兄弟の契り?
女性陣が意外にもすぐに打ち解けた空気になったせいか、食事は終始和やかに進んだ。
料理を出す際は、伊久磨と幸尚で出す順番にほとんど時間差がないよう、軽い目配せで呼吸を合わせて皿を置いておく。ドリンクに関しては「酒はザルだぞ。いくらでももってこい」という田中家父のオーダーをよく聞いて、伊久磨がセレクトする形でサーブを続けていた。
「お邪魔するよ。いまどの辺?」
ちょうどメインの肉料理まで進んだときに、店の裏口から湛が顔をのぞかせた。
たまたま幸尚をホールに残して、伊久磨がキッチンに戻っていたタイミングであり、驚いて足早に駆け寄る。
「まさか、湛さんが配達まで。急なお願いですみませんでした」
本来であれば、朝の早い職人の湛は上がっていても不思議はない時間だった。おそらく、残業になったのだろう。仕事を終えて帰りに寄ったのか、服装は作務衣ではなくジャケットを羽織った私服姿だった。
湛は伊久磨に「いや、いいんだ」と軽く答えて品物を詰めた紙袋を持ち上げてみせる。
「フェニックス案件だっていうし、ちょうど良かったよ。『椿屋』では俺が担当している。田中様のお好きなものも把握しているから、きちんと揃えておいた」
言いながら、キッチンを見回す。目が合った由春が表情を作り損ねてから剣呑な目つきになったが、どこを吹く風、湛は空恐ろしいほどに爽やかに微笑んだ。
(この二人っていつ以来顔合わせてなかったんだろう)
ちらりと思い当たってしまってから、気付かなかったふりをして伊久磨は湛に尋ねる。
「やっぱり、湛さんもフェニックスとかご存知なんですか」
「まあね。べつに便宜をはかってもらっているわけじゃないけど、注文を受けることくらいはある。そういうの、関わり合って当主の香織に何かあっても困るから、俺がやるんだ」
相変わらず。
(さらっとそういうこと言うんだよな、このひと。結局、香織を支えて守っている)
ちょっとお邪魔するね、と言って湛はキッチンに踏み入れる。目が合った心愛に軽く会釈してから由春に向き直った。
「由春。挨拶出たのか」
ちょうど、幸尚が「そろそろお食事終わります」と足早に戻ってきて小声で告げ、湛に気付いて頭を下げる。
由春はそれを受けて「今から行く」と短く答える。湛から目を逸らさぬまま。
湛が頷いた。
「わかった。俺もご挨拶して行く。正面から入る。タイミングは合わせられるか」
由春はわずかに眉を寄せたが、剣呑なまなざしのまま、無言で頷く。
それを確認し、湛は裏口から出て行った。
伊久磨はデザートプレートを広げていた心愛に目を向け、「いってきます」と声をかけてから、キッチンを出る。
由春もその後に続いた。
少し待つ。
湛がエントランスから入って来たのを確認し、追いついてきたところで三人で食事のテーブルへと向かった。
* * *
由春がテーブルについたところで、その横に湛が立つ。
二人に気付いた田中父が、おや、というように鋭い目を細めて見せた。
「本日はおめでとうございます」
由春が頭を下げるのと同時に、湛も頭を下げる。
「水沢か」
声をかけられて、湛は涼しい微笑を浮かべながら顔を上げた。
「お嬢様のお祝いのお席とお伺いしました。おめでとうございます。佐藤様よりご用命頂いていたお品物をお届けに上がりました」
そう言って、伊久磨に紙袋を渡す。受け取って「後ほど」と伊久磨は短く告げた。
「なんだお前、この店はよく使っているのか。良い店だ。教えて欲しかったなぁ」
ニヤリと笑いかけられて、湛もまた笑みを深めた。
「お気に召して頂けたようで何よりですが、御覧の通りスタッフも若いのばかりでまだまだこれからの店です。田中様の御眼鏡にかなうようになるには、あと十年、二十年といったところでしょうか」
少なくとも、十年、二十年は来るな、と言外にはっきり言っている。
「椿屋の経営か?」
関連会社かと問われた湛は、由春の腕に手を添えてしれっと告げた。
「義弟です。身内の店ですので、ご紹介というのも手前味噌といいますか」
自分の身内だから、手を出すなと。
(さすが)
傍で見ていても、相当の圧をかけられているのが伝わって来るのだが、飄々とした態度を崩さない。
湛に対し、そのまましばらく、笑みを浮かべたままキツイ眼光を浴びせかけていた田中であったが、ふっと柔らかい笑みをこぼして視線を由春に向けた。
「岩清水だな」
「お久しぶりでございます」
「前に出していた店。なかなか見どころがあると、買っていたつもりだったんだが。俺の誘いを断って、この街を出て行ったときにはひでぇことしやがると思ったもんだ。ま、でも修行の成果はあったな。うまかった」
今日の料理、と。はっきり続けて言った。
