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悲しい嘘  作者: 海星
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義母の提案

よろしくお願いします。

 翌日は珍しく私の方がコンラートよりも早く目覚めた。目覚めたというよりは、あまり眠れなかったが正解かもしれない。そのせいか胃がもたれて、朝食を食べる気にならなかった。


「ごめんなさい、サラ。朝食も欲しくないの」

「ですが、夕食も食べていません。お体に障りますよ」

「わかってはいるのだけど、少し気分が悪くて……」


 私がそう言うと、サラは思案するように俯いた。それから恐る恐る聞いてきた。


「ひょっとして悪阻(つわり)では……?」


 何を言われたのかわからなくて固まってしまった。だけど、そんなわけはないと私は笑った。


「違うわよ。ただの寝不足……子どもができていればいいとは思うけれどね」


 そうすればコンラートだって義務から解放される。愛していない女と閨を共にしなくてもいいのだ。とはいえ、新婚旅行から帰ってきてからは閨を共にしてないのだけど。それに気づかなかった私も私だ。

 笑って答える私をサラは心配してくれた。


「ユーリ様、大丈夫ですか?」

「……私なら大丈夫。だから朝食はいいわ。あと、今日はお義母様に色々教えていただく約束をしているから、それまで庭の散歩をして時間を潰してくるわね」

「……わかりました。ですが、無理はなさらないでください」

「ええ。ありがとう、サラ」


 コンラートが起き出してくる前に、私はサラに見送られて庭へ向かった。


 部屋にいると気が滅入りそうだったし、コンラートが来るかもしれなくて落ち着かなかった。だけど、庭に出たものの私の気分は晴れない。


 誰にも会いたくなくて、私は生垣の迷路に入った。

 入り組んだ迷路を入って行くと、行き止まりに当たった。また道を変えても行き止まり。それでも私は奥に進んだ。


 そうして何度目かの突き当たりで、私は歩みを止めた。よくないとは思いつつも、芝生に座る。


 子どもの頃のコンラートはこうして隠れていたのだろうかなんて、コンラートのことは考えないと思っていた先から考えている。


 ──僕が探すよ。


 二人でここに来た時にコンラートはそう言ってくれた。あれからそんなに時間が経っていないのに、遠い昔のように思える。


「どうして、こうなったのかしら……」


 あの時は気持ちが通じ合ったと思って幸せだった。私は彼が好きで、彼も私と同じ気持ちだと言ってくれた。それは確かに間違いではなかったのだけど。


 愛されたいと願ってしまった欲深い私のせいなのだろうか。大切な友人の一人で我慢すればよかったのかもしれない。


 だけど、もうそれも終わったことだ。私は彼を愛していると言った結果、拒絶された。まだ心は痛むけど、いつかこの痛みも時間が癒してくれる。そう思わないとやってられない。


 また視界が潤んできて、私は空を見上げた。昨夜あれほど泣いたのに、まだ流す涙があるのかと、自分に呆れた。だけど、それは私の心がまだ生きている証拠。


 私は大丈夫、私は平気。これまで何度となく言い聞かせてきた言葉を繰り返す。そのうちに私の心はすり減って何も感じなくなるかもしれない。心が消えるのと、傷が癒えるのとどちらが早いだろう。

