お茶会の目的
よろしくお願いします。
「ああ、行きたくない、行きたくない……」
「ユーリ様、そんなことを言っても無駄ですよ。もうそろそろ出かけないと遅刻します」
余所行きのドレスに着替えたものの、私はまだ往生際が悪く、自室をうろうろしていた。そこに私の着替えを手伝ってくれていたサラがすかさず突っ込む。
だけど、私にだって言い分はあるのだ。
「……サラはメリッサ様を知らないから。周囲を固めて攻撃してくるあの手腕はさすがだとは思うけど、きついのよ。かといってニーナ様を攻撃して欲しくもないのだけど」
「ユーリ様はお人好しですね。クライスラー男爵令嬢を庇う必要はないのではありませんか?」
「それはそうなんだけど……彼女は身分が下だから逆らえないのよ。私なら一応同じ伯爵家の娘ということで、ある程度はかわせるから」
別に私はお人好しではないし、彼女を守りたいという正義感に突き動かされているわけでもない。ただ、周囲の空気を読んで、まずい方向に行かないようにしているだけだ。
一人を攻撃し始めると、次から次へと攻撃する側が結託し始める。それも一種の防衛本能なのだとは思う。自分が攻撃されたくないから。
私自身、没落しかけていた時は、仲がいいと思っていた令嬢も私を攻撃する側に回ってしまった。それは家を守るためでもあるから仕方ないとは思っている。
それでも私がそれほど傷ついていないのは、結局初めから上辺の付き合いであって、彼女自身を信じていなかったからなのだろう。そんな私に彼女を批難することなどできない。
「ユーリ様、遅刻する方が余計にネチネチやられますよ。覚悟を決めて行ってらしてください」
「……サラの言う通りね。それじゃあ行ってくるわ……」
「行ってらっしゃいませ」
力ない足取りで馬車に向かう私を、サラは涼しい顔で見送ってくれたのだった。
◇
ディーツェ伯爵家は、中々の威容を誇っていた。屋敷は実家と同じくらいの大きさだけど、外観は意匠を凝らしてある。ただ残念なのは、これ見よがしにお金がかかっているのがわかる置物を置いていることだ。そのミスマッチさが、上品な雰囲気を打ち消していた。
屋敷を訪ねると、初老の執事が、会場である庭へ案内してくれた。
見事な生垣に沿って庭を進むと、テラスが見えてきた。それぞれの席にはもう既に先客がいる。遠目ではあるけど色とりどりのドレスに光が当たって反射して、私は眩しさに目を細めた。そのまま進んで行くと、招待主であるメリッサ様が立ち上がった。
「ユーリ様、お待ちしておりました」
「遅くなって申し訳ありません。皆様もうお越しでしたのね」
メリッサ様の前でカーテシーをすると、メリッサ様もカーテシーを返してくれた。
相変わらず、守ってあげたいような儚げな女性だと思う。ブロンドの髪は三つ編みにして、シニヨンにまとめ、くりくりした緑の瞳を長いまつ毛が縁取っている。桃色のドレスには細かなフリルがところどころにあって可愛らしい。彼女は私と同い年なのに、格段に若く見える。
「いえ、時間通りですわ。皆様が早かったのだと思います。こちらにどうぞ」
メリッサ様がにっこり笑って私に座るように促したのは、彼女の向かいの席だった。隣を見ると、気まずそうに肩をすぼめているニーナがいる。
すると楽しそうな話し声が聞こえてきた。
「……ようやく始まりますわね」
「ええ、愛人対本妻。どうなるのでしょう?」
「わたくしは愛人が勝つと思うのですけれど」
それでわかった。私とニーナは見世物にされるために呼ばれたのだと。
悪趣味にも程がある。本当はニーナの手を掴んでこの場から出て行きたかった。だけど、招待主であるメリッサ様の考えがどうであれ、顔に泥を塗るわけにはいかない。
不安そうに私を見るニーナに笑いかけると、私はメリッサ様の言葉を待った。彼女は周囲を見回すと朗々とした声でお茶会の始まりを告げる。
「皆様、本日はお越しいただきありがとうございます。社交シーズンもそろそろ終わりですので、この機会に是非皆様の仲を深めていただきたいと思いますわ」
そうしてメリッサ様は私とニーナを意味深に見た。そこでまた嘲笑が起こる。
「愛人と本妻の仲を深めても得にはならないのではなくて?」
「いえ、家庭円満の秘訣なのかもしれませんわ」
「コンラート様はどういうおつもりなのかしら」
これ見よがしなヒソヒソ話が聞こえるけど、そんなものはどうでもいい。真実なんて人の数だけあるのだ。そう思いたいなら思っていればいい。私は全く表情を変えることはなかった。
だけど、ここからメリッサ様の攻撃が始まった。
メリッサ様は私を痛ましそうに見て、同情の言葉をかけてきた。
「申し訳ございません、ユーリ様。皆様はただ心配されているのだと思いますわ。お噂は予々うかがっております。さぞかしご心痛のことでしょう?」
「いえ、わたくしは夫から聞いておりましたし、それが事実無根だと知っておりますので。ご心配痛み入ります」
平然と返す私に、メリッサ様の表情が一瞬悔しげなものに変わった。だけど、すぐに立て直して笑顔を作る。
「そうなのですね。それはよかったですわ。毎日コンラート様が愛人の家に通っているなんて聞いたら、どれだけ傷つくかと心配でしたの」
──毎日、通う?
その言葉に私は油断してしまった。恐らく動揺が顔に出たのだろう。メリッサ様は嗤って畳み掛けた。
「噂だとわたくしも思っておりました。ですが、残念ながら見ていた者がいるそうですわ。そうでしたわよね、ニーナ様?」
私は思わずニーナを見た。引っかかってはいけないと頭ではわかっているのに私の中にあるコンラートに対する不信感がそうさせたのだろう。
ニーナの顔は青ざめていた。それがより事実なのだと私に知らしめている。それでも私は信じたかった。何でもないと言ったニーナと、何よりも愛する夫であるコンラートを。
「……ニーナ様、大丈夫です。わたくしは信じております」
かろうじて笑顔を作ってニーナに言った。いえ、違う。私は自分にそう言い聞かせたかったのかもしれない。
ニーナはどこかほっとしたように笑った。
「ええ。全ては噂に過ぎませんから。わたくしにとってコンラート様、ユーリ様は大切な友人です」
「素晴らしい友情ですわね。羨ましいです。わたくしもそんな風に人を信じたいものですわ」
メリッサ様は話の内容とは裏腹に、鋭い視線をニーナに向けた。
「コンラート様はずっとニーナ様を思っていらしたのに、何故ユーリ様と結婚なさったのか、不思議でしたの。ニーナ様のためだったのですね」
読んでいただき、ありがとうございました。




