番外編2 誰にも言えない私の本心7(ニーナ視点)
よろしくお願いします。
それからコンラートとユーリ様は結婚したけれど、順風満帆というわけにはいかなかったようだ。結婚してからもコンラートはクライスラー家に通っていたことをユーリ様に黙っていたし、ユーリ様もコンラートを誤解していて私を子爵家に呼び寄せたりと色々なことがあった。
拗れに拗れてしまった中で私とクリス様の結婚式も行われることになり、私は悩んでいた。そして、それを見ていた両親も誤解をしていたようだ。
◇
「ニーナ、ごめんなさいね」
コンラートとユーリ様のことを考えていた私は、お母様の申し訳なさそうな声で、現実に引き戻された。
もう明日は私の結婚式。この屋敷での最後の夕食をとっていて、ついつい考え事に集中してしまっていた。
ふと気づくと、お父様もルドルフも私をじっと見ている。
「ごめんなさい。何の話をしていたのかしら?」
「いえ、話はしていないのだけど、あなたが難しい顔で考え込んでいるようだから……」
「それでどうしてお母様が謝るの?」
私は不思議に思って問いかけると、お母様は言いにくそうにポツポツと話し始めた。
「……あなたが自分の生い立ちで悩んでいたのはわかっているわ。本当は一生黙っているつもりだった。だけど、それではあなたが別の人から出鱈目を聞いて傷つくことがあってはいけないと、お父様と話し合ってあなたに話すことを決めたの」
本当は別のことを考えていたけれど、両親の気持ちを知る絶好の機会だと、私は黙って話を聞くことにした。
「……私がシュトラウス卿を好きになった時、あの方にはもう妻子がいたわ。それでも、どうしても気持ちを止められなかった。あの方には守らなければならないものが重くのしかかっていて、私はそれを捨ててまで自分を選んで欲しいとは言えなかった。
そうしてあなたがお腹にいることがわかって、嬉しかったけれど、辛かった。私が貴族でなければ一人で産んで育てたかった。だけど、それもできなくて。私はあなたのことを考えずに自分の辛さから逃げたくて死を選ぼうとしたの。それをこの人が救ってくれた」
そうしてお母様はお父様を見る。お父様はお母様の言葉を引き継いで、頷くと話し始めた。
「……私はただ、そこまで追い詰められた彼女を放っておけなくてね。縁談の話にうんざりしていたから、私としてもちょうどよかったんだ。契約結婚みたいなものだな。だけど、一緒に過ごすうちに私は君たちを愛するようになった。本当の家族だと思ってシュトラウス卿に渡したくなくなったんだ」
「それは私もです。この家で癒されてあなたを愛するようになった。ルドルフも生まれて、本当に幸せなんです」
お母様はお父様の方を向いて言う。私はお母様がお父様を愛していることは疑っていない。だけど、それなら自分を苦しめたシュトラウス卿との子どもである私のことは嫌いにならないのだろうか。
「……お母様がお父様を愛しているのなら、シュトラウス卿との間に生まれた私は厄介者ではないの? お母様を苦しめた人の娘よ?」
「苦しかったのはシュトラウス卿を愛したことというよりも、自分の倫理観だわ。私は自分の思いに正直になり過ぎて、周りの人たちのことを考えられなかった。あの方の奥様や、コンラート様、私のお父様……
私はその人たちを傷つけてしまったから。それは私の罪。だけど、あなたには罪なんてない。ただ、幸せになって欲しいの」
「私もそう思うよ。例え私と血が繋がってないとしても、これまで一緒に過ごした十数年はまやかしだったとは思わない。これからも変わらずに私はニーナの父親でありたいと思うよ。ニーナが嫌なら仕方ないが……」
悲しそうなお父様に、私は慌てて否定する。
「私にとってもお父様はやっぱり大好きなお父様なのよ。私はずっとクライスラー家の娘でいたいわ。だけど、シュトラウス卿がいなければ私は生まれてこられなかった。それも事実だと思うから、私には父親が二人いるのだと思うことにするわ」
それを否定することは、私の存在を否定することであり、コンラートとの繋がりを否定することにもなってしまう。
人は色々な人との繋がりで成り立っている。私は自分の生い立ちを知って、それを感じられるようになった。
血の繋がりだけではなく、心の繋がり。今の私にとってはどちらも忘れてはいけない大切なものだ。
人を恨みたくなる時もあった。だけど、一方でその人に救われることもあった。そうして私の頭にクリス様が思い浮かぶ。
今なら私もお母様がお父様に惹かれる気持ちがわかる。一瞬で落ちた恋もあれば、こうして穏やかに作り上げていく愛もある。やっぱり私はお母様の娘なのかもしれない。
「……明日、私はテイラー家の人間になってしまうけど、またクリス様と一緒にこの屋敷を訪ねてもいい……?」
恐る恐る私が聞くと、お父様はくしゃりと泣きそうに笑った。
「当たり前だろう。ここはお前の家だよ。クリス様と喧嘩したら帰っておいで」
「いえ、お父様それは……」
「嫁になんていかなくてもいいのに……」
ぶつぶつ呟くお父様に私は吹き出してしまった。
「今度来る時は孫を連れて来るかもね」
