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ステラマリスが聞こえる  作者: 有沢真尋
The scenery we saw from there was really beautiful.
353/405

同病相憐れむって、一緒にしないでほしい(4)

「お店、まだやってますか?」


 すっと耳に心地よくなじむ声。

 鍛えているわけではないだろうが、地声がやけに澄み切って綺麗だ。聞き覚えはない。


(誰だ?)


 姿を見せた相手へと、光樹は視線を向ける。

 すらっとして手足が長く、頭身バランスの良い長身。伸ばした黒髪が肩にかかっている。睫毛の長い目元は優しげで、唇には微笑を浮かべていた。高校の制服姿で女性ではないとわかるのに、顔立ちの綺麗さに「いや、どっちだ?」と一瞬判断に迷う。

 けれど、口を開けばその声はやはり、男性だ。


「香織さん、こんばんは。ここ、椿屋さんのお店ですか?」


 カウンターの中にいる香織に気づき、面白そうに目を輝かせていた。香織はカップを並べながら「違うよ」と軽い調子で答えて、腰に手をあてて相手を見る。


「久しぶりだな、(みお)。最近、俺がさぼっていたせいで稽古でも顔合わせてなかったし。そろそろ受験生だったっけ? 今年はあまり稽古に来ないかな」

「いえ、稽古はなるべく出るつもりですよ。ぼんやりしていると、着物の着方も忘れてしまいますから。そろそろ浴衣もいいですよね。香織さんは相変わらずお忙しいんですか」

 

 ずいぶんと、落ち着いた話し方をする。

 制服には、見覚えがあった。友人である若宮飛鳥と同じ、県下一の進学校のもの。受験生ということは現在高二の光樹と一歳しか違わないはずだが、風格がある。

 光樹が気にしているのを察したのか、香織が鷹揚な態度で言った。


「俺の知り合いの澪だ。茶道で同じ先生に習ってる。子どもの頃からだから、結構長い付き合いだよな。いま高校3年生。どうした? 学校の帰りか?」

「次の稽古のお菓子当番なんです。椿屋さんに予約をしようと思ったんですけど、どうせなら香織さんに相談しようかと思って。この時間はもう職人さんはいないとお店の方に聞いたので、出直そうかと。ここは、たまたま前を通りかかったので」


(茶道か。なんだろう、品の良さが板についているっていうか。これが男子高校生……?)


 別世界のひとのようだと、座った位置から見上げていると、澪と呼ばれたそのひとが光樹に視線を向けてきた。 


「どこかで会ったことあるかな?」


 気さくな一言。まったく予期していなかった光樹は「え、あ、いや、どうかな。無いかな」と、しどろもどろになりながら答える。

 今日一、緊張していた。

 背筋に芯が通ったような立ち姿と気高い風貌を前に、口の中が干上がる。誰かに似ているような、と記憶を探れば水沢湛の名前に行き着いた。

 もっとも、湛が自分にも他人にも厳しい真冬の氷雪なら、澪には木漏れ日のような柔らかさがある。

 光樹の返答を聞いた澪は、「そうだな」と小さく呟いて、さらにまじまじと光樹を見つめた。その目の綺麗さに、さらに動揺する。


「何か……音楽を(たしな)んでいたり……。そうだ、ピアノかな? うちの学校の若宮飛鳥くんの動画で見たことがあると思う。すごい腕前だよね」

「はい、それならたぶん、俺かと」


 緊張したままぎくしゃくと答えると、澪はふわりと笑った。


「ということは、俺が一方的に知っているだけだ。いきなり話しかけてごめん。困らせてしまった」

「いえいえ、全然です。覚えてもらっていて光栄っていうか、俺なんてまだまだなのに」

「そんなことないよ。本当に凄い。同じ市内にいるのかなって思っていたけど、こんな近くにいたとは。音楽活動、これからも続けるのかな。応援してます。がんばってくださいね」


 ストレートに言われて、胸の中にふわっと温かいものが広がる。感動したせいか目尻が熱くなり、鼻までツンときて、光樹は焦って言った。


「そんな風に褒められることあまりないので……。なんか嬉しいです。今までで一番嬉しいかも」

「大げさだよ」


 ふふっと笑われて、その笑顔がまぶしく、光樹は直視できずに俯いた。

 自分のまったく知らない相手が自分のことを知っていて、こんな風に正面から褒められるなんて、考えたこともなくて。

 実感が湧いてくるとともに胸がばくばくと鳴り始めて、思わず心臓の位置を手でおさえる。

 その横で、一連の会話を聞いていたらしい樒がぼそりと言った。


「なんだろう、このむずがゆさ。これが若さか」

「俺らには無いよね、この初々しさ。『こんなの初めて』なんて、聞いてる方が恥ずかしくなってきちゃった。若いってすげえ」


 答えた香織の言い分はほんのり(けが)れていて、光樹は「あのさぁ」と口を挟んでしまう。


「さすがにいまはそういうこと言う場面じゃないよね。澪さんにも失礼だよ。こんなちゃんとしたひとなのに」


(ある意味この場にいる大人の誰よりも大人らしいっていうか)


 澪は、くすっと感じよく笑って、深く追求はしない気遣いを見せつつ香織に尋ねた。


「もしかして、このお店はもう閉店後ですか? せっかく香織さんに会えたので、お菓子の相談をしたかったんですけど。仕事の話ですから、プライベートならまた改めます。お店にうかがいますので、都合の良い時間を教えて頂けますか」

「いや、出直してもらうのは悪いよ。いまそのへんで打ち合わせをしよう。コーヒー淹れるから待ってて。あれ、そういえば澪っていつも晩飯自分で作ってるんだっけ? 飯も食ってく?」

「あー……そうですけど、お邪魔じゃないですか? 差し支えなければ、これはなんの集まりか教えて頂けますか」


 年齢も雰囲気もバラバラの三人。光樹が答えに迷っていると、香織がさっさと答えた。


「人生の迷子になっている大の大人を囲んでなぐさめあう会。澪、ちょっとそこの灰色頭のお兄さんお願い」

「香織さん、あんまりですよ! 無関係な通りすがりのひとを沼に引きずり込んじゃだめです」


 これはいけないと光樹が食いつく横で、樒が遠くを見ながら「勝手にしてくれ」と呟く。

 澪は三者三様の反応を見ながら、実に品の良い笑みを浮かべて樒に向き直った。


「元気だしてください」


 裏表のないドストレートな一言に、樒は顔をそらして溜息をついた。


 



★茶道男子の澪くんは、「壊れそうで壊れない」からのゲストキャラです。(「壊れそうで壊れない」時点より時系列的に少し後のエピソードにあたります)


https://ncode.syosetu.com/n5785ht/

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― 新着の感想 ―
[一言] 澪くんキターーー!!!!(大歓喜) 同じ世界観だったのか( ˘ω˘ )
[良い点] まさかの澪がきたー!!(*´Д`*)
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