独りよがりの愛
よろしくお願いします。
ちくちくとした雰囲気に包まれたお茶会がようやく終わり、私は精神的な疲れを引きずって帰った。
「お帰りなさいませ」
玄関に入るとオスカーとサラが迎えてくれた。もうここでは気を張らなくてもいいのだと思うとほっとする。
「ただいま……コンラートはもう帰っているの?」
「いえ、まだお帰りではありません。本日も遅くなると聞いております。何かお伝えすることがあればお聞きしますが」
オスカーから遅くなると聞いて、ニーナのところだろうかと、ふと思ってしまった。
信じると言ったくせに、また疑っている。
おかしくて私は自嘲して笑った。
「ユーリ様、どうしました?」
サラが私の心配をしてくれるけど、私はお茶会でのことを話す気にならなかった。
私は力なく首を振る。
「何でもないわ。今日は疲れて食欲もないから、夕食はいいわ。先に休ませてもらうわね」
「手伝いましょうか?」
サラの申し出に少し考えたけど、一人でコルセットは脱げない。着替えだけ手伝ってもらうことにした。
◇
「ユーリ様、何かありましたか?」
黙々と着替える私に、サラが心配そうに聞いてくれる。だけど、この不安をどう話せばいいのかわからない。
結局はお茶会の問題ではなく、私の気持ちの問題なのだ。私にコンラートとニーナを信じる気持ちが足りないという。
「……いいえ、何もないわ」
「……そうですか。話したくなったらいつでもお話しください」
「サラ……ありがとう」
何かあったとはわかっているだろうに、私の気持ちを慮ってくれるサラの優しさが嬉しくて、沈んでいた心が少し浮上した。
そのままサラは部屋を出て行き、私はベッドに潜り込む。
眠気はなかった。反対に考えることがあり過ぎて、眠れそうにない。
暗い部屋にいるせいかわからないけど、考えれば考えるほど悪い方へ行こうとする。
「……私は何を信じればいいの?」
コンラートは私と同じ気持ちだとは言ってくれた。だけど、彼自身がその意味をわかっているのだろうか。
好きにも種類があるだろう。恋愛、家族、友人……
あの時私は好きだと伝えたけれど、どういう好きなのかは言っていなかった。
私のことは友人として好きなだけで愛しているのはニーナだったとしたら──?
メリッサ様には違うと言ったけど、徐々に彼女の考えに感化されていくのが怖い。
悶々としながらシーツに包まっていると、控えめなノックがコンラートとの部屋の間にある扉から聞こえてきた。
ノックの主は間違いなくコンラートだろう。だけど、私は返事をしなかった。最近はずっと私を避けていたくせにと、今は嫌な感情しか浮かんでこない。そんな状態でコンラートの顔を見られなかった。
お願いだからそっとしておいて欲しい、そんな願いも叶わず、コンラートは小さな声で入るよ、と言って扉を開けた。
私はベッドの中で寝返りを打つ振りをして、コンラートに背を向ける。だけど、コンラートはベッドを回って私が向いている方に来て、腰掛けた。
「……大丈夫かい?」
その優しい声音に泣きそうになる。ぐっと堪えて答えようとしたら、コンラートが続けた。
「ニーナからお茶会でのことを聞いたよ」
その言葉で私の心が失望に染められていく。
お茶会があったのは今日のことだ。それなのにもう知っているのは、先程まで会っていたことに他ならない。
──メリッサ様の言う通りだった。
嘘つきと詰ろうとして私は止まる。彼は嘘をついてはいない。
私はコンラートにニーナと毎日会っているかとは聞いていないし、彼もそのことを話してはいない。ただ黙っていただけだ。
これも裏切りというのだろうか。
気づかなかった馬鹿な自分に笑いが込み上げてきた。
「……ふ、ふふ、ふふ」
「ユーリ?」
怪訝な声で問うコンラートが顔を覗き込もうとしたから顔を背けた。私は落ち着こうと息を整えて、彼に問うた。
「……ねえ、コンラート。聞いてもいい……?」
「何だい?」
相変わらずの優しい声音からは、彼の本心が覗けなかった。踏み込むのが怖い、嫌われるのが怖いなんてことは今の私にはない。ただ、彼を信じたい、その一心だった。
「どうして毎日、ニーナ様と会っているの?」
違うなら違うでいいし、もし本当なら、その理由を知りたかった。コンラートはしばらく逡巡しているようだった。そうして彼が口にしたのは──。
「……ごめん。それはまだ言えない」
「……どうして」
「まだ、時期が悪いんだ。もう少しだから……」
もう少しで、何なの?
私を宥めるような口調が癇に障って、私は飛び起きた。コンラートは驚いて目を丸くしているけど、その仕草すら私を苛立たせるだけだった。
「どうして何も教えてくれないの? 私はそんなに信用できない? こんなことではあなたを信じ続けることができない。お願いだから、何とか言って……!」
私は縋るようにコンラートの両腕を掴んで俯いた。視界がぼやけて涙が溢れる。
「……話せたらいいと僕も思う。だけど、守らなければいけないものがあるんだ。失敗するわけにはいかない」
コンラートの声には迷いがなかった。それくらい大切なものなのだろう。
──じゃあ、私は?
そこまで思われていなくても、彼の心に少しでも私の居場所はあるのだろうか。
言葉に縋るなんて愚かなことかもしれない。だけど、今の私には彼を信じるためのよすがが欲しかった。
「……あなたは私のことをどう思っているの?」
「大切な人だと思っているよ」
私は顔を上げて、彼の目を真っ直ぐに見て頭を振った。
「違うの! そうじゃなくて。私はあなたを愛しているわ。あなたは……?」
期待半分、不安半分で問いかけると、彼は不快そうに顔を顰めた。ああ、これが彼の答えなのだと、私の心に諦観が広がった。
私は笑顔を作った。
「……わかったわ。それがあなたの答えなのね。気にしないで。つまらないことを言ってごめんなさい。疲れたから一人にしてもらえる?」
「ユーリ、ちが……」
「お願いだから!」
コンラートが何か口にしようとしたのを遮って私は叫んだ。コンラートが口を噤んだのを確認して投げやりに告げる。
「……一人にさせて」
「ごめん……」
コンラートは謝ると、私の様子をうかがいながら部屋を出て行った。
「……っ、ふ、う……っ」
心の痛みに嗚咽を堪えることができなかった。気持ちが通じ合ったと思っていたのは私だけ。
初めから政略結婚だとわかっていたはずだ。それなのに勝手に夢を見てしまった。
それならもう、コンラートが言っていた通り、後継を産むこと、次期子爵夫人としての責務を果たすことに専念しよう。
もう期待なんてしない。
私は心の中に溜まったドロドロした感情を吐き出すように、泣き続けたのだった──。
読んでいただき、ありがとうございました。




