番外編2 誰にも言えない私の本心5(ニーナ視点)
よろしくお願いします。
それから婚約は整い、クリス様は私を訪ねてきたり、誘い出してくれるようになった。私に気を遣う両親や、まだ事実を知らない弟と顔を合わせることが気詰まりだったので、それが気晴らしになっていたことは否めない。
ただ、会うたびに彼が好意を隠さないことには戸惑った。例えば髪型を変えただけでも、いつもと違うけどそれもいいね、とか素敵なドレスを着ている女性を見ていると君にも似合いそうだとか。ちょっとしたことでも気づいてくれる。
その度に言葉を失うけれど、どこか嬉しくも恥ずかしい。だからなのか、クリス様のことを考えることが増えてきた。
◇
「……ニーナ、ニーナ」
何度か呼びかけられてはっと気づくと、コンラートが心配そうに私を見ている。
今日はクリス様のお誘いがなくて自室にこもっていたら、いつのまにかコンラートが来ていたらしい。
「いつのまに……ごめんなさい。呼んでいたのね」
「いや、それはいいんだけど。難しい顔で考え込んでいたから、何か悩んでいるんじゃないのかい?」
悩み、というほどのことじゃないけど、あのクリス様の積極性はどこから来るのだろうと考えていた。それで、コンラートにクリス様のことを聞いてみることにした。
「クリス様ってあなたから見てどんな方?」
思いがけない問いだったのか、コンラートは目を瞬かせる。それから眉を寄せた。
「……もしかしてうまくいってないのか? 僕は彼なら君を任せられると思ったんだけど」
このままではコンラートが誤解してクリス様を問い詰めそうだ。私は慌てて言葉を紡ぐ。
「そうじゃないの。私はクリス様を知らなかったのに、こうして婚約したでしょう? 私が見ているクリス様とコンラートから見るクリス様は違うのかなってちょっと思っただけ」
「へえ。クリス様に興味があるってことか」
「興味……と言われるとわからないけれど。それで、どうなの?」
このままだとクリス様が好きなのかと、そういった話になりかねない。私はまだコンラートへの気持ちを捨てきれないから、その話はしたくなかった。
コンラートは考えながらも答えてくれた。
「なんというか、大人しい方だね。あまり自分の意見を主張しないかな。周りの空気を読むことに長けていらっしゃるように思うよ」
「そうなの?」
私といるときは饒舌なのだけど。同性と異性じゃ違うのだろうか。なんとなく納得がいかなくて私はしきりに首を傾げる。
「浮いた噂も全くないし、誠実な人柄で、テイラー男爵家の後継だからね。ご本人は知らないようだけど、影では人気があるようだよ。令嬢本人よりはそのご両親にね。娘を任せたいってさ」
「へえ、そうなのね……」
「だから僕もニーナとお似合いなんじゃないかと思ってクライスラー卿に賛成したんだ。さすが、見る目があるね」
「お父様が……」
お父様の気持ちがわからない。実の娘ではなくても、お父様はずっと優しかった。何故私を身籠ったお母様と結婚したのか、実の子である弟が生まれても私の待遇を変えなかったのはどうしてなのか。
顔を歪める私に、コンラートは苦笑する。
「そんな顔をするんじゃない。クライスラー卿は君を愛しているからこそ、君の幸せを願っているんだ。それだけ思われる君が羨ましいよ」
私の幸せって何? クリス様と結婚することが私の幸せなの?
誰も彼もが私の気持ちなんて考えずに私に幸せを押し付けようとしている。確かに皆の言う通りなのだと思う。それならまだコンラートを求める私の気持ちは間違っているのだろうか。
目の前にいるコンラートが遠い。こんなに近くにいるのに見えない壁に阻まれて近づけない。それに家族もそう。私自身は何一つ変わっていないのに、事実が明るみに出た途端に、私は私ではない何かになったようだ。
だからだろう。私は思わず口にしていた。
「……クリス様に会いたい」
クリス様は私を見てくれる。そんな甘えに我ながら吐き気がする。私はクリス様の気持ちを知っていて利用しているのだから。
こんな私なんてクリス様に相応しくない。俯く私の頭にコンラートの手が置かれる。
「何を思い悩んでいるのかはわからないけど、思い詰めない方がいいよ。それにしてもクリス様はすごいね」
「……何が?」
「まだ知り合ってそんなに時間は経ってないだろう? 会いたいって思うほどニーナはクリス様に心を許しているってことじゃないのかい?」
それはきっと秘密を共有している唯一の人だから。そんなことは言えず、私はそのまま頷いた。
自分で自分の気持ちがわからない。コンラートが好きなはずなのに、会うのが辛くて苦しい。だけど、クリス様は好きかどうかわからないけれど、会うとほっとして穏やかな気持ちになれる。
その事実が何を意味するのか、私は考えないようにしていた。そうでなければ私の数年は無駄になる気がしたし、自分が移り気だと思いたくなかった。
コンラートは異母兄だから、思いを寄せることは間違っている。だからといって、すぐにクリス様にと切り替えられるものじゃない。してはいけないと思う。
「……すごくいい方だと思う。だから、クリス様に誠実でいたい。だけど、わからないの……」
「もう、その時点でニーナにとってクリス様が大切な方だって言ってるようなものだと思うけど、違うのかい?」
「ちが……わない、かも」
段々自信がなくなって尻窄みになる。すると、コンラートは声を立てて笑う。
「何でそんなに自信がないんだ? 認めてもいいじゃないか」
「それは……」
私にも事情があるから。言葉を飲み込んで唇を噛みしめると、コンラートはぽんぽんと私の頭を叩く。
「……僕らの都合に君を巻き込んで申し訳ないと思ってるよ。だけど、僕は君の幸せを願っているんだ。唯一の家族だからね」
引っかかる言葉に顔を上げると、コンラートは寂しそうに笑っていた。
どうして唯一なんて言うの? ご両親は?
だけどそれは聞けなかった。踏み込んではいけない雰囲気だったから。
──コンラートも何かを抱えている。だけど、私にはそれを埋めることはできない……
考えてみればコンラートは自分のことは後回しで私のためにずっと動いてくれていた。それなのに私はコンラートが自分の気持ちも知らずに幸せを押し付けてくると被害者意識で受け止めていた。
そんな私がコンラートを好きだなんておこがましい。
この頃から私は自分がコンラートのために何ができるのかということや、クリス様とのことを真剣に考えられるようになったのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。