 私はそんなことをぼんやりと考えながら、そこで過ごした。


 ◇


「今日はまた、酷い顔ね」


 応接室のソファに座って待っていた私の顔を見るなり、義母が言った。義母に比べたら確かに私の顔は酷いかもしれないけれど、と私は俯く。そんな私に義母は苦笑した。


「言葉が足りなかったわ。酷い顔色と目の下の隈、それに顔のむくみ。今にも倒れそうよ、あなた」

「……そんなに酷いですか?」


 自覚のない私は首を傾げた。義母は嘆息すると、私に言う。


「そんな状態では頭に入らないでしょうね。今日はやめにしましょう」

「いえ、お願いします。せっかくお義母様がお時間をつくってくださったのですから」

「……いえ、やっぱりやめておくわ。これだとわたくしがあなたを虐めているようにしか見えないもの」


 義母は苦笑して、メイドにお茶とお菓子を用意するように指示した。

 勉強をやめるのは理解したけど、義母がどうするつもりなのかわからず、私は困惑した。


「あの、お義母様……?」

「時間は有効に使いましょう。それで、何があったの?」

「何のことですか?」

「何かがあったからそんな状態になっているんでしょう? 自己管理も仕事のうちよ」

「……そうですね。でも、私の話を聞くことがお義母様の有効な時間の使い方になるのですか?」


 思わず問い返すと、義母はおかしそうに笑った。


「それはあなた次第だわ。無駄だと思わない話をしてちょうだい」

「それは難しいのですが……」


 とはいえ、義母は何故か私の話を聞いてくれるようだった。仕方なく私は、昨日のお茶会からコンラートとの話までを包み隠さず話した。途中で泣きそうになったけど、無表情で話を聞いてくれる義母のおかげでちゃんと話せたと思う。


 話終えると、義母が呆れたように言った。


「だから言ったでしょう?」

「……ええ。お義母様の仰った通りでした。ですが、私はコンラートに裏切られたとは思っていません。思いが違っただけなんだと思います」

「本当に、あなたは……」


 義母は私を痛ましそうに見ている。私は何かおかしなことを言ったかと不思議に思って聞いてみた。


「お義母様? どうしたんですか?」

「……いえ、何でもないわ。だけど、わたくしもコンラートが隠していることが気になるのよ。前にも話したと思うけれど、何故かあの子はわたくしを探る真似をしていた。それでいて何も言わないのが腹立たしくて。だけど、あの子はあなたにも言わないのね……」

「はい……」


 義母は難しい顔で何やら考え始めた。思考を妨げるのも悪いと、私は黙って義母を見ていた。すると、義母が私に予想外なことを提案する。


「ユーリ、クライスラー男爵令嬢を子爵家に招待しなさい」

「お義母様?」


 驚いた私の声は裏返ってしまった。どこでどうしてそういう結論に至ったのだろうか。


「コンラートが語らないなら、もう一人の当事者に聞けばいいだけの話でしょう。まあ、その彼女が話してくれるかはわからないけれど。やってみる価値はあるのではない?」

「だけど、コンラートは時期が悪いから話せないと言ったんです。それなら話してくれるのを待てばいいのではないですか?」


 私がそう言うと、義母は冷たい目で私を見た。


「……待てなかったから、今あなたはそんな酷い顔をしているのではないの?」

「それは……」


 その通りだ。不安材料しかない状態で、自分が愛されていないことを知った衝撃は口では言い表せない。


 だからといって、コンラートの気持ちを踏み(にじ)るような真似をしたくはなかった。


 俯く私の頭上に義母の重い溜息が漏れる。


「こんな時でも、あなたは自分の気持ちよりもコンラートを優先させるのね。それならただ招待してクライスラー男爵令嬢と談笑するだけでもいいわ。それだけでどちらにもプレッシャーをかけることができるでしょうから」

「何のためですか?」

「後ろ暗いことがなければ、招待されたところで痛くも痒くもないでしょう? それにあなたとクライスラー男爵令嬢は友人。結婚間近の友人と社交シーズンが終わる前に会いたかっただけっていう言い訳も立つわ」

「そうですね……それならやってみます」

「ただし、これはあなたの問題だからわたくしは関知しないわ。やるなら離れでやってちょうだい」


 そう言ってにっこりと笑った義母は綺麗だった。でも、やっぱり掴みどころのない人だと思う。厳しいかと思えば優しくて、無関心な振りをしたかと思えば親身になって話を聞いてくれる。

 その姿は亡くなった母に重なって見えた。


「はい。お義母様、ありがとうございます」

「お礼なんていらないわ。だけど少しはマシな顔になったみたいね。あまり思い詰めないようにしなさい」

「はい」


 その後、義母と別れた私はニーナに招待状を出した。内容は、お茶会で嫌な思いをさせてしまった罪滅ぼしがしたいという当たり障りのないものだ。


 格上である私の招待を断れないことにつけこんでいるようで心は痛む。だけど、私自身がニーナと会って色々な思いを吹っ切ってしまいたかった。


 そしてすぐにニーナから返事が来て、翌日来てくれることになったのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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