番外編2 誰にも言えない私の本心3(ニーナ視点)
よろしくお願いします。
社交界デビューが終わってしばらくして、コンラートが溜息を吐くことが増えた。もしかして私のことがうまくいってないのか、そう思って聞いたのに、答えは意外なものだった。
「……ユーリの様子がおかしいんだ」
その言葉にピンときた。ユーリ様は私たちの仲が噂通りだと信じているのだろう。あの夜のユーリ様の泣きそうな顔が思い浮かぶけど、私がそれをコンラートに言うべきじゃない。だから私は、ユーリ様のお母様が亡くなったことが原因ではないかと言った。
コンラートも夜会でユーリ様の様子がおかしいことに気づいていたようだ。もっと気にかけていればと悔やんでいる。
コンラートが女性を気にかけることは初めてかもしれない。だけど、どうしてユーリ様なのか。ユーリ様は好きだけど、コンラートの口から聞かされると心が粟立つ。
嫉妬が顔に出ないように、私はわざとコンラートをお兄様と呼んだ。勘違いしてはいけない、私は異母妹なのだから。
コンラートにユーリ様とは親しいのかと聞くと、コンラートはどこか遠い場所を見るように目を細める。
「どうかな。僕にとっては彼女は特別な人なんだけど」
それでわかった。コンラートもユーリ様を好きなのだと。
──私のことは無視しようとしたくせに。
ドロドロと嫌な感情が溢れてくる。私は思わず口にしてしまった。
「……何だか妬けますね」
私の言葉に怪訝な顔をするコンラート。
だけど、私は絶対に本心は言わない。私も一応貴族の端くれ。淑女の仮面を被ることなど造作もない。
親切めかして私はコンラートのためという名目でユーリ様の様子をうかがうことを約束した。全て私のためなのに。
私は彼の力になることで、彼に信頼されたかった。必要とされたかった。そのために自分が望んでもいないことをするのは馬鹿だと自分でも思う。
だけど、メリッサ様が彼に選ばれることだけは我慢できなかった。それならユーリ様と彼が結ばれた方がマシだ。
色々なことを天秤にかけて、これが私にとって最善だと思えた。その時の私は本当の意味で彼を応援することをわかっていなかったのかもしれない。
◇
それから私はユーリ様に近づこうと頑張った。さすがに呼ばれてもいないのに伯爵邸にお邪魔することはできないので、お茶会や夜会で話しかけるつもりだった。
だけど、ロクスフォード伯爵家はユーリ様のお母様が亡くなってから悪い噂が付き纏うようになった。そのためこれまでユーリ様を持て囃していた子爵家や男爵家の令嬢たちは、手のひらを返したのだ。ユーリ様と同じ伯爵家の令嬢であるメリッサ様につき、ドレスを新調できないユーリ様を嘲笑ったり、あることないこと噂したりもしていた。
さすがに気分が悪くて止めようとしたのだけど、ユーリ様本人に止められてしまった。自分を庇ったら次は私が標的になるからと。
私は自分のためにユーリ様を利用しようとしているのに、ユーリ様は私を心配してくれる。それがすごくいたたまれなかった。
そのことをコンラートに話すと、ユーリらしいと慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
惨めだった。最近コンラートは私のことや仕事で忙しくて、ユーリ様と話すところなんて見ていない。それなのにコンラートはユーリ様の人柄までわかっているようだ。恋愛感情じゃないなんて嘘。コンラートはユーリ様を好きだと思う。
結局二人は両想いなのだ。それを私がぶち壊した。それをわかっていてもなお、私は自分がユーリ様の気持ちを代弁できないと詭弁で誤魔化してコンラートには話していない。
恋をすれば女は綺麗になるはずではなかったのだろうか。私はコンラートを好きになるたびに、自分の性根が腐っていくようで、自分を嫌いになる。
そうして私の初恋も腐っていくようだった──。
◇
そんな思いに疲れてきた私は、恋愛というものがわからなくなっていた。時間だけが経過して、私の縁談は一向に決まらない。いっそ結婚してしまえば、この苦しい片思いから抜け出せるような、そんな気がしていた。
私はただ、逃げたかった。行き場のないコンラートへの思いと、お父様の娘ではないという現実から。
だから、コンラートからクリス・テイラー男爵令息との縁談を勧められた時に、悲しい反面安堵を覚えて、一も二もなく承諾した。
そして、コンラートはコンラートで、ユーリ様との縁談をロクスフォードに申し入れると決めた。それもまた、私には辛い現実だった。それでも悲しみを押し殺して、私はおめでとうと笑うことしかできなかった。
◇
「はじめまして……ではないのですが、あなたはきっと気づいていないでしょうね。クリス・テイラーと申します」
「あの……はじめまして。クライスラー男爵が娘、ニーナと申します。よろしくお願いいたします」
意味深な言い方をするクリス様に戸惑いながらも、私はカーテシーをした。
クライスラー家に縁談の話をしにきたクリス様は、そのまま私に挨拶がしたいと、こうして応接室で対面をしている。
私はクリス様に見覚えがなかった。優しそうな顔に話し方。何度見てもわからない。そんな私を見透かしたのか、クリス様は苦笑する。
「私は特に特徴がないのが特徴なんです。お陰で相手にあまり警戒されることもないのですが、なかなか覚えていただけないのが難点でして」
「そう、なのですか……?」
頷くのも失礼だろう。曖昧に答えると、クリス様は更に言う。
「……あなたの場合は私が視界に入っていなかったでしょうし。あなたはよくコンラート様とご一緒でしたから」
「……いえ、そんなことは」
「ですからクライスラー家から縁談の話をいただいた時は耳を疑いました。本当に私が相手でよろしいのですか?」
探るように私を見据えるクリス様に、私は一瞬なかったことにしたいと思ってしまった。言葉に詰まったけど、私は笑って答える。
「ええ。でなければ承諾しないと思います」
「それはクライスラーの意思です。あなた自身の気持ちはどうなのですか?」
私の気持ち。何故クリス様がそんなことを気にするのか。家同士で話がついているのだから、もうそれでいいだろう。私はその問いに答えず問いで返す。
「わたくしの気持ちなど知ってどうなさるのですか?」
クリス様は迷うように顔を俯けると、再び顔を上げた。その顔は緊張しているようで強張っている。私もつられてしまい、固唾を飲んでクリス様の返事を待った。
「……私はこのお話をいただいた時、戸惑いましたが嬉しくもありました。あなたがお相手だったからです」
「それはどういう……」
クリス様は私を真っ直ぐに見て、真剣な表情で告げた。
「私はあなたが好きです」
読んでいただき、ありがとうございました。