生活の違い
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私の部屋は扉の正面に窓があって、右側の壁に沿って大きなクローゼットが備え付けてあり、左側に優に三人は眠れそうな大きなベッド、ドレッサーがあった。
そのベッドの奥に、何故か扉があった。コンラートがその扉を指差して言う。
「僕の部屋は壁の向こうだから、もし用があればあの扉から入ってくればいいよ」
「え、あの、一緒の部屋ではないのですか?」
実はそれが一番気になっていた。結婚したからには一緒に寝るのが普通なのかと思っていたのだ。
貴族女性は普通、母から結婚について、主に閨についてのあれこれを教わる。だけど、私は教わる前に母が亡くなってしまった。
クライスラー男爵夫人に結婚式の準備の手伝いはしてもらったけど、準備に追われてわからないことを聞くことを忘れていた。
コンラートは、思わず問いかけた私から目を逸らして片手で口を押さえた。
「……一緒がよかった?」
問い返されて気づいた。これでは私が一緒の部屋がいいと言っているみたいだ。私は慌てて首を振る。
「いえ、そうではなくて、一緒が普通なのかと思っていただけで」
私の慌てぶりが面白かったのか、コンラートが声を立てて笑った。
「心配しなくてもわかってるよ。ただ、僕は仕事で遅くなることが多いから、別の方がいいと思ってね」
「そうですか」
頷きながら、私は内心でほっとしていた。好きな男性と同じ部屋で過ごすのは緊張する。その上、次期子爵夫人という肩書きまで付いてくると、気が休まる時がない。
「それじゃあ、この後簡単に案内するから普段着に着替えるといいよ。僕は自分の部屋にいるから、着替え終わったら呼んでくれるかい?」
「わかりました。ありがとうございます」
そうしてコンラートは扉の向こうに行ってしまった。残された私はサラと一緒にクローゼットを開いて、首を傾げた。
「ねえ、サラ。私、こんなドレス持ってなかったわよね?」
「ああ、それでしたらコンラート様が用意されました。夜会用のドレスを作った時にユーリ様の採寸はしていましたから、ユーリ様の好きな色や合う色で揃えてくださいました」
「そんな……もらえないわ。ただでさえ、もらい過ぎなのに」
実家の援助といい、夜会のドレスや装飾品、その上にこんなに多くのドレス。先行投資だとしても釣り合わないだろう。私は頭を抱えたくなった。
だけど、サラは首を振る。
「失礼ながら、受け取ることが礼儀だと思います。ユーリ様はもう子爵家に入られたのです。ここでお断りすると、コンラート様のお顔を潰すことになりますし、子爵家に馴染もうとしないと誤解されても困ります」
「……ええ、そうね。私の常識で考えてはダメね。教えてくれてありがとう、サラ。やっぱりあなたに来てもらってよかったわ」
「いえ、失礼なことを言って申し訳ありません」
生真面目なサラは頭を下げる。だけど、私にはサラの助言が嬉しい。
「いいえ。私はまだまだだから、違うと思ったらこっそり教えて。さすがに他の人の前だと、お互いの立場的に良くないから」
私はサラを侍女というよりも、頼りになる姉のように思っている。だけど、そこには明確な身分の壁が存在する。
この国の爵位は上から公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵、士爵と騎士爵となっている。
サラは元は子爵令嬢で、貴族だけど私と同じように実家が困窮していて、お金を稼ぐためと行儀見習いということで伯爵家で働いてくれていた。
だけど、結果的にサラの実家は領地の維持をできず、国へ返還し、サラは平民になった。侍女は貴族女性が行儀見習いとしてなることが多いので、サラは平民になったから侍女を辞めようとしたけど、それを私が引き止めた。
サラはサラで何も変わっていないのに、ただ貴族から平民になったというだけで待遇が変わってしまう。それがどうにもやりきれなかったのだ。
クローゼットを物色して、シンプルなデザインの黄色のドレスを取り出し、サラに手伝ってもらいながら着替えを終えた。
部屋の間の扉をノックすると、返事があって扉が開いた。
コンラートも白いシャツに黒のスラックスに着替えていた。コンラートは私のドレスを見て、満足気に頷く。
「サラから好きな色や合う色を聞いて作ってもらったんだけど、よく似合っているよ」
「何から何までありがとうございます」
「いや、これは当然のことだ。君には押し付けるようで申し訳ないけど、うちの生活に合わせてもらわないといけなくてね」
多分、これは半分嘘だ。
きっと兄から私が自分で古いドレスを仕立て直して着ていたことを聞いたのだろう。クローゼットにはコンラートが用意してくれたドレス以外に、伯爵家で着ていたお気に入りのドレスも入っていた。子爵家に合わせさせるなら、私のお気に入りのドレスも処分していたはずだ。
兄が言ったコンラートが不器用だという意味がわかった気がした。コンラートは兄に似ている。そんな彼の優しさにまた、私は惹かれるのだ。
私は気づいていない振りをして、再びお礼を言った。
それからサラは準備があるからと、忙しなくどこかへ行ってしまった。とりあえず私はコンラートに、食堂、浴室、客室だけを案内してもらい、そのまま食堂で初めての夕食をいただくことになった。
◇
子爵家の食事は豪勢だった。
白いパンにローストビーフ、鶏肉のシチュー、ひよこ豆のスープ。質素な食事に慣れている私は、食べ過ぎではないかと心配になった。
それに、初めてコンラートと二人きりで食べるのだ。向かいに座っている彼の視線が気になって仕方ない。私がちびちび食べていると、コンラートが心配そうに聞いてきた。
「ユーリ、あまり食べてないようだけど、口に合わないのかい?」
「いえ、すごく美味しいです。ただ量が多くて」
「そうか。食べきれなければ残していいよ」
「ですが、せっかく用意していただいたのに……」
「無理して食べて気分でも悪くなったら、そっちの方が問題だよ。料理人が気にするからね」
「……仰る通りです。伯爵家の生活が抜けてないようで、申し訳ございません」
サラに言われたばかりだというのに、私はまた失敗してしまった。内心で自分の至らなさに気分が沈みそうになる。すると、コンラートが笑った。
「気にしなくてもいいんだよ。来たばかりで、いきなり合わせろなんて無理は言わない。少しずつでいいんだ」
「あの、どうして……?」
「わかったのかって言いたいんだろう? 顔に出てるよ」
おかしい。私は顔に出にくいはずだ。確認するように顔を触ると、コンラートはまた笑った。
「やっぱりそうなんだね。君の顔が強張る時は大体そうなんだろうなって思っただけだよ」
「そうですか……」
「我慢することが必ずしもいいことだとは思わないから、もし難しいことや無理なことがあれば言って欲しい。できるだけ力になるから」
「ありがとう、ございます」
コンラートの優しい目を真っ直ぐに見られず、私は目を伏せた。
彼はどうしてこんなに優しくしてくれるのだろう。うるさい胸の鼓動に翻弄されながら、コンラートと二人きりでの食事を終えたのだった。
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