あまりまろきは、転びやすきぞ(1)
真っ白い封筒に、金の箔押し飾り文字。
月桂樹と鳩の浮き出し加工。
結婚式への、招待状。
差出人は、元同級生。
仕事から帰ってきて、習慣でのぞいた郵便受けで見つけた。
(結婚……!?)
自室で開いてみて、内容が想像と違わぬことを確認。
柳奏は、カッターの刃を出したまま机に向かって立ち尽くす。
奏の年代はすでに順調ならば高校は卒業している。婚姻可能年齢を迎えている以上、法的に問題ない。相手がいて、生活する上でその方が良いという判断になったら、そういうことになるだろう。つまり。
結婚。
「つい最近まで、『彼氏』が欲しいって言っていたのに……。結婚したらそのあとはつまり……妻とか夫……夫婦……」
くらっとめまいがして、奏は目の前の机に手をついた。
二人の関係性を示す言葉の響きからして、すべて次元が違う。
数年以内に子どもが生まれ(もしかしたら数ヶ月以内かもしれない)、育ち、十年もすれば「子どもが大きくなってきたから少し時間が出来て」なんて言い始めて早々と第二の人生をスタート。
さらに十年後は子どもが結婚して孫が出来ていたりして。知り合いの知り合いくらいにいたはずだ、四十歳手前でおばあちゃんデビューした女性が。晩婚の同級生の生んだ子どもと、自分の孫が保育園で一緒とか。
(ありえない。色々とありえなさすぎて)
奏は手紙とカッターを机にそっと置き、緩慢な仕草で歩いて、ベッドに飛び込む。
結婚式というのは一般的に、幸せの象徴のようなものだ。
高校を病欠からの退学した奏にまで招待状をくれた件について、皮肉ではなくほんのり嬉しい。後日誰かから「結婚したよあの二人」なんて聞かされて、自分が招かれなかったことに気づくよりは全然良い。
(そもそも「結婚するんだってね!」て気軽に連絡する相手もいないんだけど。最近、ほとんど誰とも連絡とってない……)
スマホを持ち上げてはみたものの、メッセージを送る相手がまったく思いつかず、ベッドの上に投げ捨てた。
祝うべきことだし、へこむなんておかしい。
頭ではわかっているのに、もやついた気持ちが消えない。それを誰とも話せない。胸の中で燻り、焦げ付き始める。じりじりと。
高校を辞めて働いて、いまはまだ目に見えるほどの大きな差はない。
だがこの先十年もすれば、そのときには。
生まれた街を出ることなく、徒歩圏内の生活区域で自宅と仕事場を行ったり来たり。人生に変化を望む気すら失せて、毎日ただ生きるだけの日々に疑問すら抱かず。同級生には大きく差をつけられている。自分はその人生に、耐えられるだろうか――
ふっと脳裏に浮かんだのは、勤め先の上司で命の恩人でもある椿香織の顔。
ずっと地元で狭い人間関係の中だけで人生が終わりそうで不安だ、なんて言おうものならにっこり笑って言うに違いない。
――俺の話?
(あてつけているつもりは無いけど。どうやってこの状態から幸せになれるのか。この先も連続する知人の結婚をやり過ごして、どれほど出会いに恵まれなかろうと毎日が灰色だろうと自分は自分だと気を強く持てるようになるのか)
香織がいまの生き方で幸せだと示してくれたら、奏だって幸せを諦めないですむ。社長なんだからそのくらいしてくれたっていい。つまり、夢のある生き様を見せて欲しい。
そんな身勝手過ぎる思いを胸に、ベッドの上でうつ伏せになり動きを止める。
一日の仕事はたいして重労働だった覚えもないのに、疲れが出たのかそのまま寝てしまった。
次に目を覚ましたときには真夜中を通り越して、朝。
人生の残り時間が、今まさにものすごく早く失われていっている。
カーテンから差し込むさわやかな朝の光を、奏はぼさぼさ髪のまま唇をかみしめて見つめてしまった。
このままではいけない。
何か。何かしなければ。
香織に出会って仕事を見つけ、これまでと違った人生を歩めるとそのときは思っていたのに。
ほんの三ヶ月でこのザマだ。
油断すると、日々は繰り返しの中に埋没していき確実に年だけをとる。
いまの生活をどうにか変えねばならない。
これまでで一番強く思った。
焦っていた。




