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悲しい嘘  作者: 海星
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番外編2 誰にも言えない私の本心1(ニーナ視点)

ここからニーナ視点になります。


よろしくお願いします。

「……あなたは、お父様の子どもではないの。本当の父親はシュトラウス卿なのよ」


 お母様が辛そうに私に告げたのは、目を逸らしたくなる真実だった。その日私は、自分の存在意義を疑い、同時に初めての失恋を味わった──。


 ◇


 私はずっと、ニーナ・クライスラーとして生きてきた。クライスラー男爵家の娘として、お父様には溺愛され、お母様には厳しく育てられたと思う。


 私には十歳も歳の離れた弟がいる。弟のルドルフは後継だからか、反対にお父様は厳しくてお母様はルドルフには甘い。ルドルフには姉上は父上に優しくされて羨ましいとよく言われた。


 だけど子どもの頃、下働きの女性たちがお母様の話をしていて、それを聞いた私はお母様に嫌われているのかと思い、お母様に尋ねたことがある。


「お母様は私がいるから死にたかったの?」と。


 お母様は誰がそんなことを言ったのかと、恐ろしい形相で私に詰め寄ってきた。その顔があまりにも怖くて幼い私は泣いてしまった。


 慌ててお母様はあなたは大切な娘だと私を宥めるけど、私はその時のお母様の形相を忘れることができなかった。だから私はそのことは禁句なのだと思い、口にしなくなっていた。


 そんな私の社交界デビューが近づいてきて、両親の様子が徐々におかしくなってきた。お父様は顔を顰めて考え込むことが増え、お母様は私の顔を見て何か言いたそうに口を開きかけてはやめるということを繰り返している。


 不思議ではあったけど、その頃の私には他に気になることがあった。社交界デビューを果たせば大人の仲間入り。もう結婚ができるのだ。

 女の身で私が結婚相手を選べるわけではないとわかっている。結婚は家と家との結びつきだ。それでも、相手が素敵な人だと嬉しいと頭に思い浮かんだのは、茶会で話題の中心になっていたコンラート・シュトラウス子爵令息だった。


 私は直接話したことはないし、向こうは私を知らないと思う。ただ、年頃の女の子たちの間では、彼の心を射止めるのは誰かという話で持ちきりだった。主にメリッサ様が彼のことを口にしては、他の令嬢がお似合いだと褒めそやすのだけど。


 私も一応年頃の娘だから、メリッサ様の話す彼が気になった。偶然参加していた茶会でそのお屋敷に彼が仕事で来ていると聞き、他の令嬢とこっそり影から見た瞬間、目を奪われた。


 整った顔立ちに、引き締まった体躯。笑うと途端にとっつきやすくなる豊かな表情。

 正直に言うと、他にも素敵な男性を知っていたけど、彼は私を惹きつける何かを持っていた。


 そう、その瞬間私は恋に落ちたのだ──。


 だけど運命は皮肉なものだ。

 ある日真剣な表情の両親に、落ち着いて聞いて欲しいと言われた内容は私がシュトラウス卿の娘だということだった。


 悪い冗談はやめてと笑った私とは反対に、泣き崩れるお母様を見て、私はそれが紛うことなき真実なのだと痛感した。


 初恋は叶わないというけれど、これはあんまりだ。近親相姦は罪。私はそんな気持ちを抱いた自分に嫌悪してしまった。そして、そんな思いをさせたお母様も。私の中に流れるお母様の血が、コンラートに流れるシュトラウス卿の血に惹かれたのだろうか、なんて考えたりもした。


 それに、どうしてお父様が私に優しかったのかわかった。結局私はお父様にとっては他人の子。実の子に向けるほどの愛情はないのだと。ルドルフを厳しくしつけるのはお父様の愛の鞭。なら私は──?


 お母様が死にたかったのは、未婚女性が独りで子どもを育てることが大変かを知っていたからだ。私がお腹に宿ってしまったから、お母様は追い詰められた。だからお母様は私に厳しくするのだ。私を憎んでいるから──。


 信じていたものは全てまやかしだった。そう思った私は家族と距離を置くようになった。


 ◇


「ねえ、ニーナ……。例え血が繋がってなくてもお父様があなたを可愛がっていたことは本当なのよ。だから、前みたいにお父様と話してあげて」

「お母様、何を言っているの? 私はいつも通りよ」


 あれから一週間経つが、私は社交以外は自室にこもるようになった。ちらちらと様子をうかがわれるのも精神的にしんどい。腫れ物に触るような態度が、余計に私に現実を突きつけてくるようだ。


 今も私は自室で刺繍をしていたのだけど、お母様が入ってきて、向かいの椅子に座るなり私にそう言ったのだ。だから私も答えたのに、お母様は納得していないのかまだ渋面を作っている。


「いつも通りではないでしょう? そんなの私にもわかるわ」


 気遣わしげに話すお母様の言葉は、私の心を苛立たせる。


 ──わかったようなことを言わないで。私の気持ちなんてわかるわけないのだから。


 初恋の男性が異母兄だった私の気持ちがわかる?

 この家に身の置き所のない私の気持ちがわかる?


 だけど、そんなことは口にできない。その言葉はよりお母様を追い詰めてしまうから。


「……ただ、まだ気持ちの整理がつかないの。しばらくそっとしておいて」

「そう、わかったわ……話は変わるのだけど、近いうちにコンラート様をお招きするつもりなの。あなたももうすぐ社交界デビューするし、そうなるとあなたの嫁ぎ先も見つけなければいけない。そのこともコンラート様に相談しようと思っているわ……情けないのだけど、私とお父様ではあなたを守りきる自信がないの。本当にあなたには申し訳ないと思う」

「え……」


 どこまで運命は残酷なのだろうか。失恋しただけでは飽き足らず、その相手に自分の縁談を見つけてもらうなんて。


 それに、どうして私は両親に守られなければいけないの? いっそシュトラウス卿に、あなたの娘ですと言って押し付ければいいのに。そうすれば二人は楽になれるし、後継にはルドルフがいる。私にこだわる理由なんてないのだ。


「……私がシュトラウス家に引き取られれば問題は解決するのではないの? シュトラウスとの繋がりも作れるし、お母様もお父様も私に気を遣わなくて済むわ」

「そんなことできるわけないでしょう!」


 声を荒げたお母様に、私は自嘲して呟く。


「……そうよね。シュトラウス卿だって面倒を押し付けられるのは嫌に決まっているわ。それならもう、お父様やお母様の思う通りにすればいいわ。私はそれに従えばいいのでしょう?」

「ニーナ……」

「……お願い。一人にさせて……」


 お母様は頑なな私には何を言っても無駄だと悟ったようで、嘆息すると立ち上がり、部屋を出て行った。


 お母様の足音が遠ざかっていくと、刺繍をしていた布に、ぽつぽつと水滴が落ちていく。それから堰を切ったように涙が流れ、嗚咽が漏れる。


 お母様に泣いているところは見せられない。お母様はきっとまた自分を責めてしまうから。それに涙の理由は誰にも話せない。


 どうしてあの人は兄なのか。いつか対面できることを願ってはいたけれど、初めての対面は妹としてだなんて……


 色々な気持ちが胸の中に渦巻いて苦しい。その気持ちは吐き出し口を求めて、涙になっているのかもしれない。楽になりたくて、私はひたすら涙を流していた──。

読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 番外編1の完結、そして100話目到達、どちらもおめでとうございます。 [一言] たとえ同じ出来事を前にしても、それぞれの視点や抱えている背景によって全く出来事に映るのが、当然でありつつも不…
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