ままならない思い
不定期更新ですが、できる時に更新しようと思っています。よろしくお願いします。
そうして迎えた夜会の日。
私は全身をメイドたちに磨き上げられ、髪をハーフアップにし、真紅の裾が広がったドレスに身を包んでコンラートの訪れを待っていた。
結局、コンラートもドレスのデザインに口出ししていた。私はあまり肌を露出したくはなかったのだけど、コンラートがいやらしくならない程度に胸元が開いたデザインがいいと仕立て屋に話し、それが通ってしまった。
ただ、どうしても胸元が気になるので薄橙のショールを纏っている。そしてダイヤのネックレスに、同じくダイヤのイヤリング。これだけでいくらするのだろうかと気が気でない。
それを言うと、商売がうまくいっているから心配はいらないと言われてしまった。
本来貴族というものは商売を好まない。コンラートのように商売人のようなことをしていると眉を顰められる。だが、今は貴族にとって厳しい時代になってしまった。領地経営だけでは生活が成り立たないのだ。結局そういった時代の流れについていけず、没落する貴族も少なくない。その点、コンラートには先見の明があったということなのだろう。
じっと座っていられず、落ち着きなく室内を歩き回っていると兄が笑った。
「いい加減落ち着け。そんなことじゃ夜会で失敗するぞ」
「……だって、今日はコンラート様の婚約者としてのお披露目も兼ねてるんですよ。女性陣の視線が怖くて仕方ありません」
「お前なら大丈夫だろう。女性陣もびびって逃げるんじゃないか?」
その言葉に私はすうっと目を細めて笑う。私がこうすると、酷薄に見えて怖いらしいのだ。案の定、兄も引き攣り笑いをする。
兄のエリオットはブロンドの青い瞳でも、私と違って優しい顔立ちをしている。エリオット・ロクスフォード次期伯爵と言えば、貴族女性の間で人気がある。ただ、愛人としてなら、という注釈付きだが。誰が好き好んで没落寸前の伯爵家に嫁ぎたいと思うだろうか。
「……お前、間違ってもコンラートにそんな顔見せるなよ。それだと百年の恋も冷めるぞ」
そんな兄の何気ない一言にも傷つく。何も知らないくせにと悪態をつきたくなった。兄の顔を見られず、背を向けて呟く。
「そもそも私たちの間には恋なんて存在しないのよ」
「お前、何言って……」
「ごめん、遅くなったね」
遮るようにコンラートが会話に割り込んできた。いつ入ってきたのかもわからなかった。それは兄も同じだったようで、不思議そうに問う。
「いつの間に来たんだ?」
「今さっきです。話し声が聞こえてこっそりドアを開けて入ってきたのですが、お邪魔でしたか?」
「いや。こいつはまだかまだかと待ちわびてたんだ。鬱陶しいから、さっさと連れて行ってくれ」
兄は犬を追い払うように、しっしっと手を振る。コンラートが私のところへ来て、右の掌を上にして差し出す。これは手を取れということなんだろう。
恐る恐る左手を乗せると彼は私の手を掴んだ。手袋越しでも彼を感じることが嬉しいなんて、私はどこまで彼に溺れているのだろうか。夢中になったところで報われるわけもないのに。
「それではユーリをお借りします」
「借りるどころか、持って行ってくれ」
「お兄様!」
人を物のように扱わないで欲しい、そんな思いを込めて批難の声を上げると、コンラートが笑った。
「今日はお借りするだけです。いずれいただきに参りますが」
「よかったな、ユーリ。お前みたいに可愛げのない女でも、こうしてもらってもらえるんだ。コンラートに感謝しろ」
そうやって挑発するのが兄の手なら、こちらにも考えがある。私は再び兄を見て、目を細めて笑った。
「お兄様こそ、コンラート様のお陰で伯爵家が持ち直すのだということをお忘れなきように」
「ぐっ」
兄は答えに詰まって項垂れた。弄られて腐っていた気分もこれで晴れたと、コンラートに向けて満面の笑みを浮かべて告げる。
「それでは参りましょうか」
「あ、ああ」
コンラートは目を瞬かせている。私の笑顔は余程怖いのだろうかと密かに落ち込んだ。
それから彼が乗って来た子爵家の馬車に一緒に乗った。手を引かれるままに隣に座ると、思ったよりも近い距離に私の胸は再びうるさくなる。彼に聞こえなければいいのだけど。
「……それで今日のことなんだけど」
ぼうっとしていたら、不意に話しかけられ、咄嗟に答えられなかった。怪訝な顔で彼が見ていて、慌てて返事をした。
「ええ。どうかなさいましたか?」
「いや、大したことじゃないんだけど、ニーナも婚約者と一緒に出席するんだ。それで僕たち二人で彼女たちに挨拶に行きたいんだけど、いいかい?」
「いいかい、と言われましても……あなたはよろしいのですか?」
好きな女性が別の男性と仲睦まじくしているところを見て平気なのだろうか。私はそういう意味で聞いたつもりだったが、彼は平然と答えた。
「もちろんだよ。ちゃんとお祝いも言いたいし、僕らの婚約も話したいんだ」
「……それだけですか?」
「他に何があるんだい?」
「いえ、ニーナ様が別の方と婚約、結婚なさるんですよ? よろしいのですか?」
「ああ。彼女が幸せになってくれることを願ってるんだ」
コンラートは遠い目をしてそう言った。
自分では幸せにできないと諦めてしまったのか、どこか諦観を滲ませる言葉に、私の胸は締め付けられた。
彼は彼女を愛している。
彼自身も届かない思いを抱き、私もまた届かない思いを抱いている。恋とはなんてままならないものなのだろう。
やっぱり私は自分の本心を彼に告げてはいけない。自分を偽り続けなければならないのだと、やりきれない思いに苦悩するのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。