曇り空の結婚式
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結婚式当日は、生憎の曇り空だった。
まるで私の複雑な心境を表しているようで、教会の控え室で待機していた私の気分は落ち込みそうになった。
「ユーリ、綺麗だよ」
白いベールに白い手袋、純白のウェディングドレスに身を包んだ私を見て、父が泣きそうな顔をしている。お嫁に行くからといっても、家族の縁が切れるわけではないのに大袈裟だと私は笑った。
「ありがとうございます。ですが、お父様。こんな日だから笑ってくれませんか? 私もつられて泣きそうです」
「何を言ってるんだ。こんな日だから泣くんだよ。クロエにも見せたかったな……」
クロエというのは母の名前で、父は母のことを思い出して、更に泣きそうになっている。
だけど、私だって泣きたい。コンラートとは相変わらずなのだから。
結婚式の招待客の話をしていた時だって、ニーナも参加したがっていたけど参加できなくて残念だと言っていたと、コンラートは笑顔で言っていた。元の交際相手だと噂があるのに、結婚式に来たがることが私には理解できなかった。
本人たちはあくまでも友人関係だと思っているかもしれないけど、皆が皆そう解釈してくれるとは限らない。私だってその一人だった。
信じたいけど信じさせてくれない。もしかしたらコンラートは、私には関係ないから信じてくれなくても構わない、とでも思っているのかもしれないけれど。
思わず溜息が漏れた。父が気づいて眉を寄せる。
「ユーリ、 浮かない顔をしてどうしたんだ?」
「いえ、何でもありません」
私が否定しても、父の表情は変わらなかった。恐らく信じてないのだろう。少し間があって、父はいきなり頭を下げた。
「……良かれと思って決めた縁談だったのに、お前を苦しめる結果になってすまない。お前が断れるわけがないのに」
「お父様、いきなりどうしたのですか」
「家のために犠牲になることなんてないんだ、って言ってやればよかったな。そうすればお前は自分の幸せだけ考えて……」
「……私は幸せですよ?」
そう、私は幸せだ。
好きな人と結婚できるし、実家は潤う、父と兄の心労は減る。いいことづくめではないか。
「それならどうしてそんな顔をするんだ?」
「そんな顔ってどんな顔ですか。私はいつも通りです」
私の本心を見透かそうとするように、父はじっと私を見ている。だけど、私が認めないと悟ったのか、一言だけ言った。
「……自分に嘘を吐き続けると、いつか自分を見失うぞ」
「……ご忠告ありがとうございます。肝に命じておきます」
私はそれ以上父の目を見ていられず、目を伏せて頷いた。
父の言いたいこともわかる。自分を誤魔化していると、それが真実のように錯覚しそうになった。だけど、元々の私の思いと、作られた思いに違いなんてあるのだろうか。違いがないとしたら、作られた思いを信じる方が幸せなことだってあるのだ。
「……そろそろ行きましょうか。皆様がお待ちではありませんか?」
「……ああ、そうだな。だけど、父親として言わせてくれ。幸せになれ、ユーリ」
そんな不意打ちはずるい。さっき私は幸せだと言ったのに。視界が潤んできて涙が一筋流れた。
「ありがとうございます、お父様」
「ああ。だけど、化粧が崩れるからあまり泣くな」
「泣かせたのはお父様じゃないですか」
「そうだな」
二人で顔を見合わせて笑った。その父の目尻も光っていたけど、私は気づかない振りをした。
◇
父に連れられて列席者の前を歩いていく。コンラートの両親や、兄、付き合いのある貴族たち。皆の顔がベール越しに見える。
皆、私たちの結婚をめでたいと思っているのだろうか。私には、どうしてコンラートの相手がニーナではないのか、と思われている気がしてならなかった。
その先に待つのはコンラートだ。引き締まった体躯に白のタキシードがすごく似合っている。彼は緊張の面持ちだったけど、私の姿を認めて笑顔を浮かべた。その顔は心から結婚を喜んでいるように見える。だから私は期待してしまうのだ。
彼の隣に立つと、父は列席者の兄のところへ並ぶ。そうして厳かに式は始まった。
神父の後にコンラートが誓いの言葉を復唱し、その後に私も復唱する。意外に長い文句に、私はつっかえながらも言い切った。
そして、指輪の交換をする。コンラートが私の左手を取り、薬指に指輪をはめてくれる。そして私も慎重にコンラートの左手の薬指に指輪をはめた。
「それでは誓いのキスを」
そう言われて私は固まった。コンラートが私の肩に手をかけて彼の方に向かせる。そして彼は向き合った私のベールをゆっくりと上げた。
緊張して顔が強張る私を安心させるように、コンラートが笑いかける。そしてゆっくりと彼の顔が近づいてきて、私の鼓動は早くなった。間近に迫る彼の顔を直視できず、ゆっくりと目を閉じる。
やがて触れるだけのキスが唇に落とされた。離れていく気配に私はまたゆっくりと目を開く。
夢じゃない。コンラートの顔を見て確信する。
好きな人と結婚できて、ファーストキスまで済ませたのだ。こんなに幸せなことはない。はず、なのに。嬉しい気持ちと同じくらいに、寂しさが押し寄せる。彼に気持ちがなくても簡単にできることが虚しかった。
「ユーリ……?」
「……何でもありません」
いつもの作り笑いは無理だった。ただ、俯いて泣くのを堪えて唇を引き結ぶことしかできなかった。
その後、列席者の間を二人で歩いて行くと、方々からおめでとうと声をかけられ、それに私はいつもの笑顔で応える。
ちらりとコンラートを見ると、彼も余所行きの笑顔を作っている。彼の本心が見えなくて、私はこれから始まる結婚生活に不安を感じずにはいられなかった。
読んでいただき、ありがとうございました。