二人で伯爵家へ1
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「今日はこれから義兄上と約束があるんだけど、君も一緒に伯爵家に行くかい?」
翌日の昼、商会から帰ってきたコンラートに、玄関ホールでそう言って誘われた。
新婚旅行で休みを取るからと、今日は休みを返上して仕事に行ったはずだ。それにしては帰りが早い。
「あの、お帰りが早くありませんか? オスカーからは何も聞いていなかったのですが……」
コンラートの仕事用鞄を受け取っていたオスカーに視線をやると、オスカーも頷いた。
「私も伺っておりません」
「ああ。急だったから連絡してなくてごめん。実は商会に義兄上が来たんだ」
「お兄様が? どうしてですか?」
「新婚旅行のついでに伯爵領に行くだろう? その時に君の見た織物を染色した方に、義兄上も会いたいそうだよ。今日は詳しくその話を詰めたいんだと思う。義兄上は君もとは言ってなかったけど、君もいた方が話が早いし、心配しているようだからね。ちょこちょこ君の様子を聞くからおかしかったよ。そんなに気になるなら会いに来ますかって言ったら、そんな暇はないって言うし。君が元気な顔を見せるのが一番いいと思う」
「お兄様……」
私は婚約中も兄を心配させるような態度でそのまま嫁いできたのだ。それは心配するかもしれない。嫁いでまだ数日しか経っていないのに里帰りもおかしいけど、別に理由があるならと、私も行くことにした。
◇
伯爵家を訪れた私たちは、すぐに応接室に案内された。この家の娘なのに、来客扱いされることが不思議だった。
「仕事中だったのに、呼びつけてすまない」
すこし待って現れた兄が私たちに頭を下げる。というよりはコンラートにだけど。私が来るとは思わなかったのか、一瞬目を見開いていた。
コンラートは苦笑しながら首を振る。
「いえ、本当は休みだったんですが、新婚旅行で一週間ほど留守にするでしょう? そのあいだの段取りや、取引状況の把握だけでもしておかないと、何かあった時にすぐに対応できませんからね。だからそれが終われば帰るつもりではありました」
「ああ、そうか。出発は結婚式の一週間後だったか。それでどこに行くんだ?」
「それが、婚約も結婚も急で準備をする時間があまりなかったのと、ユーリには申し訳ないと思うんですが、あまり長期の休みを取れなかったので、国内じゃないと難しくて、まだはっきりとは……」
コンラートが嘆息する。
そんなの気にしなくていいのに。元々旅行には行かなくてもいいと思っていた。贅沢な暮らしに染まってしまうと、そこから抜け出せなくなる。伯爵家の質素な暮らしに慣れてしまった私にはそれが怖かった。
私は思い切ってコンラートに言ってみた。
「あの、旅行は行かなくてもいいのですが……」
「ユーリ?」
コンラートが怪訝な顔をする。これではコンラートが誤解しそうだと慌てて続けた。
「いえ、行きたくない訳ではなくて、無理にわたくしに合わせようとしなくてもいいのです。コンラート様が仕事で訪れたい場所に行き、ついでで観光をするという感じでもわたくしは大丈夫です」
「だけど新婚旅行だよ? 一生に一度なんだからできるだけ君の希望を聞きたいんだけど」
私の希望と言われると悩む。特に行きたいところが思いつかないのだ。眉間に皺を寄せて考え込んでいると、兄が口を出した。
「ユーリに聞いても無駄だ。こいつは金がかかることが苦手なんだ。あの父上を見ているからな」
「それはお兄様もでしょう? 如何に節約するかを考えているではないですか」
心外だと言い返すとコンラートが笑った。
「二人はそっくりだね」
その言葉は聞き捨てならない。私が兄を見ると苦虫を噛み潰したような顔をしていた。それから二人でコンラートに抗議をする。
「似てません」
「似てない」
声が揃ってまた兄を見ると嫌そうな顔をしていた。それは私の方だと言いたい。淑女らしくないとは思いつつ私も渋面を作ると、コンラートが噴き出した。
「本当にそっくりだ。顔も性格も」
「……まあ、あの父上の相手をしていたら嫌でも似てくるんだろうと思う。亡くなった母上に俺たち二人とも性格が似ていると言われるからな」
「……そうですね。お父様に似なくてよかったとは思います」
騙されて反省はするものの、次に活かせず困ったように笑う父。優しくて好きだけど、残念ながら頼りにはならない。
「まあ、仕方ないな。父上だから」
「そうですね、お父様ですから」
肩をすくめる兄に、私も苦笑で同意した。そんな私たちをコンラートは羨ましそうに見ている。
「……いいですね、兄妹って。それにお義父上とも仲がいいのが伝わってきました。でも、腹は立たないのですか? 家族といっても他人でしょう? 血の繋がりなんて何の保証にもならないと思いますが」
「そうだな。腹が立つ時もある。父上はこっちがこれだけ苦心して遣り繰りしてる先から借金は作るわ、ユーリにしても言いたいことがある顔をしているのに何でもない振りをするから、はっきり言えとは思う」
「それはわたくしも同じです。お兄様はいつもわたくしに内緒で事を進めるではないですか。一言の相談もなく」
いつも兄の掌で転がされているようで面白くない。私が文句を言うと、兄は苦笑する。
「これだからな。心配をかけまいと黙っていても怒られるからやりきれない。だけどな、家族がいるから俺はここまで頑張ってこられたと思っている。それはここまで支え合ってきた絆があるからだ。大切なのは心の繋がりだと思っている」
兄が本音を言うことなんて滅多にないから私は驚いた。別人じゃないかと顔を突き出してまじまじと見てしまった。兄は不愉快そうに眉を寄せる。
「珍しいものを見るみたいな顔をするな。俺だって本当のことを言う。嘘つきなお前と一緒にされたら心外だ」
「それこそ心外です。わたくしは嘘つきではありません」
「よく言う。コンラートに何も言えないくせに」
へっと兄が鼻で笑ったので、私はムキになって言い返してしまった。
「ちゃんと好きだって言いました! あっ……」
「へえ、ちゃんと言ったのか。お前にしては頑張ったな」
私が思わず口を押さえると兄が笑う。さっきとは違って優しい笑みだった。わざと意地悪な言い方をしたのはコンラートの前で本音を言わせたかったからだと気づいて、まんまと兄の策にはまって悔しかった。
ちらりとコンラートを見ると、真剣な表情で考え込んでいた。
「コンラート様?」
「……何だい?」
呼びかけるとコンラートははっとして笑顔を作った。ぎこちない感じの笑みで、彼がどうしてそんな顔をするのかわからなかった。
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