お母様が面白がってそんなことを言うものだから、お父様は泣き出してしまった。愛されてないと思っていたのが嘘みたいに皆が受け入れてくれることが嬉しい、と思いかけて黙ったままのルドルフを見ると、ルドルフは眉を寄せていた。
「ルドルフ?」
「……行っちゃやだ」
「え?」
「姉上、ずっとこの家にいてよ!」
そう言うと、ルドルフも泣き出してしまった。困ったとルドルフを泣きやませようとするけど、ルドルフは泣きやまない。
「姉上が、父上の子どもじゃないから、出て行くの? そんなの、僕は、嫌だよ……!」
ルドルフはしゃくり上げながらも言う。幼いながらに感じるところがあるのだろう。私はそんなルドルフの優しさに胸が温かくなった。
「違うのよ、ルドルフ。私はクリス様が好きなの。だからお嫁に行けて嬉しい。ルドルフは喜んでくれないの?」
「……っ、そう、なの?」
「ええ。それに、家族が減るのではなくて、クリス様っていう家族が増えるのよ? ルドルフは嬉しくない?」
私が聞くと、ルドルフは笑顔になった。
「うれしい……! それならクリス様も、ここで一緒に暮らすの?」
「ごめんね、それはできないのよ。クリス様にもおうちがあるから。だけど、離れていても私たちは家族、そうでしょう?」
「うん……」
ルドルフは拳で涙を拭いながらも頷いた。そこでお母様が私に尋ねる。
「ニーナ、あなた、クリス様のことを……?」
「ええ。今、私がこうして家族と向き合えるのは、辛い時に支えてくれたクリス様のおかげ。だから私もお母様の気持ちが何となくだけどわかるのよ」
「そう……勝手にあなたの縁談を決めてしまったから心配していたのだけど、よかったわ。幸せになるのよ」
「ありがとう、お母様」
そうして私は翌日、皆に見守られて結婚式を終えた。その後、二人きりになり、私はクリス様に感謝の言葉と自分の気持ちを伝えた。その夜は名実共に彼の妻になったのだった──。
◇
それから少しして、私とクリス様は社交シーズンも終わりということもあり、テイラーの領地へ向かった。初めての土地で失敗しながらも新しい生活が始まった頃、コンラートから手紙が届いた。その手紙にはユーリ様と気持ちが通じ合ったということ、ご両親に私のことを話したことなどが綴られていた。
すぐにでもユーリ様に手紙を書こうとして、シュトラウス卿にも手紙を書こうと思い至った。
シュトラウス卿がいなければ私は生まれてこなかったし、こうしてクリス様と出会うこともなかった。そのことに感謝していることを伝えたかったのだ。
手紙を書きながらこれまでのことが蘇る。
コンラートに一目惚れをしたことから、クリス様と結ばれるまで、本当に色々あった。だけどもう胸は痛まない。これももう終わったことだと受け入れられている証なのだと思う。
手紙を送った後、クリス様と二人でお茶をしながら話す。
「今日ね、シュトラウス卿とユーリ様に手紙を書いたの。シュトラウス卿には思うところはあるけど、あの方のおかげで今の私がいるのだから感謝の気持ちを伝えたくて。あと、ユーリ様とコンラートはうまくいっているみたい。私のせいで拗れていたからほっとしたわ。また、以前のように仲良くなれたら嬉しいのだけど……」
「だけど、君はいいのかい? 君はコンラート様が好きだったんじゃないのか?」
私はその言葉に笑って答える。
「ええ、好きよ。家族だもの」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
クリス様の言いたいことはわかるけど、私は認めない。そもそも一度だって私は好きな人がコンラートだとは言っていないのだから。
私は家族を守るために嘘を吐く。それはコンラートが異母兄だと知った時から決めていた。
「何のことかしら。好きになってはいけない人を好きになったけれど、相手が誰かは言ってないわ。それに、もうその恋は終わったのよ。あなたのおかげで終わらせることができたの。今の私はあなただけ」
「……それでいいの?」
「ええ。もしかして私のことを疑ってる?」
訝ってクリス様に問うと、慌てて否定する。
「そんなわけないよ! だけど、誰にも言わずに辛くないのかい?」
「終わったことだもの。それに、女には秘密があった方が魅力的だとは思わない?」
冗談めかしてそう言うと、クリス様は真面目な顔になって答える。
「秘密がなくても君は魅力的だよ」
「え、あの、ありがとう……」
聞いたこっちが恥ずかしい。クリス様に冗談は通じなかった。
「あなたのそういうところも好きよ」
私も仕返しに言うと彼も赤い顔でお礼を言って黙り込む。何だろう、この甘酸っぱい空気は。だけど嫌なものではない。そして、クリス様の顔が近づいて頰に口付けられた。
◇
こうして私の本心はクリス様に気づかれながらも、口にしないままに変わっていった。だけど、私はそれでいいと思っている。本当のことを言わない優しさというのもあるのだ。
クリス様には申し訳ないけれど、私の嘘に最期まで付き合って欲しい。あなたとは最期まで一緒にいたいのだから──。
これで完結になります。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。