王子様業、試練(2)
デート? 仕事?
(デートかと思ったけど、仕事の線も捨てきれない。西條さんの誘い方だといまいちわからないな~~)
仕事が終わって帰宅して、大悩み。
待ち合わせは朝早く、駅。聖の言い分を聞く限り隣県の美術館に行きたいらしい。一人で行くよりは二人で行きたい、と。
それは観光なのか、同業者としての視察なのか。
一緒に行きたいというのは、専門家を同行させたいのか、まどかと過ごしたいという意味なのか。
一切合切、不明。
わからなすぎて「新幹線より車で行った方が小回りきいて便利ですよ」の一言まで飲み込んでしまった。
まどかは運転がそれほど苦ではないが、往復を考えればさすがに疲れる。聖に関してはどれくらい運転するかもわからず、任せた結果無理をさせてしまうのも本意ではない。それならば、いっそ新幹線でさっと移動しようというのは、理にかなっている。であれば残る問題は、服装や持ち物だ。
(いくつになっても、悩むときは悩む。デートだと思って気合を入れていったら向こうはそんな気じゃなかったとか。でもどこで誰に会うかもわからないし、同業他社に変な格好でも行けないし……)
ぐるぐる悩んだあげく、プライベートなんだから普段の外出着でいいや、と決断。レトロな柄物のワンピースで、気温的にカーディガンなどは羽織らない。荷物も、財布やスマホ以外に、飲み物一本入る程度のバッグ。足りないものは現地で。食事も、聖が目星をつけているかもしれないから変に用意したり調べたりしない。任せるところは任せる。
結局、なるようになれ、と全部考えるのをやめてベッドに入った。
そして、ろくに寝られないまま朝を迎えた。
* * *
「おはよう、まどか。寝てないの?」
駅にて出会い頭の一言に、轟沈。状況が許せばその場にしゃがみこんで穴を掘って潜ってしまいたかった。帰りたいなんて思っていないのに、早急に彼の前から隠れてしまいたい。
(「館長」呼びじゃない……! ガチプライベート! 初手であっさりわからせてくるなんて、イケメン怖い……)
イケメン怖いと言えば、遠目に聖の姿を見つけたときから、怖かった。
もし人間のオーラが目に見えるのであれば、明らかに一般人ではないものが出ている。その証拠に、通勤・通学らしい人の流れの中、聖にはいくつもの視線が投げかけられていた。
顔が小さい。手足が長い。Tシャツにジャケットといったラフな出で立ちがそのスタイルの良さを際立たせ、顔立ちの美しさを印象付ける。
(よく漫画でモブ寄りの主人公がイケメンヒーローに近づくと「えー? 彼女があれー?」なんて聞こえよがしな悪口叩かれる場面あるけど、現実にはそんなことないってわかっているのに幻聴が聞こえてきそう。聞こえる。絶対に聞こえる。釣り合いというものが。西條さんと私、少女漫画とギャグ漫画くらい、テイスト違うから……)
その自意識をどうにか振り切り、まどかは聖に笑いかけてみせた。
「おはようございます。西條さん、今日はよろしくお願いします」
「うん。まどか、今日は一日そういう感じ? 聖でいいよ。呼びにくいかな。結構周りはふつうに呼んでるけど」
笑顔のまま、固まる。
(イケメン……怖ッ……! ラスボスのダンジョンでもこんな、玄関口に通過儀礼置いておいたりしないよね……! まだ駅にも入ってないのにごりごりに体力削らないで欲しいんですけど!)
だから、三十女のこの自意識がいけない。再度自分に言い聞かせる。
道行くひとを振り返らせるイケメンが自分だけを見て「俺を名前で呼んでみて」と言うシチュエーションなど、今生どころか前世と来世を合わせても二度とないかもしれない。素直に素直に「イケメンやったー! ありがとうございます!」くらいの前向きな気持ちで向き合わねば、人生楽しみ損ねているというもの。
いざ。
「聖……」
「あーっ、新幹線の時間結構迫ってる。行こう行こう、切符買わないといけないんだよね? 東京あたりだと全部チャージですませてるし、こっち来てからは普段乗らないからよく知らないんだ。券売機行けば良いのかな」
(ぁ~……! 渾身の名前呼び、流されました!)
タイミングの神様に見離された。
声にならない絶叫を喉の奥に押し込め押し込め、まどかは「うん」と笑顔で答える。これはこれで良かった、問題ない、と自分を無理矢理に納得させると、駅へ向かって歩き出した。
「往復券買っちゃうのが一番安上がりだと思う。予定が大きく狂うことないならそれで良いと思うから、行きましょう」
「さすがしっかりしてる」
さらっと褒められて、ちょっとだけ嬉しいなと思ったそのとき。
肩を並べた聖と、手と手がぶつかって、そのまま掴まれた。
手をつないでいる、というのは思考の空白五秒後くらいにようやく理解した。
(……!? まだ地元だしどこで誰に会うかもわからないのにそんなっ……!?)
心臓がいちいち大騒ぎで、テンションの乱高下が凄まじく、まだ出会って数分だというのにもうHPが残り少ない。
今日が終わる頃には死んでいるかもしれない、と危ぶみつつまどかは薄く曇った空を見上げた。