわ。それだと産み月が合わないもの。あの方がクライスラー男爵と結婚して、十月十日で生まれたはず」
コンラートもそれを聞かれることはわかっていたのだろう。淀みなく答えた。
「そういうことにしたんですよ。月足らずで生まれたら怪しまれると思って。クライスラー男爵が夫人を助けるために婚約と結婚を急いで、体調が安定するなり男爵領へ篭って秘密裏に産んだそうです。関わった人も最小限にして誕生日を偽ってまで隠し通したそうですよ。どれだけ大変だったかわかるでしょう?」
「わたくしは……てっきり結婚が決まったからあの人と別れたのだと……」
「反対ですよ。子どもの存在を隠すために結婚を急いだんです」
義母はそれが紛れもない真実なのだとわかったのか、言葉を失ってしまった。
だけど、私はまだわからないことがある。
「それでも、コンラートに相談した理由が見えないわ。だってあなたは子爵家の人間なのよ。おかしいでしょう?」
「僕が子爵家の人間だからだよ。もしニーナが父上の娘だとわかっても、奪わないように父上や母上を説得して欲しいこと、ニーナの縁談で他の貴族たちの脅迫材料を作りたくないことを、敢えて僕に相談したんだ。だってそうだろう? もし、ニーナの結婚相手がニーナの生い立ちを知って男爵家よりも子爵家と縁を結びたくなったら、父上を脅すなり、逆に協力するかもしれない。だから僕が信用できるかどうか前もって調べていたそうで、謝られてしまったよ。非はこちらにあるのにね」
コンラートは話しながら険のある目つきで義母を見る。だけど義母は答えない。コンラートは更に追い討ちをかけるように続ける。
「それからが長かったよ。まず、ニーナが父上の子どもだという証拠を集めたんだ」
「え? 揉み消すのではなくて?」
私が聞き返すと、コンラートは頷いた。
「ああ。揉み消すよりは、男爵家が切り札として握っておいた方がいいと思ったんだ。いざという時の交渉に使えるかもしれないから。そんなことは無い方がいいんだけどね」
「ええ、そうね……」
「それが終わったら、次はニーナの縁談を考えたんだ。ニーナの結婚相手は子爵家と関係が薄く、尚且つ子爵家よりも格下の家の者を探した。そうでないと僕が守れないから。それが思ったよりも厄介だった。
だから僕は時間稼ぎのために、ニーナが社交界にデビューする夜会で、敢えてパートナーになった。
そして僕とニーナは噂になった。全ては事実無根だから最初はよかったんだけど、口の軽い使用人が守秘義務を破ったことで、噂が真実味を帯びてしまった。そういうのもあって、僕は君に少しも話すことができなかったんだ。サラを含め、君の周りの使用人が信用できなくてね。何も言えなくてごめん」
コンラートはそう言って頭を下げる。
確かに私も使用人が辞めさせられたと聞いたから、真実味があってコンラートとニーナの関係を疑っていた。そんな事情があれば話せないのは当然だ。私は首を振る。
「それはいいの。私こそごめんなさい。時期がくれば全て話すって言っていたのに問い詰めるようなことをして。全てはクライスラー男爵家を守るためだったのね」
「ああ。当主の交代はまだまだ先で、僕には力がなかった。後ろ盾を作るなりして足固めをしないと、何かあった時に守れなくて。そこでロクスフォード伯爵家に後ろ盾になってもらおうと思って君との縁談を申し入れたんだ」
「ああ、だから……」
コンラートが欲しかったのは、義父に対抗する力だったのだ。わかってはいたけど、自分が政略の道具に過ぎないという事実は胸に突き刺さる。
「……別にロクスフォードじゃなくてもよかったのではないの?」
「それは……ごめん。後でそのことは話すよ。ちゃんと理由があるけど、順に説明した方がいいと思うから」
「わかったわ……それでどうなったの?」
義母はまだ黙っている。あまりにショックで口が利けないのかもしれない。どこか虚ろな視線が心配だけど、私は続きを促した。
「それでようやくニーナの縁談もまとまって、僕も結婚したから、本格的に伯爵家の立て直しに力を入れることができるようになった。あとはニーナが結婚してしまえば終わるはずだった」
「ああ、そうだったのね……」
私は理解した。
貴族女性は結婚するまでは父親に責任があるけど、結婚したら婚家に責任が移る。そういうことなのだろう。
コンラートも頷いて説明してくれた。
「ニーナが未婚のうちは、父親であるクライスラー男爵に権利がある。だけど、ここで本当の父親である父上が申し立てをすれば勝てない。ただ、ニーナの権利を婚家に移してしまえば、父上が申し立てをしても手続きが複雑になるからその間に手を打つことができる。昨日ニーナが結婚したことで、ニーナはテイラー男爵家の者になったよ。ただ、それでも心配だったから義兄上に全て話して、父上が動いた時に力になってもらうことも約束してきたんだ。君に言えないことは本当に辛かった。だけど、血の繋がった唯一の家族であるニーナを守りたかったんだ」
血の繋がった義母を前に、コンラートはニーナだけを血の繋がった家族だと言い放った。更に追い討ちをかけられる義母の心痛を思って、私は止めた。
「コンラート、やめて! お義母様は……!」
「ユーリ!」
義母が強い口調で私の名前を呼ぶ。私が義母を見ると、青い顔で首を振った。
義母はそれでも気丈にコンラートを見据えて、口を開いた。
「……わたくしが関心を持たなかったからあなたが責任を負わなければならなかったこと、本当に申し訳なく思うわ。クライスラー男爵夫人にも謝って済むことではないけれど、わたくしにできることは何でもすると伝えて。わたくしの顔なんて見たくないでしょうから……」
コンラートは義母の言葉に鼻で笑う。
「何を今更。あなたは何もわかっていない。それは子爵夫人としての義務からですか? それとも人として贖罪をしたいからですか? 結局はあなた自身が楽になりたいからではないのですか?」
「コンラート、もうやめて!」
確かに義母は間違えたかもしれない。子爵夫人というのは、当主に追従するだけが仕事ではない。間違った方向へ進もうとする当主に諫言をするのも大切な仕事だ。
それでも、ここまで酷い話を聞かされた上に、実の息子に家族であることを否定されるものなのかと、悲しかった。
私がコンラートとニーナの関係を疑って、打ちのめされていた時に支えてくれたのは義母だ。そんな優しさをコンラートにも知って欲しかった。
「お義母様をそれ以上、追い詰めないで。あなたにわかるの? 夫に顧みられることのない妻の気持ちが。私は今回のことでお義母様の気持ちがよくわかったわ。私はあなたを信じたかったけど、あなたが何を考えているのかわからなくて辛かった。そんな私を、お義母様が支えてくださったのよ」
「ユーリ……」
義母が私を見る。その瞳は揺らいでいて、義母の精神がギリギリなのではないかと私は怖かった。
だけど、今度はコンラートが置いていかれた子どものような寂しそうな顔で、私を見る。
「……それなら君は誰にも顧みられなかった子どもの気持ちがわかるのかい?」
読んでいただき、ありがとうございました。




