不穏な誘い
よろしくお願いします。
それから、帰ってきたコンラートについて彼の部屋に行き、義母が私に色々教えてくれることを伝えると、彼は驚いた後に怪訝な顔になった。それも当然だと思う。
「どうして母上が急に? 何かあったのかい?」
「私がお願いしたの。私には知識が足りないから教えてくださいって。そうしたら了承してくださったのよ」
「へえ、あの母上がねえ……」
コンラートは探るように私を見ている。私はサラと義父のことをコンラートに話すか迷った。その時、ふと義母の言葉が頭をよぎった。
──コンラートはあの人とわたくしの血を引いているの。あの子は違うとは言い切れない。
どうして思い出したのかはわからない。ニーナとのことは全て噂にすぎないのに。疑念を払拭するように私は頭を振った。
「ユーリ、どうしたんだい?」
「いえ、その、実はね……」
サラから聞いたことを、言葉を選びながらコンラートに話し始めると、徐々に彼から表情が抜け落ちていった。
「……本当に、あの人は……!」
感情を押し殺しきれず、コンラートから絞り出すような声が漏れる。それでも収まらないのか、コンラートは両拳を握りしめた。その手も小刻みに震えていて、彼の怒りの大きさを表しているようだった。
怖くなった私は、恐る恐る話を続ける。
「あ、だけど、サラは無事だったのよ。お義母様が助けてくださったから」
「……そういう問題じゃないんだ!」
コンラートが声を荒げて、私は身をすくませた。それに気づいたコンラートは気まずそうに謝る。
「……ごめん。君に当たっても仕方がないのに」
「それはいいけど、どうしたの? 確かにお義父様のしたことには私も腹が立ったけれど」
コンラートは疲れたように、ベッドに腰掛けて、両手を組み、そこに額を当てる。私もコンラートの隣に座って、彼の顔を覗き込んだ。それからコンラートは話し始めた。
「……前にも同じようなことをしたんだよ、あの人は。ただ、その時は相手の方があの人に好意を持っていたから……」
「それは……」
どうなのだろう。よかったとも、悪かったとも言えず、反応に困る。コンラートは顔を上げて私を見て続ける。
「だけど、あの人にとっては遊びやゲームにしかすぎないんだよ。本当に人の気持ちをなんだと思っているのか……って、ごめん。こんなことを聞かされても君が困るだけだね。僕から父上に話してみるよ」
「いえ、それはいいの。言った通り、お義母様がお義父様を止めてくださったから」
「……あの人は無関心だと思っていたけど、そうでもなかったのか。ああ、そうだった。無関心なのは家族にだけだったっけ」
コンラートは皮肉気に口角を上げたけど、目が笑っていない。一体彼はどちらに怒っているのだろうか。
だけど、義母はコンラートに興味がないわけじゃない。関わり方がわからないだけだと思う。私はコンラートに何気なく言った。
「お義母様はあなたが思うような方ではないかもしれないわ」
「……僕があの人をどう思っていると? 君に何がわかるんだ?」
コンラートの凍りつきそうな冷たい視線に、私の背筋を冷たい汗が流れ落ちる。彼にこんな視線を向けられたことなんてなかった。
本気で怒らせてしまった。取り繕うことなどできず、私の顔は強張って表情が作れなかった。何か言葉を発しようと思っても、喉の奥に何かが詰まったようで、声にならない。
ただ、怖かった。怒らせたことよりも、彼に嫌われることが。
コンラートははっとして、私に謝る。
「八つ当たりしてごめん。僕にはあの人たちの気持ちなんてわからないし、どうでもいいんだ」
本当にそうだろうか。どうでもよくないから、こうして腹も立てるし、傷ついているのではないか、そう思っても、私には言えなかった。
だから私は彼に合わせることにした。
「気にしないで。それよりも、今日はもう仕事終わりでしょう? 一緒に少し休まない?」
だけど、コンラートは渋い表情で首を横に振る。
「……ごめん。まだやることがあるんだ」
「そう……あまり無理しないでね」
本当は私と一緒にいたくないからじゃないか、そんな言葉が喉まで出かかっていた。
私が彼を傷つけたから? だけど、その前からコンラートの様子はおかしかった。本心の見えないコンラートに、私の心に少しずつ不安が巣喰い始める。
だけど、私には忙しなく去って行くコンラートの後ろ姿を見送ることしかできなかった。
そして、義母はこちらに残れることになり、私とコンラートは引き続き、離れで暮らすことになった。
結局義父は一人で領地に帰って行った。
◇
「ユーリ様、こちらが届いておりました」
義父が帰ってから数日後、オスカーから渡されたのはディーツェ伯爵家が主催するお茶会の招待状だった。
「ディーツェ伯爵家……ということは、メリッサ様、よね。今度は一体何なの……」
ディーツェ伯爵家に嫁いだメリッサ様の顔が思い浮かんで、思わず嫌な顔になってしまった。それをオスカーに見られて咎められる。
「ユーリ様、顔にも声にも出してはいけません。とはいえ、お気持ちはお察ししますが……」
「え? オスカー、メリッサ様を知っているの?」
驚きの声を上げるとオスカーは苦笑した。
「コンラート様の繋がりで少々、とだけ申しておきます」
「ああ、納得したわ。メリッサ様はコンラートを思っていたものね……」
そのせいでニーナに嫌がらせをしていたところを私が止めたのだけど、何故か私がメリッサ様を虐めたことになっていた。それもこれも私の顔が怖いからなのかと悩んだ。
彼女は中々えげつない。自分が被害者だとアピールすることで味方を作り、味方たちに嫌がらせをさせるのだ。彼女自身が庇護欲をそそるような柔らかい雰囲気を纏っているからできる技だと思う。
「だけど、ディーツェ家に嫁いだのだから、コンラートのことはもう吹っ切れていると思う……のだけど、楽観視し過ぎだと思う?」
「それを私の口から申し上げることはできません。ですが、伯爵家からの招待となると断ることはできないでしょう。覚悟を決めた方がよろしいかと」
「オスカー、最後に本音が漏れているわよ。覚悟を決めないと対峙できない相手だとあなたも思っているのね」
「……それでは私はこの辺で」
オスカーはにっこりと笑って去ってしまった。私も逃げられるものなら逃げたい。あの真綿でじわじわと締め付けてくるような精神攻撃は結構くる。それでも何でもない振りでかわさなければならないのだ。
表立ってわかりやすい嫌がらせはないと思うけど、何故社交シーズンも終わりに差し掛かったこの時期なのか、それがわからない。
嫌な予感を覚えつつ、逃げられないことに私は頭を抱えるのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




