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悲しい嘘  作者: 海星
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砕かれた心

よろしくお願いします。

 翌日。ニーナは時間通り、昼過ぎに来てくれた。コンラートは仕事で留守なのでちょうどよかったのかもしれない。さすがに昨日の今日で二人の仲睦まじい姿を見せられて平静を装う自信がなかった。


 来てくれたニーナを応接室へ案内して、二人で向かい合ってソファに座る。すぐにメイドがお茶とお菓子を用意してくれて、静かに出て行った。

 そこでニーナが頭を下げる。


「お招きありがとうございます」

「いえ、こちらこそ突然誘って申し訳ありません。もうすぐニーナ様も結婚されるので、またしばらく会えなくなる前にお会いしたいと思って。ご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます。ユーリ様も、ご結婚おめでとうございます」


 ニーナは嬉しそうに頬を染めて言う。その笑顔は愛されている自信からくるものなのか、とても綺麗だと思った。


 今の私にはないものだ。彼女は婚約者だけでなく、コンラートにも気にかけられている。私の胸にちりっと嫉妬の火花が散った。


 だけど、ニーナに嫌がらせをしてこれ以上嫌な女にはなりたくなかった。それがせめてもの私のプライド。そう思って私も笑顔を作って答えた。


「ありがとうございます」


 だけど、この後何の話をすればいいのか。悩んだ結果私はクリス様とのことを話すことにした。


「……あの夜会でクリス様とニーナ様を拝見した時に、お二人がすごくお似合いだと思いました。今、お幸せですか?」

「ええ、もちろん。婚約が成立するまでにいろいろあって、一時は結婚も無理かと思っていたんです。だから、ここまでこれたことが本当に嬉しくて」

「そうだったのですか……」


 それでも乗り越えて結婚するということは、二人の間には確かな絆があるということなのだろう。嫌味ではなく本心から、つい口にした。


「お二人は愛し合っているのですね。羨ましいですわ」

「何を仰っているのですか。ユーリ様こそ、コンラート様と結ばれて羨ましいですわ」


 特に深い意味はないのかもしれない。だけど、その言い方だとニーナもコンラートが好きなように思える。そして二人の間を引き裂いたのが私のような──。


 考え過ぎだろうと思って、私は何でもないふりで答えた。


「夫は未婚女性に人気がありますから。先日はメリッサ様のお茶会でニーナ様にもご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「いえ、わたくしも招待状をいただいた時に嫌な予感はしていたんです。ただ、皆様の前でああいった行動に出るとは思いませんでした。あの方はコンラート様をお慕いしていましたから……」

「ええ、本当に。ですが、仮に結婚できたとしても、思いを返してもらえないこともあります。その場合、結婚という制約に縛られる方がより辛いこともありますのに。あの方はそこまで考えていらっしゃるのでしょうか」


 政略のためなら自分の気持ちを犠牲にできるようでなければ、結婚生活は成り立たない。それを私は実感した。思い思われて結婚できるのは一握りだろう。


「ユーリ様、大丈夫ですか? 少し顔色が悪いようですが……」


 ニーナに声をかけられて、自分がぼうっとしていたことに気づいた。コンラートとのことがあって二日はほとんど眠れていない。そのせいで食欲もなくて、まともに食べていなかった。


「ええ、大丈夫ですわ。少し考え事をしていたようで申し訳ありません」

「それならいいのですが……あまり無理はなさらないでくださいね。コンラート様も心配しておりました」


 彼女の口からコンラートの話を聞かされて、私の心は嫌なもので満たされる。自分の中にある、こんな醜い感情なんて気づきたくなかったのに。


 あなたの方がコンラートのことを知っているとでも言いたいの。そんな言葉が口をついて出そうになった。


 だけど、きっとそうなのだろう。私は結局何も教えてもらえなかった。ニーナの方がコンラートを知っているのかもしれない。


 期待しないと決めたのに、私はまた傷ついている。涙がこみ上げてきそうになって、私は慌てて笑顔を作った。


「……そうなのですね。申し訳ありませんが、お手洗いに……」


 このままここにいると泣きそうになるから、手洗いに行って気持ちを立て直したかった。


「え? ええ」


 戸惑いの表情を浮かべていたけど、ニーナは頷いた。そして私は応接室を出た。


 応接室を出て手洗いへ続く廊下を歩いて行く。だけど、その途中で私の後を誰かの足音が追いかけてくることに気づいて、私は角を曲がったあたりで後ろを振り返った。


 私はてっきりメイドだと思っていたのに、その人物は予想外というよりも、考えたくない人物だった。


 ──どうしてコンラートが?


