彼の異変
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手を洗ってから二人で客室に戻り、ソファに向かい合って座った。一緒に屋敷に入ってきてからコンラートはずっと黙ったままだ。交渉がうまくいかなかったのかと心配になって、私は恐る恐る尋ねた。
「それで、うまくいきそうなの?」
だけど、コンラートはどこか上の空で、返事がない。私は前のめりになって、コンラートの顔の前で手を振った。すると、コンラートははっと顔を上げ、取ってつけたように笑って首を傾げる。
「どうしたんだい?」
「それはこっちの台詞よ。浮かない顔をしてるけど、ダメだったの?」
「いや、問題はないよ」
「それならどうしてそんな顔をしてるの?」
私にはコンラートが無理して笑っているようにしか見えなかった。それなのに、コンラートは否定する。
「別におかしな顔はしてないよ。それより、君は楽しそうだったね」
「そうね。土いじりをするのって結構楽しいのよ。今度、一緒にやってみる?」
「……そうだね。だけど君が……」
コンラートの言葉は尻窄みで、最後の言葉は私の耳に届く前に消えた。
「私がどうしたの?」
「何でもないよ。それよりも今日は先に休ませてもらっていいかい? 流石に僕も疲れたよ」
「ええ、それはいいけど……大丈夫? 体調が悪いんじゃないの?」
これまでコンラートはずっと働き通しで、目の下の隈も酷かったけど、今は少し顔色も悪い気がする。そんなことにも気づかずに私はあっちこっちに連れ回してしまった。
心配になった私はコンラートの額に手を触れようとした。だけど、コンラートはさっと身を引いた。私の気のせいなのかはわからないけれど、拒まれたように感じた。
コンラートは微笑を浮かべて首を振る。
「……大丈夫。少し疲れただけだろうから、休めば治るよ。だけど、念のために今日は別室で休ませてもらってもいいかい? 君に迷惑をかけても悪いし」
「迷惑なんてそんなこと……」
「君は気にせず、自由に過ごしてくれればいいよ。それじゃあ」
そう言うと、コンラートは客室を出て行ってしまった。残された私は仕方なく、自室から刺繍道具を出してきて、兄が帰ってくるまで刺繍に没頭したのだった。
◇
「あれ? お前一人か? コンラートはどうした?」
兄の出迎えに行くメイドたちについて玄関ホールに着くと、不思議そうな兄に尋ねられた。それは私が聞きたいことだ。
「それは私が聞きたいです。コンラートの様子がおかしい気がするんですが、何かあったのですか?」
「は? 別に問題はなかったが……」
兄はしきりに首を捻っている。だけど、私はそんな訳はないと、もどかしくて兄に問い詰めた。
「そんなはずないんです。帰ってきてから何だか顔色も悪い気がして。お兄様が無茶なことを言ったりはしていませんか?」
「お前も大概失礼だな。問題はなかったぞ。事業展開についてはコンラートの方が知識が豊富だから、俺はあいつの言うことをちゃんと聞いていた。お前が何かしたんじゃないのか?」
「私が?」
だけど、帰ってきてから私はほとんど会話をしていない。その中に彼が気に病むことでもあったのだろうか。考えてもやっぱりわからなかった。私は力なく首を振る。
「わかりません。体調が悪いのかもしれないし……」
「あいつも働き過ぎだからな。しばらく休んだら元どおりになるんじゃないか。そっとしておいてやれ」
「そう、ですね……」
そうして私は兄の言う通りにコンラートを休ませることにした。でも、やっぱり心配で部屋を訪ねると、コンラートは眠っているようだった。
眠っているコンラートの額に手を当てる。熱はないようでほっとした。それでも寝顔にも疲労の跡が色濃く残っていて、私は眠っているコンラートの傍らに腰掛けて、しばらく頭を撫でていた。
◇
翌日。
コンラートは朝から兄と事業のことで書斎に籠ってしまった。確かにここにいるうちに話を詰めないといけないのだけど、兄と忙しそうにしているコンラートはどこか無理をしている気がして心配だった。
「ねえ、少し休んだら?」
「大丈夫だよ。君には申し訳ないけど、ここにいる間にやらないといけないことがあるから。暇なようだったらあの庭師の彼の手伝いでもしていればいいよ」
ようやく書斎から出てきたコンラートに駆け寄ると、笑顔で拒否された。こういうのを取りつく島もないと言うのかもしれない。
「いえ、暇だから言っているのではなくて、根を詰め過ぎじゃないかと思うの。お兄様もあなたも働き過ぎよ」
「義兄上も僕も必死だからね。ようやく展望が開けたんだ。止まっている間に流れが変わったら、せっかくの事業も没になってしまう。早く軌道に乗せたいんだよ。それはわかって欲しい」
「ええ、それはわかるけど……」
体を壊さないか心配なだけなのに。それがどうしても伝わらない。思わず私の眉間に皺が寄る。それに気づいたのか、コンラートは苦笑した。
「わかると言いながら納得はしていないようだね。だけど、王都に帰ってからでは遅いんだよ。それに向こうに帰ってからも予定が立て込んでいるから。それじゃあ」
「コンラート……」
そう言ってコンラートはまた書斎に戻る。結局その後もなかなか出て来ずに、ようやく会えたのは夕食だった。その間、私は二人がいつ出てきてもいいように、書斎近くの部屋で刺繍をしていた。
こうして新婚旅行最後の日は終わってしまった。
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