シュトラウス夫妻との対面
よろしくお願いします。
その翌日。
この日になってようやく、婚約者としてコンラートの両親との対面を果たした。コンラートは私と彼のご両親を会わせたくなかったようだけど、そうもいかない。
これはあくまでも政略結婚。家と家とを結びつけるための結婚なのだ。もっともシュトラウス子爵家には利益はないような気はするけれど。
資産的には反対とはいえ、我が家は伯爵で、子爵よりも上だ。目下の者が目上の家に伺うのが礼儀だと、コンラートの両親はロクスフォード伯爵邸にやってきた。
◇
二人とコンラートを応接室に案内し、父、兄、私の合わせて六人はソファに腰掛けた。扉から離れた位置からシュトラウス卿と父、子爵夫人と兄、コンラートと私が向かい合わせになっている。
こうしてみるとコンラートは父親似なのだと思う。コンラートが歳を取ったらこうなるのかもしれない。対して子爵夫人は年齢不詳の綺麗な方だ。髪と目の色はコンラートと同じだけど、儚げで守ってあげたくなるような危うい魅力がある。
「ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません。わたくしの方がお訪ねすべきですのに、御足労いただきありがとうございます」
「いや、こちらこそ申し訳ありません。色々と立て込んでいて、前日になってしまいました」
「わたくしからもお詫び申し上げます。誠に申し訳ございません」
私、シュトラウス卿、子爵夫人の順に頭を下げる。急に婚約して、結婚まで間もないから仕方なかったとはいえ、婚家を蔑ろにするようなことをしてしまったことを私は反省していた。
「ユーリが謝ることないよ。僕が急いだから後回しになったんだから」
「コンラートの言う通りです。本来なら手順を踏まなければいけないのに、こいつが言い出したら聞かないもので。その上、式の準備などもそちらでやっていただいて……」
「ああ、それならクライスラー男爵夫人が手伝ってくださったので大丈夫でした。やっぱり男親は駄目ですね。どうも気がつかなくて」
シュトラウス卿の言葉に、父が参ったと頭を掻く。そこでシュトラウス卿は目を細めた。
「そうですか、クライスラー男爵夫人が……」
「父上、それよりも今日伺ったのはその話のためではないですよね。早く話を始めませんか?」
コンラートがシュトラウス卿の言葉を遮る。人の話を最後まで聞こうとする彼にしては珍しい。
でも、シュトラウス卿は疑問に思わなかったのか、そうだな、と頷いた。
「こうして縁が結べることを嬉しく思います。これから親子共々よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
シュトラウス卿と父が握手を交わす。それからシュトラウス卿は持ってきた資料や物を広げた。恐らく仕事のものだろう。私も前のめりになって見ようとしたら、シュトラウス卿が興味深そうに私を見ていた。
「ユーリ様も興味がおありですか?」
「……はい。女の身ではしたないとは思いますが、少しでも家の役に立てられればと思いまして……」
怒られるのかと思った私は首を竦めた。だけど、シュトラウス卿は楽しげに声を立てて笑う。
「珍しいお嬢さんだ。別に構いませんよ。面白いものではありませんが。コンラートとエリオット殿から、商会で新規の顧客を獲得するために色々と計画案を出してもらっています。それとか、今こういったものが流行っているというようなことですね」
シュトラウス卿は資料を指差しながら説明してくれる。その中で見覚えのある物を発見して、私は驚きの声を上げた。
「これって……」
「ユーリ様もご存知でしたか。これは今他国で流行っている織物なんです。この色が独特でしょう? 染めるのが難しい上に、職人の数も少ないそうで、希少価値があるんですよ」
希少価値。
その言葉に私の胸は弾んだ。これはすごいチャンスかもしれない。私は思わず隣の兄に興奮して話しかけた。
「お兄様!」
「お、おい、急にどうした。驚くだろうが」
兄が引き気味に答えるが、今の私はそれどころではなかった。
「これ、これですよ! わたくしは伯爵領で同じ物を見たことがあります!」
「おい、本当か!」
私の言葉に驚いた兄が座ったまま、私に詰め寄る。
「ええ。私も以前この色が綺麗だと思って伯爵領でその織物を持っていた方に聞いたのですが、伯爵領に自生している草木で染めたそうなんです。その方が職人なのかはわかりませんが、もしその技術を持っていらっしゃるなら……」
「ああ。人に教えることで職人も増えるし、雇うことで雇用も増える。そして伯爵領で作るから特産品にもなる。いい事づくめだな! よくやったぞ、ユーリ!」
「お兄様……!」
兄が私を抱きしめてくれた。私も嬉しくて抱き返す。これで少しは兄の恩に報いただろうか。
向かいのシュトラウス卿が感心したように言う。
「ユーリ様は商売人に向いているかもしれませんね。ちょっとしたことでも覚えておくのはいいことです。こうしてチャンスがいつ巡ってくるかはわかりませんから。コンラートは素敵な女性を妻に選んだようだ」
「そうでしょう? ユーリは私にはもったいない女性です」
コンラートがそう言ってくれ、私は思わず兄に抱きしめられたまま彼を見た。目を細めて微笑んでいて、私は気恥ずかしくなりながらも、笑い返した。だけど、次の瞬間シュトラウス卿は笑顔で悪い冗談を口にしてしまった。
「私に妻がいなければ妻に欲しいくらいですよ」
空気が凍りついた。
コンラートはシュトラウス卿の噂が本当だと言っていた。だとすると、何人もの愛人がいて、その中には私と歳が変わらない方もいらっしゃるということになる。
恐る恐る向かいを見ると、子爵夫人は一瞬で表情を消し、コンラートはシュトラウス卿を睨みつけている。兄から体を離して父と兄を見遣ると、二人は困ったように辛うじて笑みを浮かべていた。
「……冗談が過ぎるのではないですか、父上。反応に困るような冗談はおやめください。後は仕事の話だけでしたら、私とユーリはこれで失礼させていただきます……行こう、ユーリ」
コンラートは立ち上がって私を促した。私はどうすればいいのかわからず、父と兄に視線をやると、二人は頷いてくれた。私も立ち上がって頭を下げた。
「……それでは失礼いたします」
「ああ、行っておいで」
父に後押しされ、私はコンラートと連れ立って応接室を後にした。
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