同病相憐れむって、一緒にしないでほしい(5)
「こ~いうところ、すごい久しぶりに来た……」
アニメキャラののぼりの立つチェーンのファミレスを前に、香織が感慨深げに呟く。
一緒に食事でもと誘われた澪が、「俺が店を選んで良いですか?」と爽やかに言ったので、誰も異論なくついてきたところ、駅前のファミレスにたどりついたのだった。
(これは……っ。香織さんとか和明さんのイメージじゃないんだけど!?)
良い年齢した大人をこんなところへ連れてきて良いのかな、このひとたち普段「海の星」だよ!? と内心ハラハラする光樹をよそに、澪は平然とした調子で笑っていた。
「高校生なんで、高い店は無理だし。かといって、話し合うこともあるのに並んでラーメン食って終わりってわけにもいかないですからね。ファミレス便利~」
さっさとドアを開けて中に入り、「お好きな席へどうぞー」と声をかけてきた店員に「ありがとうございます」と絶品スマイルで返している。
六人掛け程度の窓際のボックス席に進んで、奥に樒と香織が向かい合って座り、通路側に光樹と澪で向かい合って座ることになった。
澪はスマホを出して「俺、アプリのクーポンから選ぶのでメニューはいいです。光樹くんも見る?」と声をかけてくる。
「あ、はい。アプリ入れてないんで……」
「普段来ない? 便利だよ」
「あの、学校で友達そんないないっていうか、家族ともこういうところ来ないし」
しどろもどろになりながら、スマホを受け取り、年長チームへと視線を流した。香織と樒はメニューを広げて「結構いろいろあるね」「ビールでいい。あと枝豆」「え~? 未成年いるのに? ちゃんと飯食おうよ」とそれなりに会話をしている。そののどかな様子にほっとして、画面に目を落とした。
「澪さんはもう決まってるんですか」
「どうしようかな。結構来てるから大体食べてるんだよね。光樹くん、好き嫌いは? 俺のおすすめはね」
身を乗り出してきた澪が、一緒に画面をのぞきこむ。さらっと綺麗な黒髪が動きに沿って流れて、光樹は見たままに「髪長いですね」と感想を口にしてしまった。澪は、落ちてきた髪を手で軽く後ろに流しながら「そうだね」と答える。
「ときどき女装するから。やっぱり長い方が映えるんだ。べつに手入れ面倒なわけでもないし。香織さんも昔は長かったんだよね、茶色に染めて。それが妙に着物に似合うって言われていて、良いなぁって思っていたんだ。今みたいに髪切って黒くしてもやっぱり着物が様になるから、なんでも似合うんだろうね。いつ見ても格好いい」
はぁ、と間の抜けた返事になった。なにしろ、情報量が多い。
(とりあえず澪さんの女装ならアリかなって思ってる自分がいる。純粋に見てみたい。すごく似合いそう。あと香織さん……まあ、うん。俺と知り合う前の……)
香織の人間関係は当然、自分とは一回り上の世代からだと思っていた。けれど澪のような弟的な存在がいたのかと思うと、不思議な気がする。断じて、嫉妬ではない。と、思う。別に香織を取り合うつもりは毛頭ない。
「お腹空いているからガッツリしたのが良いかな。ハンバーグとか」
澪が気安い調子で言いながら、スマホの画面をスクロールする。それを目で追っていた光樹は、気になるメニューを見つけて指でぴ、と止めた。
「有名シェフ監修、コース料理ってありますね。美味しいのかな。俺だったら何食べても美味しいけど、こういうのシェフが食べたらどう思うんだろう」
季節のイチオシメニューに、コラボ企画らしき料理。澪が「シェフ?」と聞いてくる。
「バイト先の……。俺、レストランでピアノ生演奏のバイトしているんです。すごい本格的なレストラン。ああいうお店のシェフやスタッフって、こういうお店来るのかなって思って」
「へー、生演奏のバイトってすごいね。どこのお店?」
「『海の星』っていうんですけど。値段は高めで……。お祝い事やデートで使うひとが多いみたいですよ。すごく綺麗なお店です」
