夫婦としての一歩
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朝食を終えた私たちは、二人で庭に向かった。
今日は結婚式の翌日なので、コンラートの仕事は休みになった。そこでコンラートが庭の案内をしてくれることになったのだ。
◇
「……やっぱり綺麗」
色とりどりの花を見て感嘆の声が出た。
ライラック、アザレア、クレマチス、ジギタリス。それぞれがお互いの邪魔をしないように見事に植えられている。
それに何より、私にとって思い入れのある薔薇が大輪の花を咲かせている。赤、白、黄、桃。同じ色でも花弁の開き方が違う、様々な種類の薔薇が私の目を楽しませる。
花壇をまじまじと見ていると、コンラートが笑った。
「よっぽど薔薇が好きなんだね」
「……はい。母が一番好きな花で、生前は丹精込めて育てていました。亡くなった後はわたくしが世話をしていたのですが……」
あの薔薇たちは誰が世話をするのだろう。庭師も居なくなった伯爵邸を思い出して胸が痛い。
「それだったらエリオット様、じゃなかった。義兄上がサラとその恋人を子爵家が引き抜いたから、余裕ができたって庭師を雇ったそうだよ。ただ、あまり給金を払えないから、義母上の薔薇は残して庭を縮小するみたいだけど」
「お兄様が……そこまで見越していたとは思いませんでした」
私は複雑な気持ちだった。あの兄はどこまで手を回していたのだろう。それも私に気づかれないようにこっそりと。
「……本当に素直じゃないんだから」
私が呟くと、コンラートが苦笑した。
「義兄上も君には言われたくないだろうね……ところで、また言葉遣いが戻っているようだけど、どうしてかな? さっきは普通に話してくれていたようなのに」
「それは、その……」
感情的になっていて、素に戻っていただけだ。冷静になったらよくないと思い、私は頭を下げた。
「……先程は感情的になり、みっともないところをお見せして申し訳ございませんでした」
「謝らなくていいよ。僕は普通に話してくれる方が嬉しい。その方が距離が近づいた気がするから」
「それはそうかもしれませんが」
「……こうして気持ちが通じ合ったんだ。二人きりの時だけでも昔のように普通に話して欲しい」
コンラートの声音は寂しげだった。顔を上げると目が合って、どこか懇願するような視線に私は渋々頷いた。
「……わかりました」
「よかった。それじゃあ君が一番興味があるんじゃないかと思う迷路に入ってみるかい? これは昔、僕が作って欲しいって庭師にお願いしたものなんだ。行こう」
コンラートがさりげなく私の手を取って引っ張る。子どもが母親に強請るような仕草に、私は思わず笑みがこぼれた。コンラートはきょとんとした顔をしている。それが余計に子どもっぽくておかしかった。
「どうして笑っているんだい?」
「いえ、あなたが楽しそうだったので」
「よくわからないけど、まあ君も楽しそうだからいいか」
そんなことを話しながら二人で迷路に入った。綺麗に刈り込まれているのに、隙間がほとんどない植木のせいで入口からは奥が全く見えないようになっている。背の低い子どもは必ず迷ってしまうだろう。
コンラートはどうしてこんな迷路を作りたいと思ったのだろうか。ふと気になって迷路を散策しながら私は聞いてみることにした。
「あの、コンラート様」
「違うだろう?」
「……コンラート」
「うん」
名前を呼ぶだけなのに恥ずかしい。それに呼ばれた彼が嬉しそうに笑うから、胸が締め付けられる。
「どうして迷路を作ろうと思った、の?」
敬語になりかけて、言い換える。コンラートは苦笑したけど、そのことには触れずに答えてくれた。
「……見てわかると思うけど、大人でも迷いそうなくらい背が高いだろう? 勉強に行き詰まったらここに逃げて来たんだ。やっぱり後継のプレッシャーが辛くて隠れる場所が欲しかった」
「そう……」
「あと、隠れたかったけど、見つけて欲しいっていう気持ちもあったかな。どんなに複雑なところにいても、探してくれる人が欲しかったんだ」
コンラートは懐かしそうに目を細めた。
彼の重圧を考えると当然だと思う。シュトラウス子爵家も連綿と続く家系だ。従来のやり方に囚われて時代の波に乗れずに没落していく名家とは対照的に、貴族らしくないと非難されようとも生き残るために模索してきた。
コンラートもそういった見極めをしながら商会の経営者にまでなったのだ。逃げたくなるのはわかる。
「……それで、探してくれる人はいたの?」
「ああ。いつも僕の乳母が探してくれたよ。残念ながら彼女はもうここにはいないんだけどね」
そう言ってコンラートは寂しそうに笑った。
だけど、大人になってもそうして逃げたくなる時はあると思う。私がそうだったからだ。
コンラートだって今でも逃げたくなる時があるかもしれない。それなら。
「……もしあなたがまたここに逃げたくなったら、これからは私が探すわ」
「ユーリ……」
コンラートは目を見開いた後、顔を綻ばせた。
「……ありがとう。だけど、どうして?」
「……私もそうだったから。母が病気になって、父も兄も私を見てくれなくなった。それでも誰かには気づいて欲しくてサラを試したの。私が居なくなったら探してくれるのかって。サラはいつでも私を見つけてくれた」
「そうか、サラが……だけど、これからはサラの代わりに僕が探すよ。ただし、あまり難しいところに隠れるのはやめて欲しいんだけど」
「……善処します」
そうして二人で顔を見合わせて笑った。
思いが繋がるのは奇跡みたいなものなのかもしれない。それならその奇跡を大切に、少しずつ歩み寄っていきたい。
こうして踏み出した夫婦としての一歩に、私は幸せを感じていた。
読んでいただき、ありがとうございました。