女同士の話2
よろしくお願いします。
「信じていない、ですか……」
「ええ、そうよ。最初は常に愛人がいるあの人をただの女好きだと思っていたわ。だけど、そんなに簡単な問題ではないのかもしれない。離れていっても悲しがるわけでもなく、淡々と受け入れるのは、そういうものだと受け入れてしまっているから。女性不信なのか、人間不信なのかはわからないけれど」
「……お義母様はお義父様をよく見ていらっしゃるのですね」
本当に興味がなければ、その人を知りたいとは思わないだろう。こうして観察をして分析をしているのは、義母が義父に関心を持っているからだと思う。
「……同族嫌悪、かしらね。自分の嫌な部分を見せつけられているようで気にいらないのよ」
義母は面白くなさそうに顔を顰める。だけど、本当にそれだけだろうか。私には、義母が義父にもっと違う別の感情があるような気がした。
「ですが、どうして私にそんな話をしてくださるのですか?」
これまで話したこともなかったのに、多弁な義母の意図がわからず、私は聞いた。義母はどこか諦めたように笑う。
「……あなたがいずれ、わたくしと同じ道を辿る気がしたからでしょうね」
「え?」
「……あの人は自分だけを見てくれるなんて思い上がった結果、裏切られたと勝手にがっかりするのよ。だけど裏切られたなんて思うのは、自分が思っている分、相手も思いを返してくれるはずだと勝手に期待を押し付けるから。裏切られたくなければ初めから愛されているなんて期待しないことよ」
義母の言葉を理解するのに時間がかかった。
それは、義父か、コンラートか、それとも別の誰かを指しているのか。
だけど、義母が義父を同族嫌悪と言った意味がようやくわかった。
「……お義母様もお義父様のように、離れて行くことを前提で考えていらっしゃるのですね。だからコンラートと向き合うのが怖いのですか?」
「……あなたも言うわね。そんなことはどうでもいいでしょう」
「本当ならこんなことを言うべきではないのだと思います。ですが、お義母様がコンラートに無関心な振りをするのは、コンラートに心を許した後に、彼が離れて行くことが怖いからではないかと……」
話すうちに義母の顔から表情が消えた。やっぱり踏み込み過ぎてしまったと後悔しても、もう遅かった。
私たちの間に気まずい沈黙が流れる。
しばらくして、義母が私に問いかけた。
「……あなたはもし、コンラートが浮気してもコンラートとの子どもを愛せる?」
急に変わった会話に戸惑いながらも、考えて答えた。
「そうなったことがないので、わかりません。愛したいとは思いますが、人の気持ちがそんなに簡単に割り切れるものでないことも理解しています」
「そう……だけど、考えておいた方がいいわ。コンラートはあの人とわたくしの血を引いているの。あの子は違うとは言い切れない。現に今もそういう噂が立っているでしょう?」
「……はい。クライスラー男爵令嬢とのことですね。ですが、コンラートは否定していました」
私の言葉に、義母はクッと皮肉気に口角を上げた。
「わたくしもあなたみたいに信じていた時があったわ。だけど、人は嘘を吐くのよ。特にわたくしたちのような貴族はね。信じても馬鹿をみるだけよ」
「ですが、私はコンラートを信じたいと思います」
「まあ、好きにすればいいわ。傷つくのはあなた。わたくしは忠告したわよ」
義母は話は終わりだとばかりに席を立とうとした。だけど、話はまだ終わっていない。この機に私は義母にあるお願いをしようと思っていたのだ。
「あの、お義母様。子爵領にはいつお帰りになるのですか?」
私の問いに、義母は上げかけた腰を再び下ろした。ちらりと私を見遣ると、更に質問で返してきた。
「そんなことを聞いてどうするの」
「子爵夫人としての教育をお願いしたいのです」
「お断りするわ」
義母はきっぱりと断ってきた。だけど、せっかくの機会なのだ。私はもう少し粘ることにした。
「どうしてですか?」
「わたくしには何の利益もないでしょう? それこそ時間の無駄だわ」
「……確かにそうかもしれません。ただ、お恥ずかしいのですが、私には知識がありません。嫁いできた以上は役目を果たしたいと思っているので、お力添えをお願いできないでしょうか? 厚かましい願いだとは思っています」
私は真っ直ぐ義母の顔を見据えてから頭を下げた。伯爵家とは違って、子爵家は領地経営以上に、商会の繋がりが大きい。私にはまだ、そのあたりの知識が足りないのだ。
「……あなたは呆れるくらいに真っ直ぐね。だからこそ心配になるわ。そういう人ほど折れやすいの。あなたも少しはしなやかに受け流せる方が楽になるわよ」
「ご心配ありがとうございます。私もそれなりに受け流せるとは思っているのですが……」
「いえ、できないでしょうね……」
義母は俯き加減で、少し何かを考えているようだった。私はそんな義母の様子を伺う。やがて、義母は嘆息した。
「……わかったわ。子爵領に帰るまででいいのね」
「はい。ただ、どのくらいの時間があるのかわからないのですが、それでものになるのでしょうか?」
「難しいわね。覚えることは山ほどあるし……」
義母は一旦言葉を区切って頭を振る。
「……わたくし一人で残ることができるか、あの人に聞いてみるわ」
「いいのですか?」
「ええ。わたくしも正直、あの人といるよりは、自由がいいのよ。反対に、離れる理由ができてよかったのかもしれないわ」
義母は淡々と言うが、これには私は何も言わなかった。義母は私を見ると不敵に笑う。
「その代わり、わたくしとあなたは教師と生徒。厳しくいくから、甘えたことを言えばすぐに見限るわよ」
「……わかりました。ご指導よろしくお願いいたします」
義母の眼光の鋭さに、頼む人を間違えたような気がして、私は引きつり笑いを浮かべるのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




