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悲しい嘘  作者: 海星
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結婚の理由

ブックマークありがとうございます。

よろしくお願いします。

「うちの父が失礼なことを言ってごめん。あの人が言うと冗談に聞こえないんだよ」


 廊下を歩きながら、コンラートがそう言って重い溜息を吐いた。私はどんな反応をすればいいのかわからず、曖昧に笑った。


「……だから君に会わせたくなかったんだ。あの人は独身でも未亡人でも既婚者でも見境ないからね。さすがに息子の妻になる人には手を出しはしないと思うんだけど」

「ですが、政略結婚なのにご当主が関わらないわけにはいかないでしょう?」


 その辺りが私は不思議だった。

 貴族同士の結婚は家同士の繋がりだ。この結婚も、てっきりシュトラウス卿が決めたことだと思っていたが違うのだろうか。


「ああ、あの人は家の利益に繋がれば、僕が誰を選ぼうが関係ないみたいだよ。そもそも僕に興味がないだろうし」

「そんなことは……」


 ないと言おうとしたけど、私はシュトラウス卿の人となりを知らない。そこで言葉を止めてしまった私にコンラートは苦笑して続けた。


「あるんだよ。君に婚約を申し込みたいって父に話したら、その結婚での損得を挙げさせて、その上で得が大きいと納得させてみろ、と言われたからね」


 私は絶句した。確かに得がある家と繋がる方がいいけど、まるで結婚も仕事の一環のようだ。


「それなら尚更わたくしと結婚する得がないと反対されそうなものですが……」

「まあ、以前は反対されたよ」

「え?」


 今、彼は()()()と言った。前にも私に婚約を申し込もうとしたということだろうか。それを聞こうと私が口を開こうとしたら、彼が機先を制した。


「なんといっても名門ロクスフォード伯爵家だからね。前王弟殿下であらせられるヴィンセント公爵閣下に嫁がれたレティシア様の生家だ。子爵家とは釣り合いが取れないだろう?」


 レティシア様とは、私の曽祖母の妹にあたる方で、ヴィンセント公爵に見初められて嫁いだらしい。そういった事情もあり、王家との関わりも多少はあった。だけど、それも昔のことだ。王家も代替わりをし、今は関係がない。


「それは昔のことです。今は没落手前ですから。今の方が反対されそうなものですが……」

「いや、今だからいいんだよ。援助と引き換えに、伯爵領での通行課税の軽減だとか、伯爵領に商館を建てさせてもらう時の税の減免だとか、お願いしやすいからね」

「そこまで考えていらしたのですか」


 先のことを見越しての投資ということか。説明を聞いたら納得だった。だけど、コンラートは更に意味深なことを言う。


「……まあ、本当の得はそんなことじゃないんだけどね。僕にとってはそっちの方が大きな理由かな」

「それはどんな?」


 彼がそこまで言うからには、余程の理由なのだと思う。私ははしたないと思いながらも、興味津々で彼に聞いた。

 だけど、彼はふっと寂しそうに笑った。


「……君には教えない」


 どうして、と聞こうとしたけど、彼が辛そうだったから私はそれ以上追及するのをやめた。


 近づこうとすると、拒絶される。追いかけっこをしているみたいだ。私が黙ると、コンラートが急に話題を変えた。


「それにしても、さっきの君には驚いたよ。まさかあんなことを思いつくとは思わなかった」

「あれは、わたくしが思いついたわけではなくて、偶々知っていたことを話したら兄が思いついただけで……」

「いや、違う。エリオット様をうまく誘導していたよ。自分の手柄にしたらよかったのに」

「……わたくしは少しでも父や兄の役に立ちたかっただけです。これまで何の役にも立ちませんでしたから。わたくしの存在価値は嫁いで、後継を産むことくらいです。ですが、持参金を払えないわたくしには行き場がありませんでした。これで少しは役に立てたと……」


 特に意識せずに話していたら、隣を歩いていたコンラートが足を止めたから、私もつられて足を止めた。どうしたのだろうと隣を見ると、コンラートは俯いていて、表情がよくわからない。


「どうしたのですか?」

「……君は本当にそう思っているのかい? 自分の存在価値がそれだけだと」

「ええ、そうです」


 貴族女性にとって大切なことは、家に尽くすこと。所有権と言ったら言葉が悪いが、親の庇護下にいる間は父親に、嫁いだら夫に従う、それが常識だ。


 亡くなった母からは、例えそれが常識だとしても、理不尽に従うことはない、とは言われた。だけど、私には何が理不尽で、そうでないのかわからない。


 それは私が恵まれているからだろう。私は両親や兄に愛されてきた。だからこそ家のためというよりは、家族のために何かしたいと思ったのだ。


 そして、これからは夫であるコンラートに従うことになる。自分でも愚かだとは思うけど、見返りがなくても、好きな人に尽くせるのは幸せなのかもしれない。


 すると、コンラートはどこか苦しそうに呟いた。


「そうか……だから、君は……」

「どうしました?」


 何かを納得したようだったけど、私にはわからなかった。不思議に思って私が聞き返すと彼は微笑んだ。


 最近はよく彼はこんな顔をする。何でもなさそうなのに、それ以上踏み込ませないような突き放した笑顔。それに気づけるようになるくらいには、私は彼を見てきたつもりだ。


 私はここで更に踏み込んで聞くべきなのか悩んだ。


「あの……」


 だけど、話しかけて気が付いた。聞くことで彼を傷つけるのではないかと。


 私は土足で踏み込まれて傷つきたくないから笑顔で本心を隠してきた。それは彼も同じかもしれない。そう考えて、結局私は言葉を飲み込んでしまった。


「何か言った?」

「いいえ、何でもありません」


 私はまた、作り笑いで首を振った。コンラートも何か言おうと口を開いて閉じた。私たちはどうしてこうなのだろう。お互いが秘密や嘘で塗り固めて、肝心の中身がない。


「……行こうか」

「……はい」


 そしてまたコンラートに促されて歩き始めた。私はコンラートの後をついていきながらぽつりと呟いた。


「……いつか聞かせてくださいますか?」


 その言葉は私たちの足音に打ち消されてしまったのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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