女同士の話1
よろしくお願いします。
今日は本邸に義母がいるらしい。会ってもらえないかと打診したところ、二つ返事とはいかなかったけど、会ってもらえることになった。
◇
「それで何の御用かしら?」
サラを連れて本邸に行くと、応接室ではなく、義母の部屋に案内された。ここなら義父が入ってこないからだろう。そんな義母の配慮がありがたい。
義母と向かい合ってソファに座り、私の後ろにはサラが立つ。
「ここにいるサラから話を聞きました。サラを助けてくださって本当にありがとうございます」
「そんなことで、わざわざわたくしの時間を無駄にさせたの?」
義母は不愉快そうに眉を顰めた。その様子から、やっぱり私は嫌われているのかもしれないと思って、密かに落ち込んだ。
「お義母様にとってはそんなことなのかもしれませんが、私にとっては大切なことなんです。サラは私の友人ですから」
「友人ではなくて、使用人の間違いではないの?」
義母の見下すような言い方に、カチンときて私は言い返した。
「違います。彼女はずっと私の侍女をしてくれていますが、私の恩人であり、大切な友人です。だからこそ、お義父様がサラにしたことが許せませんでした。ですから、こうしてお礼に参りましたが、気分を害されたようで申し訳ありません。すぐに帰ります。サラ、行きましょう」
そうして席を立とうとしたら、義母が止めた。
「待ちなさい……いいでしょう。せっかく時間を作ったのに、その時間を無駄にするのももったいないわ。それで本当の目的は何?」
「仰る意味がわからないのですが……」
「何か目的があるから来たのではないの?」
「ですから先程から申しているではありませんか。お礼が言いたかったのだと」
何だか話が噛み合わない。義母は怪訝に私を見ているが、それ以外に何の目的があるというのか。睨み合っていると、義母がふっと笑った。
「どうやらそのようね。コンラートからわたくしを探れとでも言われたのかと思ったわ」
「どうしてそんなこと……」
困惑する私に、義母は苦く笑う。
「あの子はわたくしを信用していないもの。人を使ってわたくしの動向を探っていたようだったから、てっきり今度はあなたを寄越したのかと」
「どうしてコンラートはそんなことを?」
「それはわたくしが聞きたいわ。まあ、元々わたくしを母とは思ってないようだから、仕方がないかもしれないけれど。不愉快には違いないわね」
「……そうですか」
どう答えていいものかわからず、それしか言えなかった。
私にもコンラートの気持ちがわからないのだ。彼は両親にとって自分はどんな存在なのかとは言ったけど、彼自身が両親をどう思っているかは口にしていない。
難しい顔で黙り込む私に、義母は笑った。
「どうしてあなたがそんな顔をするの。あなたが気に病むことではないでしょう?」
確かにそうなのかもしれないけれど、私にとっても義理とはいえ母親だ。できれば仲良くしたいと思うのは間違っているのだろうか。
「……私にはコンラートの気持ちはわかりません。ですが、お義母様はコンラートのことをどう思っているのですか?」
「わたくしがコンラートを? そんなこと聞いてどうするの?」
義母は私の真意を探るように睥睨している。私も興味本意で人の心を暴きたくはない。触れない方がいいことがあることも知っている。だけど、知ろうとしなければ、相手にはわからないのだ。
「……私はお義母様というだけでなく、一人の女性として知りたいんです。あなたの気持ちを」
「それが失礼なことだとわかって言っているの?」
「……はい。承知の上です」
しばらく見つめ合っていたけど、義母は視線を逸らした。こういうところはコンラートに似ている。
「……わからない」
「え?」
「だから、わからないの。わたくしはこの家に嫁いで、後継を産むことだけ考えてきた。運良く最初の子が男児だったから、わたくしはすぐに義務を果たしたわ。その後は好きにすればいいと夫に言われて、あの子の育児や教育は他人任せにしてきた。だから、あの子のことを知らないのよ。それなのにどう思うかと聞かれても、わからないとしか言えないわ」
「それならわかりたいとは思わないのですか?」
「それは……」
義母は目を伏せて黙り込んでしまった。さすがに踏み込み過ぎたかと私は反省した。だけど、義母はぽつぽつと話してくれた。
「……そう思っていたときもあったわ。だけど、わたくしは初めての子ということもあって、どうしていいのかわからなかった。夫は愛人に夢中で、相談できる相手もいない。結局わたくしも逃げたのよ」
その時の義母の心中を考えると、私には責められなかった。黙ったままの私を一瞥して、義母は続ける。
「……それに、あの子は父親に似てるでしょう? だから余計にどうしていいのかわからなくなった……とでも言ったらあなたは信じるの?」
神妙に聞いていたら、義母が右の口角を上げた。冗談にしたいのかもしれないけど、私には義母が本心を話してくれているような気がした。
「はい、信じます」
即答した私に、義母は呆気に取られていた。数度瞬きをすると、怪訝な顔で私を見返す。
「どうしてそう思うの。わたくしが嘘を吐いているとは思わないの?」
「嘘を吐くつもりなら、初めからもっとマシな嘘を吐くはずです。それこそ白黒はっきりとした答えを出したのではないのでしょうか。ですが、お義母様はわからないと、どちらでもない答え方をしました。私の問いにきちんと考えてくださったからだと思います。違いますか?」
義母は目を細めて私を見返す。
「……あなたは真っ直ぐなのね。そういうところは亡くなったあなたのお母様にそっくりだわ。だから嫌だったのよ。あなたに会うのが」
わかっていても面と向かって言われると胸に刺さる。
「……やっぱりお義母様は私がお嫌いなのですね」
「いえ、違うわ。誰だって本心を知られたくはないでしょう? 別にあなたが嫌いなわけではないわ」
「それじゃ、結婚してこちらに挨拶しに来たときはどうして……」
「それは、夫がいたからよ。あの人に隙は見せたくないの。夫婦とはいえ、わたくしはあの人を信用していないから」
「それは何故ですか?」
「……あの人にとってわたくしはどうでもいい存在だからよ」
「ど……」
どうでもよくはないでしょう、と言いかけて、私は止まった。断言できるほど、コンラートの両親を知らないのだ。義母はまた笑う。
「気は使わなくてもいいわ。これが事実なの。あの人にとってはわたくしもコンラートも手駒の一つ。あの人は誰も信じていないのだから」
読んでいただき、ありがとうございました。




