新婚旅行へ1
よろしくお願いします。
「オスカー、後のことは頼んだよ。それじゃあ行ってくる」
「かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
新婚旅行への出発の朝。馬車の窓越しにコンラートとオスカーがやり取りをしている。ちなみにサラは留守番だ。伯爵家に滞在するということで、兄が向こうでの侍女を手配してくれることになった。サラはずっと安い賃金で働き通しだったので、旅行の間は休みをあげようとコンラートが言い出したのだ。サラ本人は行きたそうだったけど、コンラートに言われては逆らえない。結局渋々受け入れていた。
そして馬車はゆっくりと走り出した。閑静な住宅街を通り、喧騒の街中を抜け、王都の入口である城門を出るとしばらくは平原が続く。
この辺りは野盗が多いらしく、私たちの乗る馬車の前後には腕利きの護衛騎士が何人もついている。シュトラウス家は貴族というだけでなく、商家としても名が知れているので、当然の措置だ。
しばらくぶりに見る王都の外の景色はコンラートと一緒に見るせいか、いつもより綺麗に見えた。
「そんなに面白いものがあるのかい?」
窓の外を眺める私に、向かいに座るコンラートは面白そうに尋ねてきた。
「そういう訳ではないんだけど、なんだか不思議で」
「何が?」
「王都に来る前は結婚なんて考えてなかったのに、帰る時には結婚してるなんてね」
本当に人生なんてわからないとしみじみ思う。コンラートはずっとニーナしか見えてないと思っていたのに、何故か私に結婚を申し込むし、ニーナはニーナで別の男性との結婚が決まっている。
ニーナの結婚式は、二週間後だと聞いた。私も招待したかったようだけど、コンラートの元恋人の結婚式に妻が乗り込んだと、また噂になっても困るから諦めたそうだ。未だに私には彼女の考えがわからない。彼女の本心はどこにあるのだろうか。
私がニーナのことを考えていると、コンラートが私の言葉に突っ込む。
「それは違うよ。伯爵領はもう帰る場所じゃないからね。これからは子爵領が帰る場所になるんだ」
帰る場所。コンラートにそう言ってもらえるとそこに私の居場所があるのだと思えて嬉しい。私はコンラートを見て笑顔で答えた。
「ええ、そうね。だけど、子爵領ってどんなところなの?」
伯爵領は農作物の収穫がメインで、自然が多い。領地が広いから開拓し甲斐があるけど、今は設備投資にかける費用が捻出できないので、土地が放置されている状態だ。
考えてみれば王都と伯爵領くらいしか知らなかった。他の領地は街道を通ることはあっても、休憩で少し立ち寄るくらいだ。
「そうだね……王都ほどじゃないけど、商会のお陰で中心部は栄えているよ。領地自体はそんなに広くないから、農業よりは商業の方が盛んかもしれない。余所から来た商人への借地料や、そこで上げた利益の一部を徴収したり、街道の通行料で賄っている感じかな。と、ごめん。こんな話はつまらないだろう?」
「いえ、興味深いわ。本当なら私も伯爵領の立て直しに力を尽くしたかったけど、何もできないのが悔しかった。本当は立て直しに疲れている兄を見て、もう爵位を返上してもいいんじゃないかと思っていたの」
「……それなら僕は間に合ったんだね。よかったよ。援助を申し出るタイミングが早いと伯爵家にも恥をかかせることにもなるだろうし、かといって遅いと爵位返上にもなりかねないから、その兼ね合いが難しかったんだ」
ほっとした表情のコンラートに私は苦笑した。
「恥をかかせるなんて、とんでもないことだわ。昔とは時代が変わってしまった。お兄様も従来のやり方では成り立たないからあなたにご教授願ったのだし、反対にありがたいと思っているのよ」
「……その対価が結婚でも?」
コンラートは神妙な顔で私に問う。私は少し考えて答えた。
「最初は悩んだわ。こんな没落寸前の伯爵家に援助を申し込む意図が見えなかったから。しかもその家の娘と結婚って、普通に考えておかしい、裏があるって疑うのは当然でしょう?」
「確かにそうだけど……君はお金と引き換えの結婚は嫌じゃなかったのかい?」
「……正直に言うと、嫌だった」
「そうだろうね……」
コンラートが目を伏せた。また誤解がありそうだと私は慌てて続けた。
「私が嫌だったのは、別の人を思っているあなたと結婚すること。強引に結婚させられたとは思ってないから誤解しないで」
「ああ、あの噂のせいか。本当にうんざりするね。ニーナはあくまでも友人だというのに、父上も真に受けてクライスラー男爵家に勝手に婚約の打診をするし。困ったものだよ」
「だけど、政略的なものなら別にニーナ様と結婚してもよかったんじゃないの?」
気持ちに余裕ができた今だから気軽に聞けるけど、クライスラー男爵家なら子爵家との釣り合いはとれると思う。
だけどコンラートは苦笑いだ。
「政略結婚だとしても、あの両親を見てるからね。政略だけじゃ結婚生活が成り立たないだろう。こう見えても慎重に相手は選んだんだよ。それに、元々ニーナは考えてなかったし」
「どうして? あんなに仲がよかったのに」
「仲がいい、か。君にもそう見えてたんだね」
コンラートはおかしな言い方をする。それだと仲良く見せていたようだ。
「実際、仲がいいでしょう? あなただって大切な友人だって言ってたじゃない」
「そうだね」
コンラートは笑顔で肯定する。だけど、それ以上は話してくれなかった。まだ時期じゃないということなのだろう。
だけど、時期とは何なのだろう。不思議だったけど、いつか話してくれるのを信じて待つと決めた以上、聞けなかった。
その後の道中は、そのことに触れることなく話は弾んだ。ところどころで休憩を挟みつつ、夜半過ぎにようやく伯爵領に到着したのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。