だいたい、仲良し
☆久しぶりの海の星です!
「この予約のお客様、昨日会った。商店街の婚活イベントで」
ランチ客が残す一組となり、業務の落ち着いた昼下がりの「海の星」にて。
印刷された夜の予約表をデシャップ台越しに伊久磨から受け取り、軽く目を通しながら、西條聖が何気ない調子で言った。
自分の手元に残った一枚に目を落としてから、伊久磨は聖に視線を戻す。
「風早夏月さまですか? そういえば元々香織の知り合いで、商店街の『風早時計店』の息子さんなんですよね。俺も以前一回だけ会ったことあります。『海の星』のウェブサイトの件でお世話になって……。あれ、西條さん、昨日ケータリングの依頼だけじゃなくて、イベントにも出たんですか? まさか婚活したんですか? うわ、指輪してねえ。マジだ」
言いながら聖の左手に目をやり、伊久磨が思わずのように声を上げる。視線だけで「うるさい」と示してから、聖はつまらなさそうに答えた。
「べつに、知った顔ばかりだったよ。椿が世話人で、ゴーシュ樒がチェロ生演奏して。そこに東京住まいで帰省中の風早さんがたまたま引っ張られてきて、参加していた感じ」
「うわ~、真面目に婚活なんて、絶対にしなさそうなメンツだ……。女性陣はそれで大丈夫だったんですか。西條さん見た目だけは良いんだし、声かけられたりしたんじゃないですか」
「お前さりげなく失礼なのいい加減にしろよ。俺は……配膳係してたから。あとは知り合いと話したり」
「出会い無しですか。マジ何しに行ったんですか。ただのひやかしじゃないですか。わざわざ婚活イベントに行ってまで、知り合いとだけつるんでるなんて、そんな小学生男子じゃないんですから」
流れるように伊久磨に痛いところを突かれ続け、聖は明らかにむっとした顔をする。予約表を片手に、もう片手は腰にあてて、毅然として伊久磨をにらみつけた。
「俺を椿と一緒にするな。あいつの結婚する気の無さは筋金入りだ。あれに比べたら俺はまだ……」
興味津々。
清聴します、とばかりに居住まいを正して聞いている伊久磨。さらには、聖のとなりで鍋を洗っていた由春まで蛇口をきゅっとひねって水を止め、耳を澄ませている。まかないの準備をしていたオリオンもいつもより静かに動作していた。エレナと明菜はホールから戻って来ていないが、昼間の最後の生演奏を終えた光樹がちょうどキッチンに足を踏み入れ、いつもとは違う空気を敏感に察したようで、目を瞬き聖を見た。
全員の視線を受けて、聖は視線をさまよわせる。
「あいつよりはまだ……マシ?」
「なんですかその『マシ?』って。なんで可愛く語尾上げました? それは俺から『マシですよ』って言われるの待ちなんですか。え、どうしようかな。西條さんに甘えられても。どうですかね、岩清水さん」
歯切れの悪い聖に対し、容赦なく死体蹴りするかの如く、伊久磨は由春に話を振る。
布巾で手を拭いていた由春は、聖の方を一切見ずに、伊久磨に視線を向けた。
「聖は一度結婚しているから、椿と違うと言えば違うかな。マシかどうかはなんとも言えない」
「なんでだよ。そこはマシって言うところだろ」
聖は由春のそばまで歩み寄り、胸元まで迫る。由春はといえば、正面から向き合い、落ち着き払った仕草で手を伸ばして聖の腕に触れた。
「いつになく一生懸命だな。何か聞いて欲しい話でもあるのか? 野木沢館長か?」
「な……、ええと。ええ……? いや、なんでいまその名前」
ごまかすタイミングを失ったひと特有の、中途半端な返答。視線が泳いでいる。成り行きを真摯に見守っていた伊久磨は、ほっと息を吐き出した。
「そっか。そこ、まとまったんですね。雨降って地固まる的な」
「おい、蜷川。なんだまとまったって。いま何を勝手に納得したんだ。何が雨で何が固まったって」
聖がごちゃごちゃと言っている間に、キッチンにひょいっと顔を出したエレナが声を張って告げた。
「ノーゲストです。おつかれさまでーす!」
直前までのごたついた空気をおくびにも出さず、伊久磨が「おつかれさまです!」と溌剌とこたえる。キッチンの男性陣もそれぞれ「おお」「おつかれ」と声を上げ、さりげなく作業に戻っていった。
その様子を腑に落ちない顔で見守りつつ、エレナは一番近くにいた光樹に顔を向けた。
「何かあった?」
「皆さんのいつものじゃれあいですよ。ほんっと仲良いですよね~」
裏を感じさせない笑顔で言ってから、さっと顔を背けてすれ違うようにして、事務室の方へと歩き出した。
瞳に不審感を浮かべ、エレナは小首を傾げた。




