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悲しい嘘  作者: 海星
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番外編2 誰にも言えない私の本心4(ニーナ視点)

よろしくお願いします。

「え……」


 唐突な告白に、私は面食らって言葉を失った。クリス様の顔は仄かに赤らんでいる。それはクリス様が本心を話している証拠に思えた。


 クリス様は続ける。


「私の気持ちに今すぐ応えてもらおうとは思っていません。あなたの気持ちが私にないことなど、とうの昔にわかっていますから。ただ、伝えたかったんです……あなたがずっと誰を見ていたのかは何となくわかっています」


 その言葉に私の顔から血の気が引いた。誰にも気づかれないようにしていたのにどうして。


 クリス様が決定的なことを話す前に、私はメイドに出て行くようにお願いした。婚約は本決まりになるとはいえ、適齢期の未婚女性が男性と二人きりになるのはどうか、とメイドは渋ったけど、クリス様の助けもあって二人きりになった。


 それでも私は認めるわけにはいかず、笑顔ではぐらかそうとした。


「……クリス様がどなたのことを仰っているかはわかりませんが、わたくしには覚えがありません」


 クリス様は痛ましそうに首を振る。


「……あなたはそうするしかないのでしょうね。コンラート様からあなたとの関係をうかがいました。だから私は敢えて口にはしません。あなたを追い込みたいわけではありませんから」

「どうして……」


 わかったのか、言わないのか、聞きたいことはたくさんあった。それでも、クリス様が私を労わってくれる気持ちが伝わって、私の胸に何かがつかえてそれ以上言葉にならなかった。


 悟られてはいけない、そう思っていたのに、報われない片思いに疲れ果てていた私の目に涙が浮かびそうになる。


「わかるのかと聞きたいのなら、私はずっとあなたを見ていましたからわかります。あなたの視線の先に誰がいるのか。辛かったのではないですか?」


 ──もう、やめて。


 その優しさに縋りたくなってしまう。


 誰も私の本心に気づいてくれなかった。気づかれてはいけないと思いながらも、声にならない悲鳴に気づいて欲しかった我儘な私の本心に。


 ぐっと涙を堪えていると、クリス様は頭を下げる。


「申し訳ありません」


 深く頭を下げているので、私の顔は視界に入っていないだろう。私は気づかれないように、さっと零れ落ちそうな涙を拭うとクリス様に問うた。


「何故謝るのですか?」


 クリス様は頭を下げたまま答える。


「……勝手に婚約を決めてしまったこと、あなたの心を暴いたこと、あなたの弱っている心に付け込んだこと、色々です。私は卑怯な手を使いました」


 言われて私は考えたけど、クリス様は別に卑怯なことはしていない。婚約を承諾したのは私だし、私の思い人が誰なのか彼は口にしていなかった。


「……いいえ。わたくしが婚約を受け入れたのですからお気になさらないでください。ですが、あなたはわたくしを軽蔑しないのですか?」


 クリス様は顔を上げて私を怪訝な顔で見る。


「一体何を軽蔑すると?」

「……気づいたのならわかるでしょう? わたくしは罪深いのです。好きになってはいけない男性を……」

「人を好きになることは罪ですか?」


 クリス様は真剣な表情で私に問う。思ってもみなかった返しに私は固まった。すると、クリス様は首を左右に振りながら続けた。


「あなたはただ、人を好きになっただけだ。あなたの生い立ちを考えると、あなたが彼に惹かれるのも仕方ないと思います。何も知らなかったのですから。それにあなたがそうやって一人で気持ちを抱え込んできたのは、周りの人を守るためでしょう? 私はそんなあなたの優しさをすごいと思うことはあっても、軽蔑はしません」


 会ったばかりなのに、どうしてこの方は私の欲しい言葉がわかるのだろう。


 目の奥が痛んで、我慢していた涙が溢れ出した。


 私は自分の気持ちを否定したかった。だけど、私はただ普通の令嬢と同じようにコンラートに恋をしただけだ。私がそうやって自分の気持ちを否定すればするほど、恋心は歪んで怒りや憎しみに変わっていった。