「そうなんだ。覚えておく」
澪との会話は、引っかかりがなく、初対面なのに安心して話せる。
(澪さんって、絶対下に弟か妹いる。年下と話すの慣れてる。香織さんや和明さんにも動じないから、年上にも慣れてそうだけど……)
無意識に見つめてしまっていたのか、顔を上げた澪が正面からにこりと微笑んでくる。
「俺は決まったから、ゆっくり見て」
「はい、ありがとうございます」
タブレットに手を伸ばして、澪はそのまま注文を入力するらしい。
香織は樒にメニューを見せて「樒さんこれいいよ、骨なしチキン。樒さんにぴったり」と笑顔で勧めていた。樒は「骨なしの臆病者な、はいはい。もうなんでもいいよ」とうるさそうに答えている。
聞くとはなしに聞いていた光樹であったが、ふと疑問に思って尋ねてしまった。
「結局、和明さんは何に落ち込んでいるんですか?」
しん、と場が静まり返った。
香織は笑顔のまま固まり「それはね……」と言いかけて、口をつぐんでしまう。
埒が明かない。
(なんて言ってたっけ。言わない後悔より、言う後悔、だっけ。失言? 誰に対して? どんな?)
聞いた方が良いのかなと思いつつ、聞けない。言いたくないことを言わせても傷が開くだけで癒えることはないのかもしれない、と光樹が納得して疑問を抑え込もうとしたそのとき。
「失恋ですか?」
澪が直接的に尋ねて、光樹は「うわ」と声に出さずに口を開けてしまった。香織も同じような表情をしている。澪は特に気にした様子もなく、淡々と続けた。
「お仕事でなければ、人間関係ですよね。ふられたんですか? 飲みたいなら飲むべきです。大人であれば飲めます。ビールでしたよね」
注文用タブレットを操作。「頼みました。心置き無く飲んでください」推察から行動完了まですべてが早い。
「そ、そうだね。うん。樒さんは優しいから、放っておくといろいろ我慢して言わずじまいっていうか。飲もう。俺も付き合うから今晩は飲もう……っ」
「香織さんもですね、わかりました。ビール追加、と」
さらっと対応する澪のおかげで、滞りなく大人たちには酒類が届き、高校生たちには食事が届いた。
そのまま。
結局、管を巻く年長組には触らず、高校生同士で楽しく会話をし、「遅くなる前に帰ろう」と言う澪にならって自分の分の会計を香織に預けて退散。
店の前からは別方向に帰ることを確認し、澪と挨拶。
「今日は楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ。俺だけじゃあのひとたち持て余したと思うんで、すごく助かりました。澪さん、手際が良いっていうか。あの、置いてきちゃいましたけど」
「大丈夫。大人だから自分たちでなんとかする」
「そうですね……!」
じゃ、またね~。と言いながら手を振って踵を返す澪に手を振り、光樹も逆方向へと歩き出す。
(澪さんめちゃめちゃ良いひとだったな……)
数年後、自分がどういう大人になっているかなんてまだ全然想像がつかなかったし、考えたくもなかったけど。
一年後、澪のような先輩になれていたら、周りのひとに今より優しくできるかもしれない。
なんとなく目標ができてしまった。
その浮ついた気分で歩き出したとき、ポケットでスマホが振動する。ちらりと見ると静香からのメッセージ。
――香織に会えた? どうだった? 何か言ってた?
「忘れてた」
当初の目的をまるっと忘れた上に、ファミレスに連れてきただけで、結局置き去りにしてしまった。
けれど、窓の外から見ると、樒と向かい合い、香織が楽しそうに笑って飲んだくれている姿が見えて、まぁいいか、と思っておくことにした。
静香に対しての返事は面倒だからまた今度にしよう、とスマホをポケットに戻し、光樹は家路についた。
★ガ○ト。※骨なしチキンはあるかどうか調べてません、すみません。ケン○ッキーにはありますね!
★来週から別エピソードです(๑•̀ㅂ•́)و✧
いつもお読み頂きありがとうございます!