ありがとうございます、と由春は深くお辞儀する。
(……そういうことか)
ああ、と伊久磨は表情に出さぬまま深く納得してしまう。
見ればわかる、と言った由春は実際に「フェニックス」に会ったことがあったのだ。おそらく、「ボナペティ」を出していたときに、青田買いとして声をかけられていたに違いない。
であれば、こういった対面は遅かれ早かれ避けられなかったのかもしれない、と思った。
「まあ、確かに。水沢の言う通りだな。次に来るとしたら、そこの黒服がもう少しデキャンタ―ジュが上手くなってからが良さそうだ。ワインを台無しにされたくないからな」
ちらりと視線を向けられて、伊久磨は黒服が誰を示しているかを理解して、無言のまま頭を下げた。
その後デザートまで滞りなく食事は進み、「海の星」は閉店を迎えた。
* * *
「いやー、お疲れさま。俺の料理は相変わらず良過ぎたみたいだけど、伊久磨のデキャンタが下手で命拾いしたみたいだな。ありがとうな!」
打ち上げするぞ、というオーナーシェフの号令で、四人で急いでキッチンを片付けた後。
由春に「ありがとう、ありがとう」と抱き着かれて背中をぽんぽん叩かれた伊久磨は、「難癖じゃないですかね」と由春によく聞こえるように耳元に唇を寄せてはっきりと言った。
「いや~? 結構本音だと思うぞ。お前、普段あのクラスのワイン扱ってないから、上手くなかったんだよ。というか下手。気持ち良いくらいずばっと言ってもらって、良い勉強になったな」
大笑いしながら背中を叩き続ける由春に、何を言うのも面倒になった伊久磨は「笑い過ぎ」と抗議してからぼそりと続けた。
「実際、今日一番の功労者は『お義兄さん』ですよね。ほんっと、岩清水さんは人の縁に恵まれてます」
確実に、湛に助けられている。弟分たちの危機に駆けつけるという、兄貴分としての役目を十二分に果たされてしまった。
もちろん由春にとっては、面白いわけがない。
それをよく心得た上で、幸尚もまた畳みかけるように言った。
「カッコよかったっすよね、さすが兄貴!! ハルさん、あんなカッコいい人が兄貴なんてうらやましいっすよ!! 『義弟です』ってはっきり言ってましたからね!!」
がばっと由春が伊久磨を突き飛ばすように身を翻す。
「まだだろ。まだおとうとじゃねーし、兄貴じゃねーし!! フライングにもほどがあるだろ!!」
キレ気味に吠えてから、幸尚を追いかけに行く。やべっと言って幸尚が走って逃げた。
「キッチンで走るな!!」
じゃれた二人が心愛にぶつかったりでもしたら、と伊久磨は思わず声を上げてしまう。
それまで、にこにこと笑って見ていた心愛が、伊久磨に目を向けた。
「水沢さん、名前は聞いていたけど、わたしは会うのは初めて。帰りに挨拶して行ってくれたから、余分に作っていたマカロン持って帰ってもらったんだ。家で待っているひとが喜びます、って言ってくれて」
裏も影もない明るい表情で言い終えてから、首に巻いていたネッカチーフに指をかける。
ふっと、目が、遠くを見た。
しかしすぐに笑みを取り戻して伊久磨の目を見つめる。
「水沢家・岩清水家のお顔合わせ、今日と同じ料理で行こうって言っていたけど、デザートは変えなきゃね。マカロンだともう驚きがなくなっちゃうから。和菓子職人さんだし、こっちも頑張らないと。何がいいかな」
言い終えて、しゅるりとネッカチーフを外す。
かける言葉を探して、見つからぬまま、伊久磨は「そうですね」と中途半端に答えていまだ騒いでいる男二人に目を向けた。
ここ最近の懸念事項が消え去った二人はひどく晴れ晴れとした様子で、それを見つめる心愛の表情にも何一つ曇りは無いように見えた。
第9話「表と裏」はこれにて終了です。
この第9話を書いている間にブクマが100突破しました。ありがとうございましたー!!
(そして評価人数様もブクマ割合からは考えられないほどたくさん!!ありがとうございます!!)
初期の感想返信でも書いているのですが、もともと「読む人いない」という理由で書くのをずっと躊躇っていたお話です。5月くらいにふと気の迷いで第2話を書いた後もくよくよしていて……
ある時何か突然吹っ切れて書き出したんですが(笑
(絶対に数字が出ないと思いながら書くのは、かなり覚悟がいります。今は「どうしても書きたい」が勝って書いていますが、数字が出ない間も感想いっぱい書いてくださる方々がいたおかげで「このお話の力を信じてみよう」と思えたから書き続けています)
などと突然振り返りをしていますが、まだお話は続けたいと思っていますので、お付き合い頂けると幸いです!!
ありがとうございました!!