 どうして私ばかり。お母様がシュトラウス卿に惹かれなければよかったのに。私の気持ちに気づかないコンラートなんて嫌い。


 見たくない汚い感情ばかりが溢れ出して、恋がこんなに辛いのなら、彼に出会わなければよかったとさえ思った。


 それでもコンラートは私を徐々に妹として受け入れてくれるようになり、妹として心の距離は近づいていく。だから早く結婚して、思いを捨て去りたかった。


 知り合ったばかりのクリス様にそんな思いを打ち明けることはできず、私は嗚咽を堪えながらクリス様にお礼を一言だけ言った。


 クリス様は泣き出してしまった私に戸惑っていたようだけど、私にハンカチを差し出してくれた。


 受け取ったハンカチで涙を拭っていると、クリス様がまた謝る。


「申し訳ありません……泣かせるつもりはなかったのですが」

「……っ、いえ、ありがとうございます。泣いたおかげで楽になりましたから。わたくしは誰かに聞いて欲しかったのかもしれません」


 涙が止まった私が笑うと、クリス様も笑ってくれた。


「私でよければ話を聞きます。だから一人で抱え込まないでください。婚約者になるのですから……というと、またあなたの弱みに付け込んでいるような気がして心が痛みますね」

「本当に弱味に付け込もうと思ったら、ご自分では申告なさらないのではないですか?」

「いや、それが私の手なのかもしれませんよ?」


 クリス様は笑いをおさめて言うけど、私にはそう思えなかった。


「そう思えません、というとまた否定されるのでしょうね。ですが、本当にわたくしのことを……?」


 私の気持ちを知っていてもなお、そう思えるのだろうか。私にはクリス様の考えや気持ちがわからない。私は振り向いてくれないコンラートに苛立つばかりなのに。


 クリス様は笑顔を浮かべて頷く。


「……ええ。最初はただ綺麗な方だと思いました。どちらかというと苦手かもしれないとも。ただ、あなたが苦しそうだったり、楽しそうだったり、嬉しそうだったり、くるくると表情が変わるのでつい目を引かれました。そして、誰がそんな顔をさせているのかも。彼が羨ましいと思ったその時に、私は初めて自分の気持ちに気づきました。信じていただけるまで言い続けてもいいと思っています」

「……いえ、それはやめていただけますか……」


 誉め殺しとでもいうのだろうか。自分が聞いたくせに自分の受けるダメージが大きい。私は真っ赤になって必死に首を振る。


 クリス様はそうですかと残念そうに口を閉じた。何故がっかりするのかがわからない。


 だけど、それなら本当に婚約してもいいのだろうか、と私の心に迷いが生まれた。私はコンラートへの片思いを振り切りたくて縁談を承諾したのだ。それはクリス様の気持ちを踏み躙る最低な行為だと気づいた。


 私は今更ながらに申し訳なくて、その言葉を口にした。


「……やはり婚約の話はなかったことに……」

「いやです」


 きっぱりと一刀両断された。言葉を失った私に、クリス様は眉を下げる。


「きっと私の気持ちを利用して申し訳ないとか思っていらっしゃるのでしょうが、そんなことはいいのです。私もわかっていて縁談を受け入れたのですから。あわよくば私を見てくれないかという期待を奪わないでください。私はあなたに振り向いてもらえるまで頑張るつもりなんです」

「どうしてそこまでしてくださるのですか……?」


 困惑を滲ませて私が問うと、呆れたようにクリス様は言う。


「好きだからだと言っているじゃないですか。あなたが振り向いてくれる可能性があるから諦めたくないんです。例えそれが政略結婚だとしてもね」


 真っ直ぐ私を見るクリス様の思いの熱量に、ただただ圧倒されていた。私はここまで誰かを思ったことがないし、思われたことがない。


 それで気づいた。私はコンラートを好きだと思いながらも、クリス様のように形振り構わず求めたことはなかった。私は本当にコンラートが好きだったのか、ただ恋に恋していただけではなかったのかと。


 誰にも言えなかったせいで私は自分の気持ちがどういうものなのか、わからなくなっていた。クリス様と話したことで、私は逃げたかった自分の本心がどういうものなのかと初めて疑問を持った。


 クリス様との出会いは私の心に変化をもたらしてくれたのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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