二人で伯爵家へ3
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「お話は終わったのですか?」
「ああ、それより……」
コンラートは早歩きで近づいてきた。彼は私の隣に来ると、私の腰に手を回して自分の方へ引き寄せる。彼らしくない仕草に私は戸惑いの声を上げた。
「コンラート様?」
「話が終わって君を探していたら、メイドが教えてくれたんだよ。雨が降っているのに庭に出るなんて、風邪でも引いたらどうするんだい? もう君一人の体じゃないんだよ」
「君一人の体じゃないって……」
コンラートはそんなに私の心配をしてくれたのかと、私の期待は膨らむ。だけど、コンラートが言いたかったのはそうではなかったようだ。渋面で苦言を呈してきた。
「君はいずれ、子爵家の後継を産む大切な人なんだよ。君に何かあって悲しむのは僕だけじゃないんだ」
「……そうですね。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
私は次期子爵夫人である前に、コンラートの妻なのに。コンラートが立場上そう言わなければいけないのはわかっている。それでも、ただ君が心配だったの一言が欲しかった。
すると、庭師の彼が驚いたような声を上げた。
「子爵家の後継って、まさか……ユーリ様ですか? 俺、いや、私と入れ違いに嫁いで行かれたっていう」
「……ええ、そうなの。黙っていてごめんなさい。多分私が誰かわかったら手伝わせてもらえないって思ったから」
「まあ、そうですね」
彼は怒るでもなく苦笑している。私もそんな彼に苦笑を返した。
彼は改めて真面目な表情になると私に頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。雇用主の方に対して失礼な口の利き方と、振る舞いをしてしまいました」
「いえ、私はもうこの家を出て行った身だから気にしないで。それに楽しかったから。ありがとう」
「ユーリ様……」
私が笑いかけると、彼はホッとしたように肩から力が抜けた。怒られると思って警戒していたのかもしれない。
そこで、これまで黙っていたコンラートが私たちを交互に見て言った。
「それよりも本当に風邪を引くから着替えた方がいいよ、ユーリ。庭師の君も」
「……そうですね。ええと、あなたは……」
「私はイアンと申します」
「イアンね。あなたも風邪を引かないうちに着替えた方がいいわ」
「はい。失礼します」
イアンは頭を下げて去って行った。残された私はタイミングよく小さくくしゃみをする。
「ほら言ったそばから。まだ肌寒いんだから気をつけないと」
そう言ってコンラートは自分の上着を脱いで私にかけてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ、話も済んだからそろそろ帰ろう。と、その前に着替えに行こうか」
「ええ。だけど、何の話だったの?」
自室へ向かいながら何気なく聞いてみた。コンラートは少し考える様子を見せて答える。
「……伯爵領での打ち合わせだよ」
だけど私は納得できなかった。あくまでも私の勘だけど、直前の間が怪しい。そう思った私は聞き直した。
「本当にそれだけ?」
コンラートは溜息を吐いて苦笑する。
「……君はどうしてそんなに鋭いんだろうね。ただ、これから厄介な噂が立つかもしれないから気をつけろ、みたいな忠告をされただけだよ」
「そう……」
どんな噂か気になってコンラートに聞こうとしたら、今度はコンラートが私に質問してきた。
「君はあの庭師と楽しそうに話していたね。どんな話をしていたんだい?」
「どんなと言われても草花の話よ?」
「……本当に?」
コンラートは目を眇めて、私と同じことを聞く。私にはコンラートがそこまで疑う意味がわからなかった。隠す理由もやましいことも何一つない。
「ええ、本当。だって初めて会ったのよ? 何を話せばいいかもわからないわ」
「そうなのか……」
コンラートは難しい顔で黙り込んでしまった。これまでの話のどこに考える余地があったのだろうか。少し時間を置いて私は尋ねた。
「コンラート? どうしたの?」
「いや、何でもないよ。気にしないで。ほら、着替えておいで」
部屋に着き、彼が私の背を押す。それがどこか誤魔化しているように思えて、私は少し気になった。
◇
馬車に乗り込むとゆっくりと馬車が動き始める。私は移り変わる町の景色を見ながらぼうっとしていた。コンラートもしばらく何かを考えていたようだ。
「……もしかしたら」
不意にコンラートが口を開いた。私が外からコンラートに視線を移すと、コンラートは沈鬱な表情で私を見ていた。
「これからおかしな噂が君の耳に入るかもしれない。だけど、それは真実じゃない。僕を信じて欲しいんだ」
「……そのおかしな噂の内容は教えてもらえないの?」
あまりにも話が漠然としているから、簡単に信じるとは言えなかった。
本当はコンラートを信じたい。だけど、彼には隠し事が多くて、素直に信じることができないのだ。
別の誰かじゃなくて、コンラートの口から直接話してくれれば信じる。そんな思いを込めて聞いたのに、コンラートの答えは私が予想した通りだった。
「……知らなくていいよ」
「……そう。わかった」
それが私に言える精一杯だった。信じることができるかわからないのに、信じるとは言えなかった。
気持ちが通じ合った気がしたのに、お互いに相手を信用しきっていないことが寂しい。まだ私の片思いなのかと思ってしまうのだ。
好きになればなるほどコンラートのことが知りたくなる。だけど、どこまで踏み込んでいいのかということと、踏み込み方がわからない。それがすごくもどかしい。
コンラートの気持ちが見えず、私はひっそり嘆息するのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。