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悲しい嘘  作者: 海星
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コンラートの闇

よろしくお願いします。

「……何かごめん。気を遣わせたみたいで」

「いいえ。それよりも……」


 二人でコンラートのベッドに腰掛けた。大丈夫と聞こうとしたけど、無神経な気がして言えずに詰まり、コンラートは苦笑する。


「僕なら慣れているから心配はいらないよ。変なところを見せてごめん」

「……あなたが謝ることはないのに」

「いや、まあ、そうなんだけど……」


 私たちの間に気まずい空気が流れる。私はコンラートに何を話せばいいのか悩んでしまった。


 (あらかじ)め義母のことは流して欲しいと言っていたから、そのことには触れられたくないのだと思う。


 なら義父はといっても、外に愛人がいることしか話してなかったから、これも話せない。


 あとは何が、と思って私は気づいた。


 義父はクライスラー男爵令嬢とのことが、と言っていた。結婚前にあった噂のことかと思った私は特に意図せず聞いてみた。


「お義父様が話していたクライスラー男爵令嬢とのことって何のこと?」

「……君までそんなくだらないことを聞くのか」


 コンラートは低い声で呟く。私は何故彼が苛立っているのかわからず困惑した。


「僕は浮気なんてしていない。あの人たちと一緒にしないでくれないか」

「浮気……って。その噂って結婚前のことでしょう? 特定の相手がいなかった時でも浮気って言うの?」


 私が不思議に思って問うと、コンラートの顔に動揺が表れた。


「……そういうことか。ごめん、僕はてっきり……」

「どういうこと?」


 コンラートは観念したように項垂れた。


「……本当にくだらない噂だよ。くだらなさ過ぎて君に話すのもと思ったんだけど、未だに僕はニーナを思っていて、政略のために身分が上の君を娶って、ニーナを愛人にしてこっそり楽しんでいるとかいう、下世話な噂が今立っているらしいよ。そんな噂が立つのも、あの両親の息子だからなのかと思うと腹立たしくて」

「……でも、それは噂に過ぎないんでしょう? 話してくれればよかったのに」


 隠される方が何かあるのではと不安になる。こうしてコンラートが言わなかった理由を話してくれずにその噂だけを聞いていたら、私は噂を信じて傷ついたと思う。


「……そんなの言いたくないだろう。僕はあの両親を見て育ってきたんだ。息子だからと同じにされることが嫌だ」

「ご両親はご両親。あなたはあなたじゃない。私にもそれくらいはわかるわ」


 血が繋がっているからといって、まったく同じ人間になるなんて思わない。私と兄の性格は似ていると言われるけど、父とは真逆だ。そんなことは当たり前だと思うけれど。


「……悲しいけど、そうは思わない人もいるってことだよ。僕は怖いんだと思う。こうして好意を寄せてくれる君の気持ちを失うのが」


 コンラートが俯き加減で心情を吐露する。

 コンラートの言葉からは、私自身が離れることよりも、気持ちが離れることが怖いように思えて、そこにコンラートの本心が隠されている気がした。


「ごめん。情けないこと言って。気にしなくていいよ」

「……情けなくなんてない。誰だって好きな人の気持ちが離れるのは怖いもの。恋愛の意味じゃなくても、怖いことを私は知っているわ。私も家族には本音を言えなかった。わがままを言って嫌われることが怖かったから」

「……同じだね」


 コンラートが寂しげに笑う。

 私の勝手な想像だけど、コンラートも家族の中で葛藤を抱えていたのかもしれない。それがどんなものかまではわからないけど、同じような痛みを抱えていたからこそ、寄り添えることもあると私は思いたい。


「……私はあなたが好きよ。人の気持ちって理屈じゃないの。そんなに簡単に嫌いにはなれないわ。私は怖くてもあなたの気持ちを知りたいし、受け入れたいと思ってる。だから、話したくなったら話して欲しいの」

「ユーリ……」


 コンラートは私の手を掴むとそのまま引き寄せる。私は身を任せて彼の腕の中に収まった。彼の体温を感じるのはまだ緊張するけど、彼の腕の中が安心できる場所でもあると知っている。私も戸惑いながら、彼の背に腕を回した。


「……ありがとう。また今度聞いてもらうよ」

「あら? 今じゃダメなの?」


 私が悪戯っぽく聞くと、コンラートは苦笑した。


「……情けないけど、人に本音を話すことがなかったから、どう話せばいいのかわからないんだ」

「考えなくてもいいの。思ったことを思った時に話せば。と言っても、私もまだできてはいないのだけど」

「……いや、君は少しずつ変わってきているよ。前の張り詰めた空気が無くなってきてる。色々我慢していた時は大体顔が強張って表情が消えていたから」

「そうだった、かしら」


 自分では気づかなかった。私が首を傾げると、コンラートは体を離した。私の顔を覗き込んで笑う。


「わかるよ。ずっと見ていたから」

「え?」


 それはどういう意味だろうか。彼の優しい表情に私の胸は高鳴った。


「……いつから?」

「さあ、どうかな。僕は本音を話すことが苦手だからね」


 コンラートは苦笑する。


 私はそれ以上聞くのをやめた。今じゃなくても、いつかコンラートは話してくれる。そんな予感に、私は顔を綻ばせるのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お、なんとなくイイ感じ。 ドアノブに手を掛けたというところでしょうか。 [一言] >「さあ、どうかな。僕は本音を話すことが苦手だからね」 またそういうズルイ言い方して……( ꒪⌓꒪)
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