 今朝仕事に出かけたはずのコンラートがどうしてここにいるのか。そして彼は周囲を見回して応接室へと入って行き、その重い扉を閉めた。


 嫌な予感と疑念が私を支配する。


 義母が言った通りだ。私がニーナを招待したことで、コンラートは焦ったのかもしれない。そしてニーナに余計なことを言わないように言い含めているのだろうか。


 私は密室に篭った二人が何をしているのか、せめて話だけでも確認したいと、来た道を引き返した。応接室の扉に着いたけど、その扉は厚く、このままでは話が聞こえない。私はそっと扉に手をかけ、音がしないようにゆっくりと開いた。


 応接室のソファから扉は物陰で隠れていて、開き過ぎない限り見えない。だから私は拳一つ分くらい開けて聞き耳を立てた。


 それがよくないことだとわかっていても、止められなかった。


 そして小さいながらも二人の話し声が聞こえてきた。


「君はここに来てはいけないと言っただろう」

「そんなことを言われても……ユーリ様からお誘いいただいたのよ? 断れるわけがないじゃない」


 ニーナはいつもと違って砕けた話し方をしている。いくら仲のいい友人と言ってもこうなれるものだろうか。私は違和感を覚えた。そんな私を他所に二人の会話はまだ続く。


「僕に言えばよかったんだ。僕からユーリに話すことだってできたのに」

「……何を話すの? あなたはまだユーリ様に私たちの関係を話してないじゃない」


 ──私たちの関係?


 その言葉が更に私の不安を煽る。これでは二人はただの友人関係ではないように聞こえる。


「……ユーリには悪いと思っている。だけどこれも全て君を守るためなんだとわかってくれないか?」

「それはわかってるわ。あなたがどれだけ私を守ろうとしてくれているのか。だから私は心苦しいの。ユーリ様を裏切っているようで」

「裏切ってはいないだろう。浮気なんてしていないんだから」


 もうこれ以上は聞きたくなかった。

 結局は全てニーナを守るため。浮気なんてしていない、それは浮気じゃなく本気で思っているから。


 私は震えそうになる手を必死に抑え、扉をゆっくり閉めた。涙が溢れてきて、今にも嗚咽が漏れそうで、とにかくそこから離れようと、ただがむしゃらに早歩きをした。


 ヒールの高い靴で歩いているから足が痛いけど、それよりもこんなに心が痛い。


 心なんて消えてしまえばいいのに。もう楽になりたい。私の中で何かが音を立てて崩れていく。

 それは私が作り上げた『私』なのかもしれないし、私の中の信じる気持ちなのかもしれない。


 歩いている途中でサラに会った。サラは驚いた後、何かを察したのか黙って私の後に着いてきてくれた。


 私は勢いのまま、外に出ていた。招待客を放っておいて何がしたいのかわからない。そうして歩いて本邸の前で私は立ち止まった。


 本邸の前には義母がいた。


「お義母様、どうしてここに……?」

「コンラートが帰ってきたと聞いたから、きっと何かあると思ったのよ。ああ、答えなくてもいいわ。その顔で何となくわかったから」

「……お義母様、さすがですね。私には何一つわかりませんでした……」


 私は笑ったつもりだった。だけど、表情が動かない。そんな私を義母が心配そうに見ている。


「……ユーリ? 顔色が悪いわ。休んだ方が良いと思うのだけど」

「いえ、私なら大丈夫……」


 話しかけて酷い目眩に襲われる。縦か横かもわからないような、ぐるぐると渦巻いた目眩。私は立っていられずその場にしゃがみ込んだ。


「ユーリ、とりあえず本邸に来て少し休みなさい。サラだったわね。コンラートとクライスラー男爵令嬢のところに行って、ユーリは安静が必要だから本邸で休ませると伝えてきなさい」

「かしこまりました」


 サラはすぐに離れへと走って行き、私は義母に支えられながら本邸へと向かった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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