ニーナの秘密と義両親の罪
よろしくお願いします。
「順を追って話しますが、きっかけは三年前にクライスラー男爵から私あてに商談を持ち込まれたことでした。それまでも男爵夫妻とは面識はありましたが、父上ではなく、私と折り入って話したいと言われて、私は男爵家を訪ねました。クライスラー男爵令嬢とはそこで初めて会いました」
コンラートは一息にそこまで話した。
三年前というと、コンラートは十九歳で、ニーナが十五歳か、と私は頭の中で計算していた。
当時もコンラートは商会の仕事をしてはいたけど、実績は義父の方が格段に上だ。そんなコンラートを名指しで商談を持ち込む男爵の気持ちがわからない。
そこで、眉を顰めた義母が口を開いた。
「わたくしはそんな話、聞いてないわ。それにどうしてあなたなの。おかしいでしょう?」
私も黙って頷く。コンラートは当時のことを思い出しているのか、宙を見つめて答える。
「私もそう思って、確認しました。父とお間違いではありませんか、と。ですが、男爵は間違いなく君だと仰いました。男爵家を訪ねて、それが間違いではなかったとよくわかりました。わかりたくもありませんでしたが」
「どういうことなの?」
「商談は名目で、私に相談することが目的だったからです。だから父上ではダメだったんです」
それなら納得できるかと思ったけど、やっぱりできない。コンラートでないといけない理由が見えてこないのだ。私は黙って次の言葉を待った。
「男爵が相談したかったのは、ニーナのことでした。彼女の社交界デビューが近くなって縁談を持ち込まれるようになったから、いろいろ考えてこのまま隠すことはできないと、私に秘密を打ち明けることにしたそうです」
コンラートは義母に向けて説明しているけど、私は思わず口を挟んでしまった。
「ニーナ様の秘密って……」
「それを一言で言ってしまうと、この人が事の重大さ、クライスラー男爵家の方々の気持ちを思い知ることができないだろうから、順に話すよ。そうでないと意味がないんだ」
コンラートは義母を見下しながら、この人のところを強調していた。コンラートがここまであからさまに義母に敵意を示したのは初めてだ。
表情こそ変えていないけど、義母がどんな気持ちでコンラートの話を聞いているのかと、私はハラハラしながら聞いていた。
「母上、あなたはご存知ですよね。子爵家が生き残ることができたこと、商売で成功できたのはクライスラー男爵夫人のご実家のおかげだと。あの方のお父上は元々は平民だった。商売を通じて国への貢献を認められたことで、一代限りの準男爵という爵位を手に入れました」
「……ええ、もちろん知っているわ。それに、あのご一家が成り上がり貴族と呼ばれ、社交界で爪弾きにされていたことも」
「……そして父上は、生き残るために男爵夫人のお父上である準男爵に教えを請いました。準男爵はずっと貴族から馬鹿にされ、遠巻きにされていたことで、初めて親しくしてくれた父上を信じてノウハウを教えたのだろうと、男爵夫人は話しておられました」
そこでコンラートは怒りを抑えるように、息を吸い込んだ。それから低い声で更に続ける。
「やがて夫人は、準男爵のところに通う父上に恋心を抱いたそうです。もちろん妻子がいることを承知の上で。夫人は元々平民だったので、貴族の常識がわからず、友人もいなかったから、父上が優しくしてくれたことが嬉しかったそうです」
「そう……」
義母は目を伏せて相槌を打った。同じ男性を愛した者同士、わかるところがあったのかもしれない。だけど、コンラートはそんな義母の気持ちを知らないのだ。義母の様子に頓着することなく、容赦なしに事実を突きつける。
「結局、二人は関係を持ってしまった。どういう遣り取りがあったかは私にはわかりません。ですが、生粋の貴族で遊び慣れている父上が、貴族としての常識を知らない純粋な令嬢に付け入るのは簡単だったでしょうね。母上は興味がなかったでしょうから知らないでしょうが、当時、醜聞になったそうですよ。父上が平民上がりの令嬢を愛人に選んだと」
「……それならわたくしも覚えているわ。あの人も隠そうとはしていたようだけど」
──親子揃って選んだ方が血縁だなんて。
何日か前に義母が何気なく言ったことが蘇り、私は理解した。義父は男爵夫人、コンラートはその娘を愛人に選んだと言いたかったのだ。皮肉なことだと私は目を伏せた。
「……そうですか。それならどうして父上を止めなかったのですか? 男爵夫人には貴族の常識なんてわからないから、それがどういう結果を及ぼすかわからなかったはずです。あなたには理解できたはずでしょう?」
「……わかっていたわ。初めから敬遠されていた上に、醜聞が広がった時点で男爵夫人が傷物になったと見なされて縁談が来なくなるだろうと」
私も義母の言葉に頷く。
貴族女性にとって純潔は大切なものだ。純潔ではない女性が産んだ子どもは、本当にその家の血が流れているのかと疑われてしまう。
家は血統によって続いていく。歴史や先祖が作った財産を次代に受け継がなければならないのだ。だから、その中に異分子が混じってはいけない。そういった理由もあって未婚の貴族女性は結婚まで純潔でいることを求められる。
醜聞が嫌がられるのは、真偽がどうあれ、火のないところに煙は立たない、ということだからだ。
義母の言葉にコンラートは声を荒げた。
「わかっていたならどうして! 夫人は父上と別れて初めて事の重大さに気づき、自分が家族の迷惑になってしまうと思って、自殺を考えるまでに追い詰められたんですよ? それが恩人の娘にすることですか!」
コンラートの言葉に私と義母は青褪めた。
この国では宗教上の理由もあって、自殺は禁忌とされている。それだけ思い詰めた男爵夫人の気持ちを考えるとやりきれない。私は言葉が出てこなかった。
「あ、そんな……」
義母の声は震えている。それもそうだと思う。義母は動揺を隠そうとしているのか、スカートの上で拳を作る。
そこでコンラートは何故か私を見た。
「……夫人はね、お茶会で嫌がらせを受けていた時、君の母上に助けていただいたと仰っていたよ。そのおかげでだいぶ心が救われたのだと。だけど、身分違いもあって、親しくすることができなかったことが残念だったらしいよ」
結婚式の準備を手伝ってくれた男爵夫人は確かに私の母を思ってくれていた。私だって男爵夫人の人柄に触れて好感を持った。
「お母様が……お母様はきっと男爵夫人が好きだったと思うわ。そうでなければお母様も助けようなんて思わなかったでしょうから。親しくしてくださればよかったのに……」
「夫人もこんなに早く逝ってしまわれるとは思わなかった、話しかければよかったと後悔していらしたよ」
コンラートはそう言って目元を和らげた。だけど、また義母にきつい視線を向ける。
「話が逸れたから、戻します。男爵夫人をそこまで追い詰めたのは、そのことだけじゃありませんでした。夫人はその時、身籠っていたそうです」
「そんな……っ」
私は思わず声を上げて、隣の義母を見る。
だけど、義母は顔を青くしながらも、気丈に耐えていた。
「ここまで話せばもう理解できるでしょう? ニーナは父上とクライスラー男爵夫人との間にできた娘。私の異母妹ですよ」
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